第3話 特別なチカラ、秘められしチカラ


「さぁ少年よ! これがお姉ちゃんの造った弓だぞぉ!」


 自信満々に弓を見せてはニヤける私に対し、少年も瞳を輝かせながら弓を上から下へじっくりと眺めて笑う。

 その眩しいほどの笑顔に、驚く顔を見るよりも大きな喜びを感じていた……が、急に少年は真顔となって口を開く。


「これ、全っ然なってないよ? 竹身の幅が不均一だし塗りムラはあるし弦の張りだって甘いもん」


「……え? え?」


 突然の酷評に唖然とする私。

 だってこの弓は過去最高の出来だったし、何より少年にダメ出しされるとは思っても見なかったから。


「あのねお姉ちゃん、これくらいの出来じゃあこの街でやってけないよ? これからもこの街でやってく気なら、せめてカジリョク600はなきゃダメ。分かった?」


「あ、はい、すみません……って、ん? カジリョク……?」


 てっきり家事力だと思って自分の家事姿を想像してしまったが、どうやら〝鍛治力〟のことだったらしい。

 とはいえ、鍛治力なんて単語を聞いたことがないので何を指しているのかさっぱり分からず。

 すると、悩んで首を傾げている私に少年はざっくりとだが説明してくれた。


 この少年には〝特別なチカラ〟があるらしく、そのチカラとは対象者の鍛治力を数値化して視ることができるというもの。

 実際に私のことも視たようで、数値は450とあまり芳しくない様子。

 国内全域なら500、この街【スクラプス】なら600、王都【サンジュエル】に至っては1200もが平均値らしく、今の私ではこの街どころか凡そ半数の街でも生き抜くことはできないだろう……と。


 ふと気づけば俯いて説明を聞いており、説明が終わった後も俯いたまま工房をクビになった時のことを思い出していた。



【お前、才能の欠片もねぇな】



 クビ宣告の際、全ての工房で言われた台詞……そんなこと、私が一番よく分かってる。

 ただそれでも、故郷の村では天才武器職人と呼ばれてたからこの街でもなんとかなると思ってたんだ……今の今までは。

 だけど、こんな小さな子にまで侮られてはとてもじゃないが無理だ。

 やる気を出して早々に申し訳ないけどこの工房……いや、この街から出て、違う街で一からやり直そうと思う。それも、なるべく鍛治力の高くない所からさ……



「……ごめん少年……私、この街から出てくことにするよ……」


 私が顔を上げてそう告げると、少年は今にも泣きそうな顔で大声を上げる。


「なんで!? なんでなの!? だって約束したでしょ!? お姉ちゃんが僕の代わりにママとこの工房を助けてくれるって!!」


 その瞬間、少年の懸命な叫びに私の心は揺れ動く……が、地に堕ちた自信が揺れる心を無理矢理押さえ込み、結局はこの街から出ることを選んだ。


「ホントごめん……でもね、才能の欠片もない私じゃやっぱりムリなんだよ……それはキミも分かってるでしょ?」


 自分で言っていて悲しくなる。

 なれど、それ以上に泣き顔の少年を見て私の心がズキンと痛む。


 ダメだ、このままじゃ私まで泣いちゃいそう……だからっ、早くここから立ち去らなきゃ! そう思い扉の方へと駆けだし──



「──待って!!」



 突如、私を呼び止める声が作業場に響く。

 その声は聞き覚えのある女性の声で、私は無意識に振り向いてはその名を零す。


「イリアさん……」


「急に声を上げてごめんなさい……でも、これだけは知っててほしいの。確かに才能は得られなかったかもしれないけど、それを補って余りあるほどの秘められしチカラが貴方には備わってることを」


「……ッ!? 秘められし、チカラ……!?」


 憧れであり目標でもあるイリアさんから才能無しと告げられ、私の心にズシンと重い何かがのし掛かる。

 だがその重みを感じるよりも〝秘められしチカラ〟について知りたいという欲求がまさっていた。

 それは才能無しの私にとって地に堕ちた自信を再び舞い上がらせるために必要なことだと本能で悟ったからかもしれない。


 だからこそ、藁にも縋る思いでイリアさんから詳しい話が聞きたい……ううんっ、聞かなきゃ! 武器職人としての自信を取り戻すために!

 そう覚悟を決めるなり急いで彼女の元へと駆け寄り「お願いします! そのチカラについて教えてください!」と深く頭を下げて教えを乞う。


 ……しかし、イリアさんからの返答はない。

 もしや誠意が足りていないのかもと考え、頭を下げたまま待つことにした……が、尚も頭を下げ続けていると「……う、うぅ……」と何か呻くような声が聞こえ、そこで漸く気づく。彼女のか細い足が酷く震えていることに。


 ショックを受けつつも即座に頭を上げ、彼女を直視して確信を得る。

 彼女は本来、ここまで来るだけの体力や筋力を持ち合わせてなどいないことを。

 その事実は(作業場の壁に身体を預けていないと立つことすらままならない)今の姿を見れば一目瞭然だった。それなのに、私は自分のことばかり気にして……



「……なさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出す。

 涙によって視界がボヤけてしまったものの、それすらも拭う時間を惜しんでイリアさんの身体を支え、今すぐ休んでもらうために彼女を背負って居間へと向かうことに。


「──ッ!? こ、こんなに……!?」


 背負う彼女の身体は驚くほど細く、そして軽かった。

 まるで小さな子を負ぶっているのではと錯覚するほどの軽さに、収まりつつあった涙は再び勢いを取り戻してしまう。

 そのうえ「ママぁ……」と悲痛な声が後ろから聞こえ、その声が耳に残って尚更涙が溢れた。



 ……程なくして居間に到着。

 中央にあるソファにイリアさんを寝かせ、側にあった毛布を掛ける。


 彼女が見せる苦悶の表情にとても話など聞ける状態ではないと理解し、邪魔になるからと居間を後にしようと振り返った途端、小枝のようにか細い手が私の手を掴んだ。


 驚いて咄嗟に振り向くと、イリアさんは私の手を掴みながら「……大丈夫。貴方ならきっと大きな花を咲かせられるわ……だから、決して諦めないで……」そう告げて眠りに就いた。


 未だ自信は地に堕ちたままだが、それでも「イリアさん……私、もう一度頑張ってみます……!!」と眠る彼女に誓い、掴んだ手をそっとソファに置いて再び作業場へ。



「あ、あのさ少年……さっきはごめん! 私どうかしてた!」


 作業場に戻るなり速攻で振り返り、クラップ音が鳴るくらいの勢いで両手を合わせて少年に謝罪を。あの時の私は本当にどうかしていたから。

 すると少年は満面の笑みで「うん! 許してあげる!」と明るく私を許してくれて思わず戸惑うも、瞬時に気持ちを切り替え、武器職人としてやるべきことを果たすと決める。それは……




 今はまだ、何が〝正解〟なのかは分からない。だがしかし、一心にモノを造り続けていれば〝正解に近い何か〟は見えてくるのではなかろうか? ばい私。

 なーんてことを考えながら、私は様々な武器を造り捲っていた。それも、かれこれ8時間ほど。

 因みにただ造っていたわけではなく、少年に助言を貰いながら造っていたのだ。


 手始めに片手剣ショートソードを造ってみた際に「う〜ん、鍛造は良いのに仕上げの研ぎがなぁ。あーあ、勿体ない」と少年がデカい独り言を口にしたのがきっかけ。

 実際に指摘された箇所を気にしながら2本目を造ってみたところ、1本目よりも明らかに上出来だったのでビックリ。少年の助言は的確だと知った。


 3本目からは製造過程で助言を貰うようにしつつ、剣以外にも槍・斧・杖を幾つも造り、更には製造方法を教わりながら人生初となる鎚矛メイスを造ってみたりなども。

 そのように時間を忘れて武器造りに没頭していたら外から18時に鳴る〝日暮マーニの鐘〟が聞こえ、そこで漸く手を止めて今に至るというわけだ。


「あ゙ぁ〜疲れたぁ〜!! 腕は痛いし腰も──ってヤバっ! そろそろ宿に戻らなきゃじゃん! ……あっ、そうだ! 今更だけど少年の名前教えて? 因みに私は──」


 先に私が『ルゥ』と名前を伝えると、少年も快く名前を口に。

 そしてこれからは〝少年〟ではなく『レオ』と呼ぶこととなり、12歳差という歳の離れた弟ができた嬉しさから顔を緩ませた。その挙句……──

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