第19話 チグハグ


「──!? あ、貴方は……!?」


 まるであり得ないものでも見たかのようにイリアさんは目を見張り、そして声を震わせた。


「お久しぶりです。イリア様」


 逆にティナちゃんは大人顔負けの毅然とした態度で挨拶を……ってそういえば、確かみんなは顔見知りなんだよね。イリアさんが〝王家御用達〟の武器職人だった頃からの。


「第二王女様っ!? なっ、何故ここに──あっ」


 驚きのあまりイリアさんは転倒し、更にはティーカップごとトレイを落としてしまう……が、透かさずイリアさんはフェルムが抱き止め、それ以外はプラータが空中で元どおりに。


「おぉ〜っ!!」


 二人の凄さに歓声を上げる私とティナちゃん……と、エタン。

 ていうかなんでこっち側なの? 普通に考えてあっち側でしょうが、アンタは。


「うむ、よくやったお前たち。筆頭従者である私も鼻が高いぞ」


 何が「うむ」だ! だからアンタはあっち側だっての! あと鼻が高くなっていいのはティナちゃんの方っ! いい加減気づけ!


 ……という一幕があったものの、取り敢えずは食事を摂りながらの説明となり、各々が様子を見合って食卓の椅子に座っていく。


 しかし、ここで問題勃発。

 昨夜同様、イリアさんの相対席に座れてホッとしたのも束の間、そこがまさかの右端の席。

 つまりそう。私の隣は左側のみとなるため、その席に座ろうとしたレオとティナちゃんが口喧嘩を始めた次第なのだ。


「──違う! ここは僕が座るんだ! 昨日の夜もそうだったもん!」


「いいえ。こちらの席はわたくしが座らせていただきます。それに、昨夜お姉様と共にしたのなら譲ってくださってもよろしいのでは?」


「ヤダっ! 絶対ヤダっ! お姉ちゃんの隣はこれからもずっとずっとず〜っと僕なんだ! プリティナちゃんには絶対譲らない!」


「くっ、未だに間違えたままとは……コホンッ、いいですか? わたくしの名はプリティナではなくプラティナです。2年前にも訂正したはずですが、もしやわざとでしょうか?」


「そんなことどうだっていいやい! それより早くあっち座ってよ! じゅーしゃさんたちも困ってる!」


「──ッ!! そっ、そそそっ、そんなことですってぇぇぇ〜っ!?」


 年相応に可愛らしくムキになるティナちゃん。

 いつもの冷静さはどこへやら。まぁ、姉としては寧ろ喜ばしい限りだけどね。

 そんな彼女がレオに何かを言い返す直前、見兼ねたフェルムが口を挟む。


「まぁまぁ二人とも。何もそんな熱くならなくてもいいんじゃねぇか? 大体よぉ、席なんてどこも一緒──」


「──じゃないもん!!」


 フェルムどんまい。とか思ってたら、次はプラータが余計すぎる一言を。


「はぁ……前から思ってたけど二人って息ピッタリだしさ、実は何気に仲良し──」


「──じゃないもん!!」


 うん、息ピッタリ。絶対仲良しだよね、キミたち。

 けど口に出したら100パー怒られるからやめとこ。あとプラータお疲れ様。


「ゔゔゔゔゔぅ〜っ!!」


 威嚇し合う犬のように唸る二人。

 ここだけ見れば険悪そうに思えるが、次の展開が容易に予測できるくらいには仲良しなのでは? と、私が考えていると──


「──ふんっだ!!」


 あ、やっぱこうなったか。息ピッタリな二人のことだからどうせこうなると予測してたんだよねぇ。

 この〝互いにそっぽを向く〟っていう仲良しだけが起こせるイベントをさ……って、エタンも予測済み!? 満足げに頷いてるし間違いなくない!? てかアンタは何も言わんのかい!


 ……というまさかのもう一幕がありつつも、無事に食事を始めることができ、先ずは他愛もない雑談に興じる運びとなった。

 因みに先程の〝席取り問題〟を解決したのは私。

 といっても、ただ単に一つ左に席を移しただけなのだが。

 それにしても、こんなに大勢で食を囲むのなんて初めてだから新鮮だしなんか感激。

 まぁ尤も、結局は情報収集の場と化しちゃってるけども。


 その中でも主な話題として上がったのは以下の三つ。



 この街【スクラプス】の冒険者事情。


 王都【サンジュエル】で流行中の武器やその傾向。


 【森人エルフ】【地人ドワーフ】【獣人ビーム】などの種族遺伝について。



 それらの話は全て知らない内容だったからか、ただ聞いているだけでもとても楽しかったし凄く勉強になった。

 勿論、他の話もある。例えば子の髪色は両親の遺伝により──



「──つーかよ、お前ってどう考えてもチグハグだよな?」


「えっ? 何? チグハグ? なによ急に……あっ、でもめっちゃ気になるかも!」


 回想中、唐突にフェルムからチグハグ宣告を言い渡されてしまい面を食らうも、私自身も知らぬことなので興味津々に。

 この話題にはみんなも大変興味があるらしく、気づけばフェルム以外は誰一人として喋ってはいなかった。


「だってよ、戦える術は持ってるのに今まで戦ったことなかったんだろ?」


「うん」


「でもスキルは沢山使えるんだよな?」


「うん」


「けどスキルを最も活かせる冒険者にはならなかった」


「うん」


「負けず嫌いなのに?」


「うん」


「大好きな武器を思う存分振るえるのに?」


「うん」


「だけど超強ぇ武器を持ってる」


「うん」


「しかも超凄ぇスキルまで持ってる」


「うん」


「だがそのスキルみたいな武器を造る才能はない」


「うん……」


 ……あ、ヤバい。なんだか無性に泣きたくなってきた。

 目の前でフェルムがティナちゃんに怒られてるみたいだけど話の内容が全然耳に入ってこないや。

 それくらい事実を言われたのがショックだったんだ、私。

 まぁ、才能の欠片もないって散々言われ続けてきたから今更といえばそれまでだけどね。

 たださ、なんで神様は武器を愛すであろう私に武器造りの才能をくれなかったんだろ?

 だって神様なら事前に知っててもおかしくないのに……うんっ、絶対おかしいよ! 怠慢だよ! 不公平だよ!

 もし神様に逢えるのなら文句の1個や2個……いや、10個くらい言ってやりたい!

 そう思ったら今度は無性にムカついてきた! だから言ってやる! 夢を叶えて神様に「ざまぁ!」って言ってやるんだ! 絶対に!



「そう絶対に!!」


 食事中にも拘らず、我を忘れて立ち上がる私。

 ふと我に返って周囲を見渡すと、みんながこちらを見て目を丸くしていることを知って思わず赤面。


 あわっ、あわわわわっ!? またやっちゃった! それも奇行の定番みたいなやつ! ゔぅっ、これはもうどうしようもないよね。だからここは正直に言うしか……いやタンマ。まだイケる。まだ誤魔化せる。私ならやれる! そう私なら!!


 ベタな奇行によって羞恥心に駆られてしまったものの、ここは敢えて平静を装って涼しい顔で着席──


「──いやなんか言えよッ!!(×3)」


 めっちゃツッコまれた。それも仲良し三人組トリオに。


「ぷふっ」


 あ、ティナちゃんが吹いた。また私の思ったことを察したんだ……ってか、やっぱ固有スキル? それとも私みたいに別のスキル持ち? う〜ん、どっちかだとは思うんだけど……


 などと考え事に耽っていたところ、「それでは皆さん、本題に入りましょうか」とイリアさんの方から話を切り出され、同時に場の空気が一変、和やかなものから重苦しいものに。


「あっ、それじゃあ私が──」


 事の経緯を簡単に説明。但し、改変しつつ。


 ランニングのために外出したこと。

 気づくとスラム街に辿り着いていたこと。

 そこでティナちゃんたちと出逢ったこと。

 私の潜在スキルが開花したこと。

 ティナちゃんが〝何者か〟に狙われていること。

 運悪く〝ゆきずり〟の盗賊に襲われたこと。

 ティナちゃんが抱える〝ある事情〟の──


「──お待ちくださいお姉様。その件につきましてはわたくしの方から説明いたします」


「……分かった。頑張ってね」


「──ッ!! はいっ」


 このの意思を尊重してバトンタッチ。私は静観に徹することにした。

 すると彼女は神妙な面持ちで〝ある事情〟を語りだし、助力を得るために説得を試みる。その声は重々しく力強い。


 ここが正念場だと理解しているのだ。額に浮かぶ汗を見れば分かる。あれは……決死の汗。彼女が魂を燃やして臨んでいる証。


《だからどうかっ、どうかこのの助けになってあげてください! イリアさん……ッ!!》


 大切な妹のため、一心にそう願って……ーー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る