第4話 万能職人


「……ねぇ、レオ?」


「うん? なぁにお姉ちゃん?」


 きゃ……きゃあぁぁぁ〜っ♡ なんだかホントの姉弟みたい! 私ひとりっ子だからめっちゃ嬉しい! てかてかっ、レオが可愛すぎるぅぅぅ〜っ!!


 あまりにも可愛すぎる弟的存在に、独り身体をクネらせ舞い上がっている傍ら、当のレオはそんな私を見てキョトン顔に。

 ふとその顔を見たら急に我に返り、頭の中で「ヤバい!」を連呼しつつも平静を装って一言。


「えっと……そ、それじゃあ、お母さんのとこへ行こっか……」


 半ば誤魔化すつもりで言ってみたのだが、レオは満面の笑みを浮かべて「うん! 行く!」とまさかの即答。


 先程の奇行を全く気にしていないレオに対し、この子チョロすぎる……悪い大人に騙されなきゃいいけど……と不安を覚えつつ、「心配だ……はぁ……」と悩みのため息を吐く。


 その後、作業場から出る前に火床の扉を閉め、周囲の整理・整頓・清掃……謂わゆる〝3S〟をしてから扉の前で振り返ってお辞儀を2回。

 レオもこの作法を知っていたようで、私に続いて2回お辞儀をしてから一緒に作業場を退出。その足でイリアさんがいる居間へと向かった。



「……あれ? なんか聞こえる……?」


 居間の手前にまで来ると、何やら中から物音が。

 コンコン、パカッ、カチャカチャカチャ……という具合に、最近聞いたような音がテンポよく鳴り響く。


 取り敢えず中へ入って確認したところ、居間に併設されている台所から例の音は鳴っている様子。

 その時点で見当はつき、透かさずソファを見たがやはり居るべき人はおらず。

 不安に駆られて急いで台所へ向かうと、そこには鼻歌交じりに料理を作るエプロン姿のイリアさんが。


「お母さん……?」


 不意に見た彼女の後ろ姿が母と重なり見入ってしまった……が、すぐにハッとして「イっ、イリアさん!? 大丈夫なんですか!?」と声をかけた。

 すると、丁度料理を作り終えた彼女はフライパンを五徳の上に置き、こちらを振り返るなり笑顔で口を開く。


「二人ともお疲れ様。もう少しでご飯を出すからちょっと待っててね? ──あっ、その間にお風呂で汗を流してらっしゃい。さっぱりするわよ?」


 明らかに調子と機嫌が良く、心做しか顔色も優れているように見える。

 念のため足を覗いてみるが特に震えてはおらず、休んだことで回復したのかと安堵した私は、心置きなく宿に戻ることにした。


「あっ、いえっ、ひと目見れて安心したので宿に戻ろうかなって。なのでお構い──」


「──お姉ちゃん! 一緒にお風呂入ろ?」


 不慣れな遠慮の言葉を述べている最中、レオから急すぎるお願いが。しかも手まで繋いでくるなんて。

 でも全然嫌じゃないし、寧ろ嬉しすぎる展開だ。

 けれど、惜しいがやっぱり遠慮しとこう……と、そう思っていたはずなのに……──



「──お風呂気持ちーね! お姉ちゃん!」


「……え? あ、そ、そうだね……?」


 あれれっ!? どうしてこうなった!? あの後宿に戻るはずだったのに、気づけばレオと湯船に浸かってる!?


 脳内パニックに陥り思考が上手く働かぬなか、落ち着きを取り戻すために瞳を閉じてゆっくりと深呼吸を。

 入浴によるリラックス効果も相まって徐々に落ち着いてきたところで今に至る経緯を思い出すことにした。えーっと、あの後は確か……



 ……私が「ごめんね? もう宿に戻らないといけないんだ……」ってお願いを断ったら「……え?」ってレオがショックを受けちゃって……はぁ、あれはめっちゃ心苦しかったなぁ。まさかあんなにショックを受けるとは思わなかったし……ってそれは一旦置いといて、それでも宿に戻らなきゃって手を離したら急にレオが泣き出して……そう、だからまた手を繋いだら何故か一緒に……あ゙ぁ〜っ!!



 全てを思い出したと同時に両目を見開き、立ち上がりながら「そうだった!」と大声を上げた直後、私の奇行を終始見ていたであろうレオの視線に気づいてそのまま固まってしまう。


「……お姉ちゃん?」


 レオの訝しむような視線に耐えつつこれからどうしようかと考えたすえ、先程の奇行を誤魔化すために「あー、のぼせちゃったかもー、これはマズいー、早く上がらないとー」と三文芝居を打って浴室から抜け出す策を思いつく。


 その結果、レオの口から奇行の話題は出ず、無事に誤魔化すことができた。

 とはいえ、かなり心配されて申し訳ない気持ちに押し潰されそうではあるが……


「お姉ちゃん! ご飯食べに行こっ!」


「うんっ、行こっか! イリアさんも待ってるしね!」


 ……まっ、心配されるだけマシかもね。たとえそれが嘘によるものだとしてもさ。

 そう開き直った私は、マイ部屋着(半袖短パン)に着替えて居間へと足を向けた。



「うわぁ、キレェ〜! それにすっごくトロトロしてて美味しいそう!」


 居間に戻るとテーブルの上には色鮮やかなサラダとふわとろ玉子のオムライスが用意されており、それらを目にした途端に「ぐぅ〜」と腹の虫が早く食べたいと鳴き出していまい、顔から火が出そうなほど恥ずかしくなって「あうぅ……」と私も鳴いた。


「ふふっ、お腹の虫は待ち切れないみたいね? さっ、ご飯を食べましょ?」


 イリアさんの相対席に私が座り、私の左隣にレオが座る……と気づく。この木製の椅子やテーブルも〝イリア〟で作られたものだと。

 イリアさんは武器職人だが家具や器具、工具や農具、更には防具や装飾品までも作ることが可能な〝万能職人オールスミス〟でもあるのだ。


「いただきます(×3)」


 イリアさんに昔の話を伺ったところ、武器職人として大成する前から様々な品物を作っていたらしく、その際に得た知識や技術、そして経験を武器造りに活かすことで〝王家御墨付き〟を貰うことができたのだそう。

 確かに調理器具や農具は故郷の村でよく使われていたし、椅子やテーブルもごく少数だが宿内で見掛けた。

 他にもこの工房にある殆どの物に〝イリア〟の証として〝向日葵〟の工房印が施されていることも知っている。歩きながらチェックしたからね。


「そういえば調子はどう? ずっと作業場に篭ってたようだけど」


「はいっ、イイ感じです! レオの助言どおりに造ったら驚くほど上達しました! ねっ? レオ?」


「うん! このままいけばこの街でもやってけると思う! だって550まで鍛治力上がったもん!」


 自信ありげに笑顔を見合わせて「ね〜?」と同時に言い合う私とレオを見て、イリアさんは微笑みながら「そう……それだけあれば咲きそうね」と意味深な言葉を口にした。


 ……ん? 一体なんのことだろ……? と疑問に思っていると、突然イリアさんから質問を受けることに。


 質問は全部で3つ。1つ目は趣味、2つ目は特技、3つ目は夢。

 まるで面接のようで緊張するも、彼女の柔らかな表情に私も肩の力を抜いて答えることができた。


 先ず始めに答えたのは〝趣味〟について。

 私は幼い頃から『異世界偉人名鑑』を読むのが大好きであり、その理由としては何よりもワクワクさせられるからだ。

 因みに〝特技〟も同様に『異世界偉人名鑑』が好きすぎて内容を全て暗記していることだと回答。

 最後に〝夢〟だが「今の夢は……イリアさんのような国一番の武器職人になることです!!」と熱心に答え……いや、語らせてもらった。


「あら、そうだったの。……ふふっ、とても嬉しいわ。貴方は昔の私にそっくりだから諦めなければ夢を叶えられるはずよ。というわけで明日も頑張ってね? それじゃあ私は先に部屋で休ませてもらうわ。おやすみなさい」



 ……結局、質問の意図は分からず仕舞いだったが、彼女の言葉に更なる自信と勇気を貰えたので明日も頑張って武器造りに励もうと決意を固めた。


《そしてっ、明日こそは私の秘められしチカラについて聞こう!!》


 そう何度も繰り返し思いながら食事を終え、食器を洗い、歯を磨き、2階にあるレオの部屋で一緒に布団を被る。……ん? 何か大事なことを忘れているような……



「……あ、宿に戻るのうっかりすっかり忘れてた。……まっ、いっか!」


 折角思い出したもののなんだかとても億劫になり、今日はそのまま寝ることにした。睡眠は大事だからと自分に言い聞かせて……──

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