第14話 女と男
「はぁはぁはぁ……あ〜、疲れたけどすっごく気持ち良かったぁ!」
高台にある工房のすぐ側に立つ一本の大樹。
その木にタッチしたことでゴールと見做し、走り抜けた爽快感と心地良い疲労感を全身で感じ取る。
「ふぅ……よしっ、息も落ち着いてきたしそろそろ中へ入ろっか! って、嘘でしょ!?」
呼吸を整え、いざ工房の中へ! と振り返ってやっと気づく。誰一人として私の後に続いていなかったことに。
あの摩訶不思議な体験とランニングハイによって引き起こされた悲劇……いや、ただの自業自得だったわ。
とっ、とにかく一旦戻ろう! そう思い立って木陰から出た途端、視界の先ギリギリの所に複数の人影が映り込む。
なれど、この場からでは遠すぎて顔の判別はおろか衣装の色さえ認識できず。
もし近づいて人違いだったら気不味いし、最悪盗賊なら身包み剥がされて私自身も攫われてしまうかもしれない。そう考えたらこの場で待つのがベスト。
だってリスクが大きすぎるもの。それに実をいうとこの場からでも知る術があるにはある。
「はぁ……あんま使い続けると頭が痛くなるんだよなぁ、コレ。でもまぁ、仕方ないか」
腹を決めた私は両目を見開き、人影にピントを合わせてからズームするイメージでスキルを発動させる。
《視覚スキル、望遠!!》
一時的に視力を引き上げることで通常よりも遠方のものが視認できる強化系視覚型スキル。
一見、今まで使用したどのスキルよりも容易に感じるが、実は最も集中力を使うし疲れるのだ。
因みに以前使用した『気配察知』は強化系知覚型に属されており、五感全てを強化・拡張することで〝知覚力〟を引き上げるものとなっている。
また、工房内で使用した『鉱石鑑定』も視覚を通しているので誤解されがちだが、こちらは視覚型でも知覚型でもなく特殊系鑑定型という謎の分類に属されていたりするのだ。
「──って、お父さんに教わったんだよなぁ、昔に。どれどれ……おっ、やっぱみんなだった! しかもちゃんとここへ向かってるみたい! あぁ、よかったぁ……」
五人の姿が見れて安堵した私は『望遠』を解除し、木陰に戻って少し休むことにした。みんなが来るまでの短い間だけ、ね……
「……きろ! おい起きろって!」
左肩を揺さぶりながら大声で起こしに掛かる誰か。
う〜ん、この声の感じからしてフェルムかなぁ? そう思ってうたた寝から覚める。
「ふぁ〜……おはよぉみんなぁ。あとごめんねぇ、一人で先走っちゃてぇ」
座ったまま欠伸をし、寝惚け眼でみんなを見渡す……が、寝起きのトロンとした目ではみんなの顔がよく見えない。
それでも徐々に視界と意識が冴えてくると、それに比例して身体の熱が冷めていくのを感じた。
「……違う、みんなじゃない……てか誰よアンタたち!」
何故か目の前にいるのは見知らぬ五人の男。
それも、明らかに真っ当な生き方から外れたアウトローな風貌の輩。
コイツら盗賊だ! それも戦闘に慣れてるヤバい奴ら!
瞬時にそう見抜き、視野を中心視から周辺視に切り替え、全員を視界に捉えて警戒を強める。もし何か動きを見せれば即対応できるように。
「なぁ女、お前はあそこの住人か?」
最後尾で腕を組み、右目に眼帯をした男からの質問。
一体何故そんなことを? あの工房に何か用でもあるの? など、一瞬で色々と考えたが行き着く答えは「違う」の一つだけ。
「そうか、違うのか……なら、売り飛ばしても平気だな」
そう告げるなり眼帯男がニヤリと笑った直後、右頬に十字傷のある男(恐らく私を起こした張本人)により地面に押し倒されると同時に両手首を抑え込まれて馬名乗りにされ、強く警戒していたにも拘らずされるがまま封殺されたその事実に己の弱さを痛感し、無力感を抱く。
「ひひっ、いいなぁその目つきぃ。いつもは強気なくせに何かあるとす〜ぐに弱っちまうんだぁ。けどよぉ、俺はそんな目ぇした女が好きなんだぁ」
長い舌を出し、ゆっくりと顔を近づけてくる十字傷の男。
拒むよう顔を背けてもお構いなしに迫り、ガラ空きとなった私の左頬を下から上へと這うように舐めては愉悦に浸りだすと、その常軌を逸した悍ましき行為によって自分が〝女〟であることを分からされてしまった。
……こ、怖くて身体が動いてくれない……みんなごめん、私もうダメみたい……
初めて感じた〝男〟への恐怖心。
それにより心が折れ、自然と涙が頬を伝うと、そんな私を取るに足らぬ存在だと認識したのか眼帯男は乾いた口調で話しだす。
「ヴァルガ、お前はスイッチが入ると下卑ちまうから手に負えねぇ。それに女、俺らはあそこに住んでる奴らに用があっただけなんだが……まっ、運が悪かったと諦めてくれ」
その話を聞かされた私は、恐怖で身体を震わせつつも口を開く。
「あ、あの工房の人たちになんの用が……さ、最後に教えて……」
少しの沈黙ののち、徐ろに眼帯男は返答を。
「……いいだろう、教えてやる。あそこには見目麗しい女とそのガキが住んでるらしくてな。で、ソイツらを生きたまま連れ帰れってのが今回の依頼なわけだ。つっても、それ以上のことは何も知らされてねぇから答えようもねぇわけだが」
い、依頼? 一体誰がそんなことを? 何故こんなヤバい奴らに頼まなきゃいけなかったの?
そう深く考えているうちに恐怖心はいつしか薄れ、更には考察することで一つの仮説を立てる。
「……まさか、ティナちゃんの兄弟……?」
不意に呟いたこの一言にピクリと反応を見せる眼帯男を見た瞬間、仮説は的を得ていたのだと確信する。
しかし、それは向こうも同じであると次の言葉で気づかされることに。
「……ほう、こっちこそまさかだ。偶然にもお前がプラティナ姫を知ってるとはな。くくくっ……面白い。お前も一緒に連れ帰るとしよう。売れなくなったのは残念だがな」
続けて眼帯男は十字傷の男『ヴァルガ』に指示を出す。「その女の手足を折って逃げられなくしろ」と。
するとどうだ。その指示を待ってましたとばかりにヴァルガは下卑た笑顔を見せる。だが……
「気持ち悪いんだよお前っ!」
不十分な体勢にも拘らず、私は渾身の頭突きを喰らわせてやった。
不用意に顔を近づけていたので威力は申し分なく、頭突きを喰らったヴァルガは両手で鼻を押さえて「ぎゃあぁぁぁ──ッ!!」と汚い悲鳴を上げながらのたうち回る。
《よしっ、今のうちに!》
馬乗り状態から解放されては透かさず立ち上がり、盗賊らから距離を取ると同時にツールポーチから『ゴクウの棍』を取り出すと、まるで出番だと知っていたかのようにすんなり取り出せたため、その流れで構えを取りつつ力を溜めだす。
「ねぇ、さっきの話で凄〜く気になったことがあるんだけど……話に付き合う気、ある?」
「へっ、ねぇな。それにお前もそんな気更々ねぇだろ? ハナからやる気なんだからよ。大方、仲間が来るまでの時間稼ぎってとこか? 狡い真似しやがるぜ」
「ちぇっ、バレてたか……」
盗賊らの頭領と思わしき眼帯男。どうやら武勇のみならず頭も切れる様子。
それに他の四人も私より強いのは明白だ。よもやそこいらの冒険者より強いまである。
まぁなんにせよ、戦って勝つしか助かる方法はないんだけどね……さーて、これからどうしようか。
周囲をよく観察し、色々と思考を巡らせつつも奴らの一挙一動に目を光らせ、同じ轍を踏まぬよう警戒ではなく厳戒に徹する。
別に戦闘職ではなくとも武器造りで培われた集中力と粘り強さを活かし、なんとか持久戦に持ち込めれば私の勝ちだ。
時間さえ稼げればみんなが来てくれる! そう信じて強気な顔で戦いに臨む……がその時、それを見抜いたかのように眼帯男が口を開く。
「あぁそういや、ここへ来る前に随分と身形のいい五人組を見かけたなぁ」
「──ッ!? そ、それって……アンタっ、まさか何もしてないでしょうね!?」
「くくくっ、やはり仲間か。まぁ、向こうには三十人余りの手下を既に送ってやったがな! はははははっ!!」
「こんのクソヤローがぁ……ッ!!」
絶望感に浸る間もないほどの憤怒を感じた私は、奴らを完膚無きまでにぶちのめす!! そう決意し……──
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