クロノア・クライシス ~タイムリープした俺。どうやら滅んだ街を救わなきゃいけないっぽい~

葛来奈都

序章 雨と廃墟と時々骸

第1話 不運な旅人・シエナ

 いや、本当。


 ついてないことって、どうしてこんなに連鎖するんかねえ。


 旅人・シエナ・メイズはそんなことを考えながらぼんやりと空を眺めていた。


 青空は晴れ渡っており、吹き抜ける風は温かく心地よい。目の前に広がる草原もどこまでも続いていく。けれども、このどこまでも続いていく草原が彼にとって問題だった。


「あの親父……何が『すぐに着く』だ。街どころか何もねえじゃねえか」


 シエナはブロンズ色の短い髪をガシガシと掻きながら、持ち前の茶色の瞳で食らいつくように地図を見る。


 先ほどまで滞在していた街で地図を購入したシエナだが、そこで店主の男に聞いた時は隣町までそう遠くないと言っていた。しかし、いざ街を出てみたらどうだ。一時間近く歩いたって街おろか何もないではないか。人が通った後も、馬車が通った様子も見られない。ただどこまでも草原が続くだけだ。


 あー、移動魔法使いてー。


 そう思いながらシエナが仰いだところで、彼は空を飛べない。


 彼は魔法使いではない。いや、そもそもこの時代には魔法使いも召喚士もしない。大昔には存在していたらしいが、それも「伝説」として語り継がれているだけ。魔法も召喚獣も扱えない彼は途方に暮れながらも街を進むしか手立てはないのだ。


 しかし、シエナが窮地に立たされていることには変わりはなかった。肩にかけたショルダーバッグの中には食料もないし、水筒の中の水ももうわずかだ。次の街へたどり着かないと宿どころか今日の夕食もままならない。


 こんな何もないところで断食のうえに野宿は勘弁だ。さっさと街を見つけなければ。


 そう思った矢先、シエナの頭にぽつりと雫が落ちてきた。


 ふと空を仰ぐ。それと同時にさらに雫が凋落する。


 それからは本当にあっという間だった。あれだけ晴れていた空が一気に雨雲に覆われ、空から大粒の雨が降ってきた。


「……神様、俺のこと絶対嫌いだろ」


 舌打ちをするシエナはショルダーバッグを頭の上に置き、一気に走り出した。


 雨は散弾銃のごとく降り注ぎ、彼の体温をどんどん奪っていく。


 あっという間に水たまりが広がるが、靴が濡れることなど気にしてなんかいられない。バシャバシャと音を立てながら一目散に駆けていく。


 しかし、どこまで行っても見えてくるのは草原、草原、また草原。せめて樹でもあれば多少は雨宿りできるのに、それすらも見つからない。その前に街が見つからないことも、あれだけ天気が良かったのに急に雨が降るのも自分が不運としか言えない。


「これも毎度のことなのだが」とシエナは自分の心に言い聞かせるが、ため息は無意識に出てしまった。  


 やがて雷が鳴り、曇天の空からはピカリと稲光が光る。


 ここまで来るといよいよまずい。木一本も生えてないこの草原に雷が落ちてみろ。シエナ自身が避雷針となり、雷を受ける可能性がある。


 通常ならそんな低確率な死に方なんて心配しないだろう。けれどもそんな不運なカードを引いてしまうのが彼、シエナ・メイズだ。


 運というのはドミノ倒し。一度なると次々と連鎖を起こしていくように度重なってしまうもの。シエナはそれが人より少しだけその「不運の連鎖」がしやすいだけ――ただし、自称であるが。


 こんなところで死んでたまるかよ。


 冷たい雨が降りしきる中、シエナは密かに闘志を燃やす。


 だが、ここでついに彼に転機が訪れた。


 まだ距離はあるものの、進行方向に街を守る外壁が見えてきたからだ。


 あそこでなら体裁を立て直せる。街を見つけたシエナは安堵の笑みを零す。


 だが、この時彼は知る由もなかった。これも一つの「連鎖」に過ぎないことも。そして、これから起きる出来事も。


 彼は……知らなかったのだ。




 大雨が降りしきる中、シエナは絶句していた。やっとの思いでたどり着いた街が、どう見ても滅んでいるからだ。


 街の奥には立派な城の屋根が見えるから城下町だということがわかる。ただ、時に取り残されたとしか思えないほど外壁のレンガは崩れ、正門である木造の扉も大きな穴が開いていた。


 正門に掲げられた看板にはかすれた文字が書かれている。


 所々文字が薄れていたり、看板が欠けていたりと非常に読みにくかったが、かろうじて『アクバール』と読めた。


 シエナは何度も手持ちの地図とアクバールの看板を見直した。だが、隅々まで眺めても地図にはアクバールの「ア」の字も見つからない。ただ、この絶望が浮き彫りになるだけだった。


 呆然を立ち尽くすシエナだが、雨は無情にも彼に降り注ぐ。


 びっしょりと濡れたブロンズ色の髪を掻き上げてみるが、全くもって効果はない。傘代わりにしていたショルダーバッグもすでにビショビショに濡れているから、とっくの前に肩に下ろしていた。


 そんな彼を嘲笑うかのように稲光は真っ黒な空をピカリと照らし、轟きが地面を揺らす。


 尽きた体力と激しい雷雨から考えると、自分に残された選択肢は一つしかないはずだ。野宿を避けられれば、背に腹は代えられない。そう思ったシエナはごくりと唾を呑み、意を決してそっと扉に手を伸ばした。

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