第12話 おふざけからの本題


「な、なんだよその顔……くそっ、仕方ねぇから教えてやるよ!」


 何故か照れながらヤケクソ気味に理由を話すフェルム。

 だがその理由はすぐに分かった。どうやら「お前のお陰だ」と口にするのが恥ずかしかったようだ。

 そんな照れ屋な一面を知り、不覚にもときめいた自分を蹴り飛ばしたい。まぁ、無理だけど。


 それはともかく、フェルムの話では私が倒れた後に例の刺客とやらにこの隠れ家を包囲され、そのことにいち早く気づいたプラータと後を追ったエタンが刺客らを全て撃退したのだという。


「……ん? 要するに、私が倒れたお陰で道中での危険な戦闘を避けられ、尚且つ武器を進化させてくれたからたった二人で十数人もの刺客を倒せたってこと?」


「……まぁ、そういうこった」


「ニヤニヤ」


「ニヤニヤしながらニヤニヤ言ってんじゃねぇ! ふざけてんのか!」


 なんか怒られた。

 でも、さっきまでの申し訳ない気持ちがどこかに飛んでいき、代わりに心の中が〝楽しい〟でいっぱいになっていた。こんな気持ち、村を出てからは初めてかも。

 心が温かくなると身体まで温かくなるのは本当らしい。だって、今そうなってるもの。


 そうして心と身体がポカポカして自然と笑みを浮かべているなか、唐突にフェルムが右手を差し出してきた。


「……?」


「またキョトンとすんな! ほ、ほらっ、行くぞ!」


「……ッ!! うん!」


 フェルムの右手に私は左手を乗せ、そのままベッドから立ち上がってから部屋の外へと向かう。


 寝起きのせいか足元が覚束ずにフラつくも、今度は倒れぬようギュッとフェルムの手を握り締めると、それに応えるようにコイツの握る手も力強くなった。

 互いに顔を見ずとも分かる。きっとコイツも笑っている。そう、今の私のように……



「……? みんなどしたの? そんなナインバードが石礫を喰らったような顔して」


 部屋から出るなりみんなが私たちを見て目を丸くしている……が、一体何に驚いているのかは不明。

 あまりの驚きに声すら出せずにいるみんなを面白く眺めていると、徐ろにプラータが指を差し、手を震わせながらこの一言。


「ソ、ソレ……ソレって、そういうことなの……!?」


「……ん? ソレ? ソレってどういう……あ゙ぁっ!?」


 プラータが指差す場所に目を向けて漸く気づく。私とフェルムが手を繋いだままだということに。

 フェルムもそのことに気づいたのか「うおぉっ!?」と驚きの声を上げ、私たちは同時に手を離した。


「ニヤニヤ」


 あの無口なゴルトがニヤニヤしながらニヤニヤと言った。

 何か既視感を覚えたがきっと気のせいだ。私はそんなふざけたことはしない……多分。


「な、なんと卑猥な……」


 あの冷静なエタンが顔を真っ赤にしてそう呟いた。

 何か大袈裟に捉えられている気もするがきっと気のせいだ。

 私たちは〝そんなこと〟してないし……って恥ずっ!

 あまりの恥ずかしさに「もう勘弁して〜」と音を上げるも、寧ろみんなに笑われて余計に恥ずかしさが増す結果に。


 笑い声が響く最中、急に「コホンッ」と咳払いをするティナちゃん。こっ、これは助け舟を出してくれるサインに違いない!

 期待に満ちた眼差しを向けてティナちゃんの言葉を待つ。すると……



「式を挙げる際は必ずお声がけをお願いいたしますね?」


「チーン」


 チーンな顔しながらチーンて初めて言ったよ。

 隣を見たらフェルムもチーンな顔しちゃってるし。

 ティナちゃんの言葉に期待していた分ダメージも大きい。

 てかさ、式を挙げるってことは結婚するってことだよね……結婚、結婚かぁ……


 フェルムとの結婚生活を妄想して〝悪くないかも〟と思ったけれど、そもそも私たちは恋人ですらない。

 それにコイツは私のことをなんとも思ってないはずだし、私も今はそれどころじゃない。

 ただそれでも〝せめて気にしてほしい〟と思うのは、私の我儘なのだろうか……


「ニヤニヤ(×4)」


「──!! それはもういいって!」


 まさかコイツの顔を覗いてたのがバレてしまうとは……ふ、不覚……



 ……その後、おふざけの時間は終了となり、漸く本題に入ることとなった。


 早速、撃退した刺客についてだが、計十六人いたうちの四人が逃走。残る十二人のうち二人を捕獲。

 それ以外の奴らは武器だけ回収してそのまま放置。

 ここはスラム街。きっとただでは済まないだろう……ご愁傷様。


「これから尋問に行くからここでお嬢と待ってろよ?」


 私の頭を優しく叩いてこの場を後にするフェルム。何故今頭を叩いたのだろうか……はて、よう分からん。

 フェルムの後に続いて男衆は皆尋問に向かっていき、残されたのは私とティナちゃんの女二人だけ。しかも、何故か地べたに座った状態で。


 それはそうと、これからイチャイチャタイムが始まるのかと胸を躍らせて内心燥ぎだす私……とは裏腹に、ティナちゃんは悲しげな表情で口を開く。


「お姉様……当家の事情に巻き込んでしまい申し訳ございません。わたくしが勝手な行動さえ起こさなければこのようなことには……」


 見事に撃退したとはいえ、刺客に殺されていたかもしれない事実に罪悪感を感じているのだろう。それも、家族の手の者によって。


 確かに死にたくはないし、私にはまだ成すべきことがある。だから、寄り道してる暇なんかない。

 約束したからにはイリアさんの元へは一応連れて行くけど、その後のことは知らないし心底どうでもいい……なんて、そう思えたらよかったのに……


「なーに言ってんの! そのお陰で私たちは出逢えたんでしょ? なら寧ろラッキーじゃん! てか、運命ってやつじゃん? きっとさ」


 混じりけのない本心を言葉に乗せて伝えると、ティナちゃんは大粒の涙を零しながら私の胸に飛び込んできた。 

 本来ならイチャイチャタイム中のはずなのだが、これはこれで悪くない。

 尤も、このが泣き止むまでこうしているのも何か勿体ない気がしたので、これを機に大きな独り言をすることに。


「あ〜、家族なら敬語はいらないよな〜。あとお風呂も一緒に入るべきだし〜、夜も一緒に寝るべきだよな〜」


 私が勝手に言っただけなのに、胸元から「はい……はい……」と勝手に返事がくる。

 それがなんだかおかしくてつい笑ったら、頬を膨らませたティナちゃんが可愛く睨みつけてきた。


 あぁ、やっぱ天使だなぁ……と微笑ましく眺めていたところ、尋問を終えた四人が戻ってきてしまい二人きりの時間は終了。思わず「チッ」と舌打ちを。


「どうでした? 何かお分かりになりましたか?」


 先程とは別人の如く、凛とした表情で話を切り出すティナちゃん。表情の切り替えが半端ない。


「あぁ、どうやら次男が送ってきたみたいだぜ? ったく、ふざけやがってあの陰険クソ眼鏡がっ!」


 何かを思い出しては怒りを露わにするフェルム。今の口振りからティナちゃん一家の次男は陰険でクソな眼鏡の様子。


「そうですか……アレクお兄様が……」


 そう呟いたティナちゃんの表情は暗く、私に謝罪した時よりも悲しげで儚げ。今にも消えてしまいそう。


 されど、この時ふと閃く。

 たとえ血の繋がりはなくても姉である以上、可愛い妹の家族構成を知っておくことは必須であると。

 だが直接ティナちゃんに聞くのは何か憚られるものがあるので、こっそりとエタンから聞くことにした。


「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけどさ。ティナちゃんの家族構成ってどうなってんの?」


「なんだ、突然藪から棒に……まぁいい、教えてやろう。お嬢様のご家族は──」




「──ふんふん、なるほどなるほど……って、みんな宝石の名前じゃない? それ」


 エタンの話を聞いてすぐにピンときた。

 といっても、ドワーフ族が建国しただけあってこの国の住人であれば誰でも分かるはず。


 しかし、気づいたことはもう一つある。

 寧ろソレの方が問題だ。そして、その事実に激しい怒りすら覚えた。

 それは……〝なにゆえティナちゃんだけが宝石の名を付けられていないのか〟という事実にだ。


「ふっざけんなぁぁぁ……ッ!! 天使をハブりやがってぇぇぇ……ッ!!」


 天使ティナちゃんに聞かれぬよう声を殺しながら殺意にも似た感情を言葉に乗せる。

 もし名付け親に会ったら絶対に蹴り飛ばしてやる!! そう心に決め……──

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