第15話 外道
「お〜怖い怖い。さっきまでのしおらしさが嘘みたいに威勢がいいなぁ。くくくっ、何か気に障ることでもあったのかぁ?」
憤怒する私に対し、動じるどころか寧ろ嬉々として煽ってくる眼帯男。
その余裕綽々な奴の態度が余計に腹立たしくて癪に障るし堪え難い。
「チッ、白々しいヤツ! わざと煽ってるくせに知らないフリなんかして! アンタみたいなヤツ嫌い! 死ねばいいのに!」
この抑え切れぬ怒りを口撃に変換。
といっても、ただ単に言い返さずにはいられなかっただけだが。
「ははっ、そりゃありがとよ。俺にとっちゃ最高の褒め言葉だ。で? これからどうするつもりだ? お仲間が来ないこの状況でよ」
「──ッ!! くっ……」
認めたくないが奴の言葉は的確にして事実。
みんなが来ると思っていたから強気でいられただけであって、その希望がなくなった今ではもう……いや違う。なくされたんだ、希望を。私の前でほくそ笑む、あの外道の策略によって……
「……ん? どうした急に黙り込んで。まさかとは思うが諦めたとか言わねぇよな?」
「……」
「……そうか、諦めたんだな。はぁぁぁ……つまらん」
眼帯男はそう告げた後、失望した表情で四人の手下に「捕えろ」と命令を下す。
私に怒りの視線を向けるヴァルガと他三人の手下は「イエス、ボス!」と一斉に声を上げ、直ちに私を捕らえようと四人同時に襲い掛かってきた。
「……そう」
無遠慮に間合いを詰めてくる四人の手下。
ご丁寧にも腰に差した
「……そうだよ」
流石は盗賊業をやっているだけあって四人とも機敏かつ統率の取れたイイ動きだ。
全員が互いの動きを見極め、邪魔にならないルートを選んでいるのがよく分かる。
「……諦めたんだ」
やはり奴らは強い。それも、スラム街の連中とは比べ物にならないほどに。
特に集団戦ともなれば屈強な冒険者パーティですら全滅もあり得る。
そしてそれはティナちゃんたちも例外ではない。だからこそ、諦めるしかなかった。
「──諦めることを!!」
強者である四人の手下が私の間合いに侵入。
心做しか奴らが笑っているようにも見える。きっと無抵抗の私に油断しているのだ。なんて卑しい笑い方。
《でもこの時を待ってた!!》
心の中で強くそう叫び、溜めに溜めた力を今こそ解放する。
「遍く穿て!
目力を強め、右足で踏み込むと同時に速突きによる連撃を繰り出すと、四人の手下は左に回避する者と右に回避する者とで二分化する。
しかし、それらの行動を読んでのこの技。
無数の突きは奴らを逃さぬよう広範囲に放たれ、余すところなく全身を打ち砕き、最後は勢いそのままに後方へと吹き飛ばした。
棍技『啄木鳥突き』……この技は、高速の突きを幾度も繰り出すことで避ける間を与えずにダメージを与える連撃型棍技。
なので決して私自身が〝啄木鳥好き〟というわけではない。
……あっ、そういえば昔、この技を喰らって全身青痣だらけになったんだよなぁ私。
それで普段はニコニコしてるお母さんが
当時学んだ父の教えでは、この技には〝波打ち〟と〝鬼打ち〟の二種類が存在し、それらの主な違いは攻撃範囲と攻撃回数にある。
名前からも分かるとおり〝鬼打ち〟の方が上級。身体への負担は大きいがその分鬼強い。
どちらも長所と短所があるため状況に応じて使い分けており、今回は複数人のうえに機敏な相手なので〝鬼打ち〟を選んだ次第だ。
「へへっ、どうだ参ったか! って、足が笑っちゃってるけどね……」
油断した奴らを確実に倒すためとはいえ、無理をした結果がこのザマだ。よもや立っていることしかできないなんて。
実は足のみならず全身が悲鳴を上げて笑っている。最早、棍を振るう力すら残ってはいない。
残るはあと一人……なのだが、正直言って勝ち目は極薄。どう考えても勝てる気がしない。無理寄りの無理。
だがそれでも強がって眼帯男を睨みつけていると、突然目を合わせるなり奴が口を開く。
「へぇ〜、やるねぇ……まさかスザク流棍術の使い手とはな」
「──ッ!? なっ、なんでーー」
「──しかも『剛力』まで使うたぁ……もしやお前、王国騎士団にツテでもあんのか?」
「──ッッ!? アンタ、一体何者なのよ……」
「……さぁ? 一体何者かねぇ?」
「くっ、アンタみたいなヤツホント嫌い!
あの男が何者かは知らないけど、まさか私の棍技をひと目見ただけで流派を言い当てるなんて……それに、バレて警戒されないようにって上手く『剛力』を使ったはずなのにそれすら見破っちゃうし……ホント何者なの、アンタ……
徐ろに眼帯男が近づいてくる……が、勝負の行方よりも奴の正体が気になってしまい、戦いに必要な集中力がプツリと切れてしまった。
とはいえ戦う意思は消えておらず、震える両手を前に突き出して棍先を奴の顔に向ける。
「……あぁん? そりゃ一体なんの真似だ? まさか威嚇してるつもりか? はっ、そんなんで止まるわけねぇだろ」
私のこの構えを見ても奴は全く躊躇せず、それどころか急に冷めた表情で背中に差した剣を抜き、地に伏している手下らを次々と斬り殺していく。それも、頚動脈を正確に切断して。
「──!? ボっ、ボスっ、一体何を──!?」
ボスであるはずの眼帯男によって仲間たちが一人また一人と斬殺されては屍と化す。
そのような惨劇を目の当たりにし、ひどく狼狽えるヴァルガ。
私の攻撃を全身に浴びた影響なのか、その場から動けずに
徐々に迫りくるあの男に対し「ひぃぃぃっ!! 嫌だぁ! まだ死にたくねぇよぉ!」とヴァルガは踠きつつ涙ながらに訴え、その最中にふと私と目を合わせた次の瞬間、無情にも喉元を斬り裂かれて絶命。
私はその光景をただただ見ていることしかできずにいた。
あの瞬間、彼が見せた〝何かを乞うような眼〟が脳裏に焼きついて離れない。
そんななか、斬られた先からは大量の血が噴き出し、四人目を斬り終えた頃には人数分の赤い噴水が。
「あ゙ぁ、あ゙ぁぁぁ……なんてことを……」
突然の出来事に頭の中が真っ白になるも、そのあり得ない光景に自ずと悲嘆していた。
すると眼帯男は急に足を止め、返り血を浴びた顔で嘲笑い、そしてこう返す。「使えねぇやつはゴミと同じだ。なら、土に還してやるのが道理だろ?」と。
奴の非道な言動に激しく動揺し、棍先が震えて止まらない。
先程までは外道といえどもまだ〝人間味〟が垣間見えていた。
しかし、今はもうどこにも見当たらない……いや、本当は最初からなかったのだ、ソレは。
単に会話が成立してたってだけでソレを感じたとか……ははっ、バカだなぁ私……ホント、節穴にも程があるよ……
あまりの惨劇と己の愚かさに戦う意思は完全に喪失。
更には立っている気力も失せ、地面に両膝を突いては項垂れる。
遂には四つん這いとなり、涙で歪んだ視界のまま諦めの言葉を漏らす。
「みんなごめん、助けに行けなくて……でも私、ホントにもうダメみたい……」
惨劇を見た恐怖からなのか、或いはみんなに対する申し訳なさからなのかは知り得ぬも、私の目からは自然と涙が溢れ出る。
そんな折、全身を真っ赤に染めた眼帯男が私の目の前に立ち、聞き捨てならぬ台詞を吐く。
「はぁ、なんかガッカリだぜ……漸く楽しくなってきたってのによぉ。んじゃ仕方ねぇ、次はあの工房の奴らで楽しむとするか。まっ、別に無傷で連れ帰れとは言われてねぇしな」
《えっ──!?》
あれはただの独り言なのか、はたまた敢えて聞かせたのかは知らないしどっちでも構わない。
だけど、このまま見過ごすのだけは絶対ダメだ。到底許されることじゃない。
だって、あの工房には私の家族……ううん! 私の〝大好き〟な家族がいるんだから!!
再び戦う意思を宿した私は、もう諦めない。
ふらつきながらも立ち上がり、未だ震える両手を前に突き出し、工房へと向かい出した奴の背中に棍先を向ける。そして……──
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