第15話 二つめの謎解き
「おまえな。上飯田がどうこうっていうのは、勝手な推測だろ。亀島のことだって」
「勝手ではありません。少なくとも、亀島さんのお子さんだということは」
烏有は鞄を開け、一枚のコピーを取り出すと、波多野の前に差し出した。
コピーの上端には、新聞社の名前と日付が入っていた。市民版、と書かれた部分の隣に大きな囲いがあり、その中にアライグマの写真がある。
記事は、事件当日の会場のことだった。
開場時間になっても、鍵を持っていた庄内佳美さん(二九)が現れないのを不審に思ったメンバーが、管理人の今池敏夫さん(六〇)に鍵を開けてもらったところ、舞台上に動くものが見えた。
メンバーを見た途端逃げ出したため、最初、どんな動物かわからなかったが、メンバーの一人、上飯田剛さん(三〇)が携帯電話についたカメラで写し、アライグマと判明。メンバーらが捕まえた。庄内さんが、アライグマが入り込んだことに気づかずに鍵を閉めたため、ホールに閉じこめられたらしい。人に慣れていることから、飼われていたものと考えられるが、今のところ飼い主の申し出はない。
その後、庄内さんは化粧室の扉の裏にうずくまっているのを発見された。庄内さんは妊娠三ヶ月。この日、コンサートで歌うことになっていた。だが、緊張からか気分が悪くなった。探しに来た元メンバーの呼びかけにも答えられなかったという。
庄内さんは、「コンサートの後で、婚約したこと、妊娠していることを皆に報告しようと思っていたのですが」と苦笑。婚約者でメンバーの亀島則行さん(二九)と共に家に戻った。
「これが真相です。殺人事件などなかった」
波多野は目を見開いたまま、微動だにしなかった。まるで、悪行を暴かれた瞬間の悪代官のようだ。
「私に、近頃、新聞もテレビも見ていないだろうと言ったのは、こういうことだったんですね」
烏有が新聞かテレビを見ていたら、こういった地元のあたたかいニュースは、どこかで目にしただろう。今は不況で、そういうニュースが少ないのだから。
「庄内さんの携帯電話が、着信音にブザーが入っているものだったのも偶然ではありません。あなたは、私の目の動きを見て、例の携帯電話を選んだ」
だから、波多野はあの時、烏有と一緒に店に行ったのだろう。後から、機種名を尋ねられてもわからないから。
「質問に答えた時も、どうしてだ、などと理由を聞いて、わざと事件が難解になるような答えをしましたね?」
だが、波多野は一つ失敗をした。庄内佳美の携帯電話のことだ。烏有が手に取っていた機種を避けたのだろう。が、偶然、波多野が手にしたものが、事件に都合の良いものだった。
波多野は何も答えなかった。相変わらず新聞記事を見つめている。
「どうして、殺人事件だなんて嘘をついたんですか」
波多野がようやく、瞬きをした。
「少しは、よかっただろ」
「殺人事件が?」
きまり悪そうに、波多野が肩をすくめた。
「大事件じゃないと、君は外に出なかっただろ。俺が誘えば、ようやく嫌々出てくるくらいで」
今度は、烏有が呆然と波多野を眺めた。
「そのために、こんな手の込んだ嘘を?」
「他に思いつかなかったんだ。よかっただろ。また、一人で外に出られるようになった」
何も言えなかった。まず言いたかったのは文句だが、いろいろな気持ちが混ざって、言葉にならない。
「俺も、事件に遭遇したことがある。君と同じ状態になった。自力で這い上がるのは大変だ。放っておけるか」
わかってくれている。烏有は一瞬、そう思った。それは幻想かも知れない。他人とは分かり合えることはないのだから。事件の時、そうだったように。
波多野に呼びかけ、鞄から小さな包みを取り出す。
「何だ? クリスマスは、もう過ぎたぞ」
「遅れてきたクリスマスだと思ってください」
波多野が照れくさそうに、何だ、とつぶやいて頭を掻いた。それから包みを手に取り、開ける。
中からは、一冊の本が現れた。
タイトルを見た途端、波多野の表情が固まった。烏有はにやりと笑う。
「まだ、ご覧になってないでしょう? タイトルと、最初の数ページ以外は。面白いですよ、殺人予告が出て、その予告を見た村人が集まってくるっていう話です」
波多野はこの本を見たに違いなかった。さもなくば、同窓会報に殺人予告が出たという、話の始め方はしなかっただろう。
「烏有ちゃんが解くと思わなかったんだよ。本当は。さんざん無茶な設定をしたんだから」
烏有も意外だった。波多野がそんな理由で嘘をつくとは。
「嘘と、この本代の埋め合わせをしないとな」
波多野はつぶやき、烏有を見つめた。
「初詣、ついて行ってやる。まだ、人混みは息苦しいだろう。君が祈り終わるまでガードしていてやるよ。俺は欲が少なくなるように、くらいしか祈らないからな」
〈おわり〉
八角形の舞台 江東うゆう @etou-uyu
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