第20話 延々と……


「……そう。後継者争いでそこまでの事態に……事情は把握したけど相当に深刻な状況ね……」


 ティナちゃんの御家事情を知り、想像以上に重い話のためか表情を曇らせるイリアさん。頼られている立場を理解し、敢えて敬語を取り払った模様。


「そっ、それでっ、チカラにはなってあげられるんですか!?」


 居ても立っても居られなくなった私がそう言いながら食卓越しに身を乗り出すと、少し驚いた様子でこちらに視線を向けたイリアさんは一言「……そうね。少しだけ考えさせて頂戴……」と困惑した口調で返し、憂いを帯びた儚げな表情を浮かべる。


 そのか弱い乙女のような仕草を見せられた私は思わずドキッとしてしまい、口を開けたままそれ以上は何も言えなくなった。

 特にあの長いまつ毛での流し目はズルい。儚さの中に妖艶さが見え隠れしててなんかこう、なんかこう……とにかくエロい!



 それにしても誤算だったよ……まさか考慮時間を求められるなんてさ……


 優しいこの人ならきっと快諾してくれるはず! そんな謎の自信と安心感を抱いてたけど、それはどうやら楽観的すぎたみたい。

 そもそも私自身で言ってたはずなのにね。「助力を得られるか分からないよ?」って。

 それにさ、もし仮に心の病に罹らず動けたとしても(真偽を碌に確かめもせず切り捨てた)王家なんかと関わりたくないだろうし。


 イリアさんは、私の母と同じ36歳のシングルマザー。

 夕陽せきようの如く情熱を帯びた橙色の髪、つい目を惹かれるくらい明るく爽やかな檸檬色の毛先、エルフ由来の吸い込まれそうなほど美しい翡翠色の瞳、誰もが羨む端麗すぎる顔立ちを兼ね備えた真に素敵な女性。

 ひたすら綺麗で優しくて慈愛に満ちてて……けれど、ひたすら厳しい人。


 ティナちゃんの御家事情を聞き、決死の説得を受けてもなお、同情や憐れむ様子はあれど了承まではしなかったし、報酬としてこの工房の修繕費や病気の薬代の他に、再び働けるようになるまでの生活費や生活物資の贈与を提案されても眉ひとつ動かさなかったもの。


 本当は喉から手が出るほど欲しいはずなのに、本当は猫の手程度でもチカラになってあげたいはずなのに、それでも断るしかないよね? だって、大事な我が子を危険に晒すことはできないもの。


 そう、この人は自分に厳しく他人に優しい。

 だから自身よりレオの身を案じてるのがよく分かる。他の人には分からなくても私には分かるよ。

 だって、アナタは今でも私の憧れであり私の目標、そして今では私の大切な家族でもあるのだから。自称だけど……



「……ふぅ、待たせてしまったわね……」


 ひと息吹いて申し訳なさそうにするイリアさん。やっぱりこの人は他人に優しい……ううん、優しすぎる。

 だから裏切られる。だから陥れられる。だから復讐できない。だから……それが少し、腹立たしい。


「……それで、助力の件だけど──」


「──えっ? もう?」


「……? いけなかったかしら?」


「いっ、いえっ、とんでもない! どっ、どうぞ続けてください!」


 しっ、しまったぁぁぁっ!! 腹が立ってつい言い返しちゃったよ!

 てか考慮時間が短すぎるとかズルい! てっきりもっと掛かるかと思ってたのにまさかすぐに答えを出しちゃうなんて!

 あとちょっと油断してたら「短っ!!」ってツッコミ入れてたかも!

 これが原因で断られたとティナちゃんに勘違いされたら死ねる! だけどきっと断られる! まさに万事休す! じゃんかよぉぉぉ〜っ!!



「──というわけだから、ルゥちゃんよろしくね?」


「……へ?」


「お姉ちゃん頑張ってね!」


「……へ?」


「お姉様、ご助力感謝いたします」


「……へ?」


「オナラは?」


「……へ? って何言わせんの馬鹿っ!」


《各々爆笑》



 フェルムの馬鹿はともかく、会心のツッコミがウケたのは素直に嬉しい。何より、また和やかな雰囲気に戻せたことがすっごく嬉しい。ただ……どゆこと?


 脳内で愚痴り喚き捲っている間に話が進んでいたため展開が全く分からず、それでも知り得たことといえばイリアさんの助力を得られたという大変喜ばしい成果。

 ティナちゃんたちの歓喜する姿を見れば一目瞭然だし、イリアさんの表情に穏やかさが戻っている様子からも容易に察しがつく。

 だがそれ以外の情報は皆無。それも一番の問題は〝私が何をよろしくされたのか〟ってこと。

 もし今「どゆこと?」なんて口にしたら、みんなから白い目で見られるのは必至。それだけは絶対に避けたい。なので……



「ねぇねぇプラータ、さっき私って何をよろしくされたの?」


 一歩後ろに引いて喜んでいるプラータにド直球を投げ込んでみた。


「はぁ……見て分かんない? 今喜んでるとこなんだけど。てかそれ、自分のことなのに聞いてなかったってこと? あり得なくない?」


「ゔっ……そ、それについては面目次第もございません……でもね、こんなことプラータにしか頼めないの……だからお願い!」


「──ッ!! はぁ……しょうがない。面倒だけど教えてあげる」


「ありがとぉ〜! 先に欲しいもの教えて? お礼にプレゼントしてあげる!」


「じゃあ話しかけないでほしい」


「おいこらてめぇ」



 ……という素晴らしいやり取りを経て、あの時に聞き損じた情報を見事に入手。

 といっても、口頭だと面倒だからってメモ書きにして渡されたけど。


「ま、まぁいいや……んじゃ早速──」


「──ダメ。今ここで見たら俺が書いたってバレちゃう。見るなら後にするか別のとこで見て」


「あっ、ごめ──」


「──だって、二人の秘密にしたいし」


「──ッ!! それって……」


 見つめ合う私とプラータ。甘い雰囲気が漂い始める。

 だがそんな未知の雰囲気に動揺した私は「おっ、お花摘んできま〜す」とその場から逃げ出しつつトイレへ駆け込み、勢いよくスライド式の鍵を閉め、高鳴る鼓動を鎮めようと大きく深呼吸を──


 ──ゔえぇぇぇっ!! そ、そうだここトイレだった……ゔうぅ、気持ち悪いよぉ……


 不本意すぎるが結果的に鼓動は鎮まったため、落ち着いて見れるよう便座に腰掛けて「ふぅぅ……」と少し長めに息を吹き、気持ちを切り替えてからメモに目を通した。


「うわぁ、プラータめっちゃ可愛い字書くじゃん……ってそれより早く読まなきゃ! え、えーっとなになに……」


 戻りが遅いとウ◯チだと思われちゃう! なんて焦りながらもマジマジと上から下へ読み進める。


 どうやらイリアさんが助力に応じたのは本当だが、それには条件ないし制限があるようだ。それも五ヶ条。



【一、陽花姫は直接的な関わりを持たず】


 理由は病気のこともあるが、何よりレオの安全を最優先に考えたからだ。

 もしイリアさんが表立って動いてしまうとレオが標的となる恐れがあるから当然の配慮といえる。



【二、工房を拠点とするのはOK。衣食住は勿論、仮宿として冒険者ギルドに登録するのもアリ】


 この条件はイリアさんが直接的に関わっているわけではないからセーフということだろう。う〜ん、グレー判定……



【三、説得時に提案されたものは成功報酬とする】


 要はティナちゃんが家督という名の〝女王〟になったらという話か。

 この条件は完全にティナちゃんたちを想って用意されたものだと容易に分かる。

 確かに後継者争いに勝つには山ほどの資金や物資が必要になると考えられるしベストな判断だ。



【四、直接的に関わる者はルゥのみとする。但し、危険と判断した場合は即刻手を引くこと】


「──!? なっ、何コレっ!? 私一人でティナちゃんたちを助けろってこと!? そんなの無理無理っ、絶対無理っ! しかも危険ってことは激ヤバ案件ってことでしょ!? それこそ余計無理に決まって──」


 この時、不意に目にしてしまう。すぐ下に書かれた文字を。

 そして、その意味を知った私はメモ紙を強く握り締め、静かに身を震わせた。



【五、我が娘ルゥの成すべきことを全力で支えること。〝ルゥちゃん頑張れ〜!〟】


 ……


 ……


 ……


 ……イリアさん……


 ……


 ……


 ……


 ……私、頑張ります……アナタのために……


 心の奥底から込み上げる万感の思いが叫びとして溢れ出ぬよう、重ねた両手で必死に口を押さえて咽び泣いた。あの人を想って延々と、延々と……──

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