第52話 未来はここにある
* * *
いったいどれほどの間光に包まれていただろうか。ようやく光の眩しさを感じなくなったシエナは、おそるおそる目を開けた。
飛び込んできた光景にシエナは度肝を抜いた。
過去の『アクバール』で自分が立っていた場所はグレイが磔にされていた広場だった。なのに今は草花が広がった緑地の上に立っている。広場ではあることは変わりないが、出店も開かれるくらい賑わっており、辺りからは街の人の明るい声が聞こえていた。本当にここは『アクバール』なのか。それすらも彼は疑っていた。
そんな彼に一人の少女が声をかけた。
「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは、どうしてそんなに濡れているの?」
その言葉にシエナはハッとしながら自分の体を見た。彼の体は先ほどまで打たれた雨でびしょ濡れだ。しかし、今の天候は快晴。こんなに服が濡れているのは当然彼しかいない。
このデジャヴにシエナは思わず空笑いをした。
「……水に落ちたから」
その返しに、目をパチクリとさせた少女は「変な人」と笑う。
少女の笑い声を聞きながら、シエナはこの広場を眺めた。すると、背後に王宮が建っていることに気づいた。広場の出入口には石段が続いている。あの石段を登れば王宮に行けるらしい。この地形は、前にも見たことがあった。
「なあ、この街の名前ってなんて言うんだ?」
少女に尋ねると、彼女はニコッとシエナに微笑んでこう答えた。
「ここは『アクバール』。召喚士の伝説と琥珀の街だよ」
その答えにシエナは心の底から安堵し、その場で座り込んだ。
「よかった……ちゃんと『アクバール』だった……」
うずくまりながらそう呟くシエナに、少女は不思議そうに小首を傾げる。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「……ああ。大丈夫だ。驚かせてごめんな。ついでに、街のことを教えてくれる?」
そう請うと、少女はにっこりと笑って「うん!」と頷いた。
「こっちにね、大きな噴水があるの。お兄ちゃんも見てみて!」
少女に手を引かれながら、一度広場を出る。石段から見下ろしてみると、確かにそこには噴水があった。噴水の他にも住民たちの住宅が見える。昔と変わらないレンガ調の家だ。長い時間を越えようとも、この噴水広場は昔と変わらないように見えた。
「昔の王様がね、『未来にいる友達がこの国にすぐ気づくように』って、何百年も同じ街並みにしてるんだって。未来にお友達がいるなんて、不思議だよね」
そう笑いながら言う少女に、シエナはくしゃっと顔を歪めた。
「本当……変な奴だな」
少女に答える間もシエナの目頭は熱くなっており、必死になって涙を堪えていた。
──なんであいつはそこまで真面目なんだよ。
ふと、青くて長い髪を靡かせたゼファの姿がシエナの脳裏によぎった。
慎重なゼファのことだ。シエナがこの街が『アクバール』だと気づかない懸念を取り除いたのだろう。ゼファらしくてシエナの口元が緩んだ。
あの頃と違うのは、住民たちの表情が明るくなっているということか。ここはもう、彼が見た貧しく、絶望していた『アクバール』ではない。
「……そういえば、さっき琥珀って言っていたよな?」
ふと思い出したシエナは再び少女に尋ねる。すると少女は持っていた籠をスッとシエナに渡した。そこには綺麗に加工されたオレンジ色に輝く琥珀が入っていた。
「この街の特産なの。ブレスレットやペンダントもあるんだよ。お兄ちゃんもお一ついかが?」
少女はニコリと笑いながらシエナにねだる。これまた前にも同じようなことがあったような気がして、シエナは思わず笑みをこぼした。
「ありがとう……でも、もう持ってるんだ」
そう言いながら、シエナは自分の鞄から琥珀を一つ取り出した。
その琥珀を見て少女は目を丸くする。
「その琥珀、あまり加工されてないよ? お父さんに加工してもらおうか?」
そう気遣ってくれる少女だが、シエナはゆっくり首を振った。
「大丈夫。これでいいんだ」
その言い草に少女もキョトンとした。それでもシエナは、その琥珀を大事そうにぎゅっと握りしめた。
「ほら、仕事に戻らなくていいのか?」
自分とたむろする少女にシエナはそっと諭すと、少女は思い出したように「あ!」と声をあげた。
「もう行かなきゃ! じゃーね、お兄ちゃん」
籠を抱えながら去る少女に向け手を振りながら、シエナは改めて広場を見渡した。
──昔、この場所で処刑がおこなわれていたなんて、誰が知っているだろうか。
咲き乱れる花々が風に揺れるのを見ながら、シエナはそう思った。
改めて辺りを見ると、賑わう広場の中心に見慣れない銅像があることに気がついた。
その銅像に惹かれるように近づく。若い女性の銅像だ。銅像の女性は髪が長く、明らかにサイズが違うだぼっとしたローブを羽織るというなんとも不思議な格好をしていた。
この既視感のある人物にシエナは息を飲んだ。
飛びつくようにシエナは銅像に備え付けられたプレートを見る。そして、そこに書かれた文言に目を丸くした。
『この国の永劫の繁栄を、英雄グレイ・グレスと未来に生きる友に誓う。
十五代目国王 ゼファ・フィルン・セレスト』
一読した途端、シエナの胸が熱くなり、無意識に涙がこぼれ落ちた。
「……ほらな、未来はあっただろ?」
そう言いながら、持っていた琥珀を陽の光にかざす。陽の光にさらされた琥珀は光が反射してきらりと輝いた。
シエナはその輝きを眺めながら、この国がいつまでも平和であることを願った。
共に時代を超えた琥珀は優しく、柔らかい光を放っていた。
終
クロノア・クライシス ~タイムリープした俺。どうやら滅んだ街を救わなきゃいけないっぽい~ 葛来奈都 @kazura72
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