第25話 グレス家の研究集落
周りを警戒しながらゼファとシエナは街の奥でと進む。
中には見張りをしている兵士もいるが、ここで下手に逃げたらかえって怪しまれるので敢えて堂々と前を通った。
しかし、兵士たちはゼファに敬礼するだけで特に変わったことがない。シエナに至っては眼中にもないようだ。
「おい、ゼファ……これって……」
たまらず耳打ちしてくるシエナにゼファは「ああ」と頷く。
「昨日のことが……なかったことにされている」
真顔になるゼファにシエナもごくりと唾を飲んだ。
「
静かに息をつき、凛とした眼差してゼファは先を見据える。
「状況は粗方わかった。着替えを取りに行くぞ」
と、ゼファは歩みをさっさと進める。だが、その道行にシエナは疑問に思った。ゼファが行く先は街の外れ……しかも城に続くあの高い塀の裏手で、これまた塀で囲まれた緩やかな石段がさらに下っていくような場所だったからだ。
「あのさ、ゼファ……俺たち、グレイの家に向かってるんだよな?」
「ん? ああ。そうだが」
唐突に聞いてくるシエナにゼファは当然かのように答える。それでも、こんなところに人が住んでいるなんてシエナには到底思えなかった。
それでもゼファはあっけらかんとしていた。
「まあ、あいつの家はちょっと珍しいからな」
そう言いながら、ゼファは迷うことなくその石段を降りていく。
石段を降り切った先は、シエナが想像もしていなかった光景だった。集落だ。しかも塀やレンガが石段で作られていた『アクバール』の街中と違い、点々と建てられた家はどれも木造だ。そのうえ、どの家も老朽しているほど古い。
シエナがふと振り返ってみると、この場から城が見えた。位置でいうと城の裏手に当たる。まるでこの集落を城が隠しているようだ。
「ここが、グレイの故郷?」
辺りを見回すと家の横に作られた畑の作物が風で揺れた。どうやらここの住民たちはこの集落で自給自足をしているらしい。街中があれだけ貧困で苦しめられている光景が広がっていただけに、ここは
「グレス家は代々ここで召喚術の研究をおこなう。精霊の力を借りるからな。人里から離れ、なおかつ城から近いほうが色々やりやすい。だからここを集落にしているのだ」
補足するようにゼファが説明する。彼の視線の先には集落の一番奥にある建物だった。
他の家に比べてあれだけ大きく、そして真新しかった。その隣には大きな樹が植えられている。
「あれがグレス家の研究所。ご覧の通り、あれはここ数十年で建てられた。他は代々継がれた家に住んでいる。グレイの家はあの研究所の手前にある家だ」
そう言ってゼファはグレイの実家だという家に向かう。
だが、あれだけスタスタと歩いていたゼファの足取りは、ここに来て急に重くなった。
扉の前で立ちどまったゼファは、ドアノブを持ったまま深呼吸する。
「……ここから先は覚悟しておいたほうがいい」
「お、おう……?」
急に緊迫した面付きになるゼファにシエナは戸惑いながらも頷く。
ゼファが扉を開けた時、シエナはたまらず息をとめた。
絶句する光景だった。辺りには真っ黒な液体のようなものがぶちまけられているのだ。あまりにも黒々としているから一瞬わからなかったが、これは血だ。鮮血が渇いてここまで黒くなってしまったらしい。ここまで黒くなっているのだから、血が流れてかなり日数が経っているだろう。
「これは……」
口に出してシエナはゼファの言葉を思い出した。
今、グレス家で生き残っているのはグレイのみ。つまり、この血はグレイの家族の誰かの者だ。無論、ゼファはこの血が誰の者かを知っている。
「……グレイの親父のだよ。ここであの人は国王の兵士に殺されたんだ。他にもこの集落で殺された者もいるが、大概の人はグレイのように国王たちに囚われ、そして死んでいった」
淡々と話すゼファだが、声は震えていた。
ゼファが血の跡を見つめながら作った握り拳を震わせている。その眉間にはしわが寄っており、眼差しは怒りで鋭い。
「ゼファ……」
名を呼んでみるが、これ以上彼にかける言葉が見つからず、シエナは口を一文字に結んだ。
それでもすぐにゼファは「大丈夫だ」と首を振って顔を上げた。その表情は、いつもの冷静なゼファに戻っていた。
「部屋に行くぞ。肌着以外にもあいつに頼まれたものがあるんだ」
気を取り直したようにゼファは部屋の奥に入って行く。
彼が向かった先は上の階だ。そこにグレイの部屋があるらしく、シエナも無言のまま、彼の後に続いた。
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