第51話 大丈夫

 一方、この展開にゼファは一人ついていけないでいた。


 シエナが未来から来た人物。それすらも受け入れていないのに、グレイの命より先にシエナが消えようとしているのだ。


 シエナには聞きたいことも、言いたいこともたくさんある。けれども、何も言葉が出てこないくらい、彼は混乱していた。けれども、時間は彼を待ってはくれない。


「ゼファ……後始末、全部押しつけてごめん」


 シエナが青い光に包まれる。彼が未来に帰ろうとしているのだ。


「シエナ!!」


 光に包まれていくシエナに向け、ゼファは叫んだ。光が強すぎて、シエナの体すらもはっきりと見えない。そんな眩しい光の中で、シエナはゼファに微笑みかけた。


「安心しろ。未来はあるさ」


 光に包まれたシエナの顔は優しく、それでいて穏やかだった。


 だが、次にゼファは瞬きをした時、すでにシエナの姿はなかった。どうやら、無事に未来に帰ったらしい。


 この事態にゼファはただただ絶句した。シエナが消えた。グレイは死ぬ。友が次々といなくなる中、自分はこれからどう生きればいいと言うのだ……どう、この国を統治すればいいのだ。不安と怖さと、友をなくした悲しみが一気に彼に押し寄せた。


 そんなゼファの気持ちを汲み取るように、グレイは彼に告げる。


「大丈夫だよ……風も、大地も水も……時の流れだってみんなきみの味方だから」


 グレイに応えるように、ゼファの周りにオーブが飛び交う。どれもこれも、自然を司る精霊たちだ。「ひとりじゃない」そう言っているようにも思えた。


「だから、大丈夫──」


 その言葉を最後に、グレイの体から力が抜け落ちた。


「……グレイ?」


 ゼファが弱々しくも彼女の名前を呼ぶ。けれども、彼女から返事はなかった。静かで、もうピクリとも動かないグレイに、ゼファは全てを悟った。


「あああああ!」


 ゼファは泣き叫んだ。悲しみも、不安も、嘆きも、全部吐き出すように心の底から叫んだ。冷たくなったグレイの体を抱きしめ、こぼれ落ちる涙も拭わずにただただ垂れ流した。そんな彼とは裏腹にグレイの表情は満たされており、笑っているようにも見えた。


 陽の光が彼らの姿を照らして行く。その陽だまりの中でグレイ・グレスは息を引き取った。


 ゼファの泣き声が広場に虚しく響き渡る。


 その端では瓦礫に引っかかったシエナの落としたローブが寂しそうに風で靡いていた。



 * * *



 ──ウィスタリアとグレイの死から数日後。

 

 ウィスタリアとグレイを始めとしたグレス家は別日で、それぞれ手厚く葬られた。三人の努力の成果で街の崩壊は最小限に食いとめられたとはいえ、尊い犠牲に誰もが涙を流した。


 グレイについてはすでに死んでいると思われていたため、そもそも生きていたことに驚く国民もいた。


 それについては兵士たちがあっさりと白状したため事なきことを得たが、誰もウィスタリアと兵士たちを責めなかった。ウィスタリアの悲哀的な運命に同情した訳ではない。ウィスタリアなりに国を考えていたことに気づいていたからだ。


 ただ、誰もが彼の力を正しく導くことができなかっただけ。そのことも国民はわかっていた。


 そんな目まぐるしく過ぎ去った日々を思い返すように、ゼファは王宮のベランダから『アクバール』を見下ろしていた。


 あれから国民は国を立て直そうと粋がっていた。それに、鎖国で抑え込んでいた反動もここに来て爆発したのか、これまでより活発になっていた。


 ──さて、これからどうするか。


 街を一望しながら、ゼファは深くため息をつく。


 国民にやる気はあるとはいえ、鉱山で取れた魔法石はウィスタリアに使われてほとんど残っていないし、何より魔法石を研究していたグレス家はもういない。残された財産で、どう国を繁栄させるか。ゼファはとにかく悩んでいた。


 そんな厳めしい顔をするゼファに、彼は和やかな声で話しかけた。


「お悩みですか?」


 その優しい声にゼファは振り向いた。


「……アイビーか」


 名を呼ばれたアイビーは、ニコリと微笑んで会釈した。


 あれからアイビーは店をたたみ、再びゼファの下に付くことになった。


 ただし、今回は執事ではなく、側近だ。長い関係だからこそ、ゼファ直々に彼に請いたのだ。これからこの国を立て直すパートナーとして……そして何より、国を救った彼らの存在を知る者として、だ。


「国を救った彼ら」の中には、シエナも含まれていた。


 しかし、どんなに彼を称えたくても、シエナはどこにもいなかった。まるで初めからシエナ・メイズなんていなかったかのように、ぽっかりと彼の存在だけ抜けてしまったのだ。グレイの言った通りに本当に未来へ帰ったのか、今となってはわからない。


「不思議な人でしたね」


 そう言うアイビーに、ゼファはコクリと頷いた。


「結局、あいつにお礼を言えなかったな」


「この国の復興こそが、未来で待つ彼へのお礼ですよ」


「ははっ。だと良いが」


 長い青髪を掻き上げながら、ゼファは笑う。


 そんな彼らに向け、温かく、それでいて優しい風が吹いた。


 その風に髪を靡かせながら、ゼファはグレイの言葉を思い出していた。風がこうして種を運び、大地には草花が咲き乱れる。水は命を恵み、時の流れと共にこの国は再構築される。それが、この国の在り方だ――少なくとも、ゼファはそう思っていた。


 風を感じながら、ゼファはどこまでも続く青い空を見上げた。


 ゼファ・フィルン・セレスト──彼こそが、この『アクバール』の新たな国王であった。

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