第5話 スラム街


「──あいたっ!? ……うーん、これで5度目の裏拳かぁ……」


 就寝中、通算5度目となるレオの裏拳攻撃。勿論、わざとではなく寝相の悪さからくるものだ。


 分かってる! 分かってはいるんだけど! と悶々としつつも、レオの手を布団の中に戻して頭を優しく撫でる。どうか6度目は来ませんように……と願いを込めながら。

 するとレオの閉じた瞳から一筋の涙が零れ、一言だけ寝言を呟く。「お姉ちゃん、助けて……」と。

 夢の中でも苦しむレオに対し、私は「レオ……」としか言えず、それ以上の言葉を口には出せなかった。だって、あまりにも切なすぎて……



 ……その後、ベッドを降りて窓から外を覗く。

 まだ外は薄暗く、見える範囲に人はおろか生き物すらいない。というか寧ろいない方がイイ。

 物音を立てぬよう粛々とツナギに着替え、忍び足で部屋から抜け、静かに階段を降り、慎重に扉を開けて外に出る。

 扉を閉める際も細心の注意を払い、閉めた後は普通に歩いて辺りを散策。


 いつもは6時に鳴る〝夜明ソールの鐘〟で目を覚ますのだが、今日はその前に起きたので日課のランニングがてら道を覚えようかと。

 この辺りは〝スラム街〟に近いため、今まで来たこともなければ来ようとも思ったことがない。だって危ないもの。


 だからこそ、気づくことができなかった。イリアさんの苦痛やレオの苦悩に。

 そのあまりの口惜しさから、先程口には出せなかった言葉を今叫ぶ。


「レオーっ! さっきは言えなかったけどさ! お姉ちゃん頑張るから! 頑張って二人を助けてみせるから!」


 二人のことを思うと一気に目頭が熱くなり、危うく涙が零れそうになったので咄嗟に上を向いて堪えた。

 それもこれも全てイリアさんを裏切り嵌めた弟子らのせいだと空を睨む。

 別に頼まれたわけではないが、二人の代わりに私が……いや、二人の現状に心を痛めたのだから、謂わば弟子らに心を痛めつけられたことと同義。


 つまりっ、私自身が復讐しても何一つ問題なし!!

 そう結論づけ、まだ見ぬ弟子らに怒りを募らせながら闇雲に走っていると、いつの間にかスラム街にまで来てしまっていた。



「うへぇ〜、ここがスラム街かぁ。どこもかしこも荒れ果ててるなぁ……でもまっ、折角来たんだしちょっとだけ先っぽだけ!」


 あちこちで見掛ける家のような建物たち。

 木板を適当に打ち合わせただけの雑な造りであり、素人が建てたにしても「これはない!」と思わず口にしたくなるレベル。実際、私も口にしたし。


 他にも捨てられた家具たちを適当に組んで建物風にした何か。

 あれでは雨漏りや隙間風が絶えず、よく住んでいられるなぁと逆に感心するほど。

 まっ、もし私が家具職人だったら確実に住人をってるけどね。


「……それにしても静かだ。スラム街といっても早朝はどこも変わらないってことか……なら、別にいいよね?」


 誰一人としていないため、普段は歩けぬであろう道のド真ん中を堂々と歩く。不思議と気持ちが良くてクセになりそうだ。


 ……なんて悦に浸っていたら、少し先の路地裏から「ん゙ーっ! ん゙ーっ!」と何やら切迫感漂う声が。

 急いで路地裏に入ると、レオより少し歳上かと思われる銀髪の美少女が二人の悪漢に口を塞がれ、涙ながらに拉致されかけていた。


 可愛い子に目がない私は怒りのあまり、腰に付けたツールポーチから4本の彫刻刀を片手で取り出して一斉に放つ。

 投擲スキル『的当て』……私の数少ない戦闘スキルの1つで最も得意な攻撃。1本も外すことなく二人の悪漢にダメージを与えて少女から引き離す。


 だがそれだけでは済まさない。

 逃げる悪漢どもを自慢の脚力で追いかけ、ツールポーチから取り出した大木槌で正義の鉄槌を2連発。

 鍛治スキル『芯打ち』により槌系武器なら強力な一撃を繰り出せるので並の男ならこれでワンパン。見事、二人の悪漢を倒すことができた。

 あっ、因みにこのスキルは戦闘スキルじゃないから良い子は絶対に真似しないでね?



「スラム街がなんぼのもんよ! ふんっ!」


 鼻息を荒くしつつ大木槌の柄先で地面を突く。ドワーフ族が戦いに勝利した際に行なうポージングだ。

 それはともかく、本来なら犯罪者は街の衛兵に突き出す決まりだがここはスラム街。

 要は無法地帯のためお国が定めた法は適用されないというわけだ。

 そのため彫刻刀だけ回収してこの悪漢どもは仕方なく放置した。



「ねぇ、大丈夫? 怪我はない? 飴ちゃんいる?」

 

 なんとなくおばさん口調になってしまったが、銀髪それもツインテールの美少女に話しかけてみたところ、身体を震わせながらも「だ、大丈夫です……怪我はございません、飴も結構です……」とかなり大人びた口調で返答を。


 取り敢えずこの場に留まり続けるのは危険だと考え、彼女の身体を支えつつ速やかに移動して路地裏から抜け出した途端、こちらに振り返った美少女が綺麗すぎるお辞儀で「助けてくださり有難うございます。感謝の念に堪えません」と千人に一人しか口にしないような感謝の意を述べてきてビックリ。思わず歳と名前を伺ってしまった。


「えっ? 年齢もですか……? えっと、わたくしは9歳で名をティナと申します。以後お見知り置きください」


 本当に大人びた美少女だと感心させられ、つい私も大人に向けた対応を。


「私は武器職人のルゥです。こちらこそお見知り置きを」


「ルゥ様ですね? 初めて耳にするお名前ですが、さぞかし素敵な意味をお持ちなのでしょう」


「は、はは……ど、どうでしょう……」


 わ゙ぁぁぁ〜っ!! 名前だけは触れないでぇぇぇ〜っ!! と脳内で叫んでいると、歳上でしかも恩人だから敬語は不要だと言われ、それならばと話し方を戻すことに。


「……ところでさぁ、ティナちゃんはこんな朝早くから何してたの?」


 この急な質問に顔を強張らせた彼女は「ふぅ……」と観念したかのように息を吐き「……はい、実は──」と伏し目がちに語りだす。


 彼女とその仲間四人は〝ある者たち〟から身を隠すために3日前の早朝、このスラム街へやってきた。

 今日は助力を仰ぐため〝ある武器職人〟の元へ向かう手筈となっている……が、ここにも〝ある者たち〟がいるかもしれないと警戒した彼女は、早朝ならば危険も少ないと単身〝ある武器職人〟へ会いに行こうとした結果、先程の悪漢どもに捕まってしまった、とのこと。


 ついでに「どこから来たの?」と聞いてみると、ティナちゃんは「……お、王都からです……」と秘密にしておきたい様子だったが隠さずに教えてくれた。


「そっか……教えてくれてありがとね」


 このはきっと私に恩義を感じてくれてるんだなぁ……と嬉しく思っている最中、遠くの方から鐘の音が響き渡る。


「……あっ、もうそんな時間かぁ……って、夜明ソールの鐘ぇっ!?」


 慌てて見上げると空は大分明るく、よく見れば鳥の舞う姿もチラホラと。

 私の予定では6時になったら工房に帰って朝食を作るはずが、まさか初日から破る羽目になるとは思わずただただ落ち込m──


 ──いや待てよ……うんっ、まだ間に合うかも! このを早く送り届けて速攻で帰りさえすれば! と即座に立ち直るなり歩くペースを上げることにした、のだが……



「えっと、大丈夫……? なんか顔色悪そうだけど……」


「は、はい……ご心配には及びません……」


 青褪めた表情を見せるティナちゃん。それもそのはず。

 幾ら大人びているとはいえ、まだ9歳の子どもが拉致されかけたら恐怖を感じるに決まっている。

 たとえ大人であっても恐怖を感じるのだから子どもなら尚更だ。


 しかし、そんな恐怖に彼女は抗っている。

 その懸命な姿に尊敬の念を抱き、私も後押しすべく行動に移す。


「いや〜ティナちゃんは偉いなぁ! だってさ、私が八つの頃なんか毎日お漏らししてたもん! ……な〜んて──」


「──ぷっ、くふふ……お、お漏らし……くふっ、くふふふふ……」


 半ば冗談で言ったつもりがまさかの大ウケ。しかもよりによって下ネタとか。

 でもその笑顔を見て、大人びててもやっぱり子どもだなぁ〜とほっこり癒され、自然と笑顔に。


 だがそんな折、不意に思い返しては気づく。〝己の尊厳が失われている〟という恐るべき可能性に……──

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