第7話 鉄血の男


「ど、どうしましょうお姉様……わたくし、お漏らしをしてしまいました……」


 突然そう告げては身体をモジモジさせるティナちゃんに対し、呆然と口をパクパクさせる私。

 彼女の衝撃的な告白に驚きすぎて最早声も出せず。

 目覚めた直後から明らかに様子がおかしかったので、ツールポーチに『ゴクウの棍』を仕舞いつつ駆け寄ってみたら急に告白されて今に至る。


 まさか冗談で話したことが実際に起きるとは想像すらしておらず、とにかく下着を着替えさせなければと取り急ぎ下着を脱いでもらい、ツールポーチから取り出したマイ下着と彼女の濡れた高級下着をトレード。

 受け取った高級下着はそのまま路上にポイっ……ではなく、今着ているツナギの内ポケットにきちんと保管した。捨てるなんてとんでもない!


 一方でマイ下着を手渡した後、私の顔を何度もチラ見しながら穿くのを躊躇するティナちゃん。

 たとえ同性でも着替えを見られるのが恥ずかしいのだろう。


 フリルの付いた可愛らしい純白のドレスが目隠しとなっているのでそもそも見ることができないのだが、〝姉道しどう〟を歩むなら妹ファーストでいくべきだと心を決め、後ろを振り返ってから1歩、2歩、3歩と距離を取り「どぉ? これなら穿けそ?」と彼女が気不味くならぬよう気軽に声をかける。


 後ろを向いていては状況が分からない……こともない。


 私には幼き頃に父から教わった『気配察知』という知覚スキルがある。

 このスキルならば視覚に頼らずとも気配を読み解くことで周囲の動きや流れを察知することができるのだ。

 実際に先程から目を閉じているが、後ろでティナちゃんが衣擦れ音を出さぬよう慎重に下着を穿いているのがよく分かる……あっ、どうやら穿き終わったみたい。


「あぁそういえばだけど、ソレ穿けたら教えてね?」


 下着を穿き終えたことに気づかぬフリをすると、ティナちゃんは恥ずかしそうな声で「は、はい……えっと、実は今しがた穿き終えたところでして……」と正直に告げる。


 それなら見ても大丈夫だと思い、気兼ねなく彼女の方を振り返った途端に思わず驚愕。

 なんとドレスの裾を持ち上げて下着を露わにさせているではないか。


 そのあまりにも大胆な行動に再び口をパクパクさせていると、「ど、どうですか? 似合っているでしょうか?」と言って頬を赤らめながら流し目で顔を逸らす彼女の姿がこの目に焼きつく。

 未着用であったとはいえ、マイ下着を穿いたまま恥ずかしがるその官能的な仕草に私の心は天使の槍に貫かれてしまい、気づけば彼女の目の前で拝んでいた。するとその時……



「ひm──お嬢から離れろ! この変態女っ!」


 突如、道の奥から現れた黒服の男。

 真っ赤なサムライヘアに数多のピアスという、いかにもチャラチャラしてそうなやつ。


 そんなチャラ男が怒気を纏った状態でこちらへ迫りくる。それも、猛スピードで。

 その異様なまでの怒気に当てられたせいか、今し方変態呼ばわりされたことを急に思い出してはむかっ腹が立ったため、ツールポーチから再度『ゴクウの棍』を取り出して迎撃態勢に入る。


「誰が変態女だ! そっちはチャラ男のくせに!」


 相手は無手で私は棍。

 攻撃範囲はこちらに分があるので相手の間合いの外から強打を喰らわせてやろうと力を溜め、私の間合いに入った瞬間に強烈な突きを放つ。


「悶えよ! 飛鳩ひきゅう落とし!」


 その名のとおり、飛翔しているナインバードを落とす……ではなく、〝鳩尾に強打を与えて悶絶させる〟という歴とした棍技だ。

 この技を喰らえば最低でも3日は飯を喰らうことができなくなる。

 斯く言う私も過去に経験したから痛いほどよく分かるしもう分かりたくない。

 要はそれほどの技を放ったわけだ……が、チャラ男の鳩尾を突いた瞬間に理解した。コイツの身体……馬鹿みたいに硬いんですけど!? って。


「へっ、こんなヤワな攻撃じゃあ俺の『鉄血』は破れねぇぜ? なんてったって鋼鉄の身体だからよぉ!」


 自慢げに己の固有スキルを暴露しつつ、私の棍を掴んで離さぬチャラ男。

 よく見ると首筋や手の甲には黒い血管のような紋様が浮き出ている。

 もしかして、これが鉄血……? と迂闊にも考え事をした隙に、好機と見たチャラ男は一気に距離を詰めて右ストレートを私の顔に放っ──



「──お待ちなさい!!」



 ティナちゃんの強い制止によって右拳は鼻先で止まり、拳圧による風が私の顔を軽く撫でた。

 だがそんなことよりも、出逢ってから一度も聞いたことのない彼女の威厳ある声が頭から離れない。

 まるで途方もない何かの威光にでも触れたかのような、そんな感覚。


 この感覚が気のせいではないことをすぐ隣で跪いているチャラ男が証明している。彼女の仲間……というよりも従者なのだろう。

 そして何よりも、〝私のことを姉と慕う、このは一体何者なの……?〟そう思わずにはいられなかった。



「……全く、貴方はいつから女性に手を上げるような愚者に成り下がったのですか!」


「ゔっ!? す、すまねぇ、てっきりひm──お嬢が襲われてるかと思ってよぉ……」


「お声が小さい!」


「ひぃっ!?」


 叱咤するティナちゃんの迫力を前に、あのチャラ男ですら完全に萎縮。

 その様子を見て、次はまさか……私っ!? と恐怖で身体を震わせる羽目に。

 更には〝可愛い妹に嫌われる〟という最悪すぎる未来をつい想像してしまい、い゙や゙ぁぁぁ〜っ!! そんなの死ねるぅぅぅ〜っ!! と脳内で嘆き捲る。そんななか……



「お姉様っ!」


「ひゃい!」


 ん゙あ゙ぁぁぁ〜っ!! 変な声出て恥ずかしいぃぃぃ〜っ!! ってそれより! ……と、とうとう私の番が来ちゃった……


 観念して恐る恐るティナちゃんの元へと歩み寄ると、彼女は何事もなかったかのように笑顔を見せて「さぁ、お手を」と右手を差し出してきた。


 よ、よかったぁ……いつものティナちゃんに戻ってくれたよぉ! と心の底から安堵した私は、笑顔で手を繋いでから仲良く先を目指すことに。いや〜ホントよかったぁ!


 歩を進めてすぐ、男Gの存在をふと思い出したので「……あっ、そういえば男Gどうしよ……」とつい口に出すと、不思議そうな表情を浮かべるティナちゃんから返答が。


男爺おとこじい……ですか? 確かにご高齢の男性を爺とは申しますが……」


「あ、いや、そうじゃなくて……」


「……?」


 会話が噛み合っていないことはさて置き、男Gが気掛かりで後ろを覗いてみたら何故かチャラ男が往復ビンタで男Gを起こしていた。


 とても気にはなったが構わず先を歩いていると、間もなくしてチャラ男が追いついてきたので「ねぇ、何してたの?」と聞いてみたところ、「んだよ、お前にゃ関係ねぇだろ」と誤魔化すどころか邪険にされる始末。

 そのあまりな態度に「あっそうですか!」と勢いよく顔を背けたら、なんとそこには両頬を膨らませて怒気を放つティナちゃんの姿が。

 彼女の怒気に気づいたチャラ男は観念したようで、ヒクヒクと顔を引き攣らせつつも渋々だが理由を話し始めた。ホント渋々だけど。


 チャラ男の話では、消息不明となったティナちゃんを探していた最中に六人の男を発見。

 だが何故か路上で倒れていたのでまさかと思って問い詰めた結果、やはりソイツらがティナちゃんを狙っていたことが分かったので追加制裁を決行。

 しかし、制裁の途中でソイツらの一人が男Gに頼まれたからだと泣きながら弁明。

 その事実を知り急いで男Gを探していたはずが、何故か男Gではなく私がティナちゃんの下着に拝んでいて──


「──って……それ、理由になってなくない?」


 今の話から一連の流れは理解できたけどさ、肝心の男Gを起こす理由にはなってないじゃん!

 そう思って口を挟んだのだが、チャラ男は呆れ顔で「はぁ、やれやれだぜ……これだから頭の乏しいやつは」と顔を左右に振って〝お手上げ〟の仕草を見せる。

 その言動にまたもやむかっ腹を立てた私は、この怒りがバレて警戒されぬよう前を向いてから「伸びろ」と早口で独り言を呟いた。そして……



「……お姉様?」


 ティナちゃんが再び不思議そうな表情でこちらに振り向いた直後、後ろから「──ぐへっ!?」という無様な声が聞こえてきて……──

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