第35話 夜の終わりに

「……散々好き勝手やっておいて何もできずに死ぬなんて……本当に憐れな国王だな」


 ゼファが国王に感じていた憤りは、ここまで来ると「呆れ」に代わっていた。こんな男がこの国の王……しかも実の伯父なんて、むしろ恥ずかしくも思い始めていた。


「ちなみにこのことを知っている者は?」


「国王様以外ではセレスト公爵と私だけです」


「ほう……父上のことだ。自分に万が一のことが起こったことを考えて信頼しているお前に詳細を告げたのだろう。お前の屋敷を出たのも、自分の身を案じたからか? まあ、おそらく父上の命令だろうが……」


「……その通りでございます。この残酷な真実を闇に葬る訳にはいかない。それがセレスト公爵の考えでございました。ゼファ様が一番大変な時に離れてしまい、申し訳ございませんでした」


 そう言ってアイビーはゼファに深々と頭を下げる。


 心底申し訳なさそうにしているアイビーだったが、ゼファはアイビーを決して責め立てなかった。


「顔を上げろ、アイビー。むしろ、これまでよく黙っていてくれたし、俺に話してくれた。これまでずっと心苦しかったことだろう。こっちが謝罪したいくらいだ」


「そんな……滅相もございません」


 頭を下げながら、アイビーはふるふると首を振る。その拍子に彼の目からぽろりと涙がこぼれ落ちた。今となってはこの残酷な真実を知る者はアイビーだけ。彼だってこの二十五年余り、ずっと苦しんでいたのだ。彼もまた、この国の憐れな犠牲者だ。そう思うと、ゼファの胸がちくりと痛んだ。


「ありがとう。お前のおかげで色々と繋がったよ……あ?」


 そう言った矢先、ゼファの脳裏にまた新たな疑問が浮かび上がった。


「なんでここまでしておいて……国王は『話し合い』なんて悠長なことを敵国に吹っかけたのだ?」


 国王側にはウィスタリアという強力な召喚士がいる。戦争をすれば召喚士の力で敵国をねじ伏せられたはずだ。


 それなのに、国王はその手を使わなかった。ここまで用意周到だった国王が、だ。


「もしかして……ウィスタリアの力が不十分なのか?」


 ゼファが行きついた仮説に、アイビーも「おそらく」と首を縦に振る。


 けれども、ウィスタリアがどこまで召喚術を物にしているかはアイビーにもわからなかった。わかっていることは、確実に扱えるのは封印術ということだけ。それがどれほどの腕前なのかは同じ土俵に立てるグレス家にしかわからないだろう。


 ──とはいえ、グレス家を抹殺し始めているくらいだ。あいつも何かしら動き出しているのだろう。


 そう感じ取ったゼファは天井を仰ぎ、「ふー」と長い嘆息を吐いた。


 真相を知った今だからこそ、ゼファは思うのだ。ひょっとすると、自分たちには左程時間が残っていないのかもしれない、と。


「アイビー……俺はどんなことをしてでもウィスタリアをとめる。そのためにはあいつらの力も必要だ。だから、あいつらにもこのことを話させてもらうぞ」


 あいつら……ゼファが名指ししなくてもアイビーは誰のことかわかっていた。グレイとシエナだ。


「……ゼファ様が信頼できる人ならば」


 アイビーは静かに口角を上げてコクリと頷く。その反応に、ゼファも思わず頬を綻ばした。


 しかし、ゼファのことをなんでも理解しているつもりの彼でも、一つだけわからないことがあった。


「ところで……どうしてそこまでシエナさんのことを信頼されているのですか?」


 唐突に問われ、ゼファも思わず「え?」と素っ頓狂な声をあげる。


 シエナと出会ったのはたったの二日前。それなのに、ゼファは幼馴染のグレイと同じくらいシエナのことを信頼している。それは、彼らとのやり取りを数回しか見ていないアイビーでもわかっていた。


 だからこそ、アイビーは不思議に思っていた。こんなにも警戒心が強く、慎重なゼファだから、なおさらだ。


 その問いにゼファはしばらく考えた。しかし、考えた末に彼が出した答えは、なんともあっさりとしたものだった。


「なんとなくだよ」


「なんとなく……ですか」


「ああ。なんだろうな……あいつの目を見ていると――なんとかしてくれそうな気がするんだ」


 そう小さく笑ったゼファにアイビーは一瞬目を見開いた。だが、その言葉に妙な説得力を感じ、アイビーも釣られて笑った。


「……いいお友達ができたようで私も嬉しく思います。となれば、私も全力で彼らのサポートをしなければなりませんね」


 そう続けて、アイビーはフフッと微笑んだ。しかし、その笑顔もすぐに消える。


「ゼファ様……どうか生きて――この国を救ってください」


 自分でも酷なことを言っているとアイビーは思っていた。


 だが、もうこの国でウィスタリアをとめられるのは、他でもないゼファだ。


 そんな彼を安心させるようにゼファは真剣な表情でコクリと頷いた。この国の公爵として。そして、ウィスタリアの従弟として。ゼファ・フィルン・セレストは、大きな覚悟を決めた。


 ──信じていたものを疑う者、真実を知りながらも傍観する者、そして、運命に抗おうとする者。


 様々な思惑が交差する中、長い夜が終わろうとしていた。

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