第6話 八方ふさがり

 家に帰ると、家族に挨拶もせずに二階に上がる。

 自室の机に鞄を置き、パソコンの電源を入れた。椅子に座り、鞄から「スワン」のパンフレットを取り出す。表紙には会場の名前が書いてあった。

 会場を検索すると、ホームページアドレスが見つかった。クリックすると、画面にパンフレットに載っているものと同じ見取り図が現れた。

こちらの図は、一階と二階に分かれていた。一階の図はパンフレットに描かれているものと同じだった。二階には機械室という文字が見える。

 どうやら、ホールの上部を描いた図らしい。

 とりあえず、見取り図をプリントアウトする。

 あとは、ホールの行事予定が書いてあるだけだった。


 気分転換に、いつも読んでいる作家のサイトに入り、日記を読む。今日はペットの話題だった。思わず軽い笑い声を漏らし、肩をすくめる。事件以来、このサイトを見ている時以外で笑ったことがあっただろうか。

 読み終わるとパソコンをシャットダウンする。プリンタの紙受けにある紙を取り、二階の見取り図を眺めた。


 二階には座席の表示がなく、舞台も描かれていない。ホールの内側の壁に沿うように細い道がある。道は楽屋まで続いていた。南端には楽屋の二分の一程度の機械室があった。


 パンフレットの図と見比べ、顔をしかめる。機械室はロビーに面した扉の上にあった。そして、庄内が倒れていたのも、同じ扉から真っ直ぐ見ることが出来る位置だ。

 庄内が倒れていた場所の真上には、スポットライトがある。事件当時点いていたのはこれだろう。わざわざ、照明を当てやすい場所に遺体を運んだのだろうか。


 スポットライトは合計八カ所ある。ただ、機械室から確認しやすい場所となると、やはり庄内の倒れていたところになるだろう。

 犯人は、照明の扱いに不慣れだったのだろうか。そもそも、当日照明を操作する予定だったのは、誰だろう。


〝開演中の舞台装飾を頼まれていた川名さんが、会場一〇分前に楽屋を訪れた時には、既に鍵がしまっていた〟


 波多野の言葉を思い出す。

 川名は、どうして合唱サークルの舞台装飾をやることになったのだろう。何か経験があったのだろうか。

 しかし、川名はブザーが鳴った時、波多野と一緒にいた。どのみち。

 烏有は八角形のホールを眺め、つぶやく。


「八方ふさがりじゃん」


 誰が犯人であろうと、ホールの内側に鍵を残すのは不可能だ。


 いや、一つだけ可能な方法がある。

 何らかの方法で合い鍵を作ることができた場合だ。二本あれば、中に片方の鍵を残したまま閉めればいい。

 波多野の言うところによれば、鍵はホールを借りた当日だけ貸してもらえるという。しかも、開演一時間前に。

 つまり、一番早く鍵を手にするのは、サークルの会員だ。それから合い鍵を作るとしたらどうだろう。

 まず、鍵を持って外に出て、鍵屋を探す。ホールというシールが貼ってあると目立つから、それは剥がすだろう。合い鍵が出来たら、元の鍵に再びシールを貼って会場に戻る。


 しかし、それが可能だろうか。


 パンフレットを見ると、開場時間の三〇分後に開演となっている。波多野が会場に着いたのは会場一〇分前。その時には、庄内以外の全員がロビーにいた。

 もし、合い鍵を作ったのだとしたら、鍵を受け取ってから二〇分で、殺人まで全てやり終えたことになる。かなり無茶な話だが、一応、地図で調べてみることにした。


 会場の近くに古本屋と電気屋はあったが、鍵屋はない。少し離れた所にスーパーがあった。その中に、鍵屋が入っている可能性はある。車ならば、数分で行けるだろう。歩いて行けば時間が足りなくなる。自転車でも往復二〇分程度かかるだろう。その間は会場にいないはずだから、当時の客に聞けばわかるはずだ。


 パンフレットと地図を机に置き、ベッドに転がる。

 ベッドには文庫本が散らばっていた。手を伸ばした先にあったのは、海外の作家の書いたミステリーだった。七〇年近く前に書かれたものだ。髭を気にする探偵が、何となく好きだ。


 ふと、何かが脳裏をよぎった。動きを止め、頭の中を探ってみる。が、何だったのかわからない。


 きっと、たいしたことではないだろう。

 そう思うことにして、仰向けになってページをめくる。しばらくすると腕が疲れてきた。本を閉じ、手を下ろす。布団をかぶって眠ろうとした時だった。部屋の扉がノックもなしに開いた。

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