第10話 ならば、世界を変えようか
「構えろ!」
先頭の兵士の声を合図に、他二人の兵士たちが剣を両手に持ち替えた。しかし、彼らが臨戦態勢に入る前に、ゼファは腰を低くして大地を蹴った。
いきなり距離を詰めるゼファの行動力とスピードに兵士たちは息を飲んだ。そんな彼らに向け、ゼファは突撃しながら剣を薙ぎ払う。
目にもとまらない速さに兵士たちは全員指一本動かすことができなかった。
だが、金属音が響いただけで兵士たちにダメージはない。ゼファの剣は鉄の鎧に当たっただけで、兵士たちに傷をつけることはできなかった。スピードに特化してしまったがゆえに当たりが悪かったのである。
「チッ」と舌打ちをしながら、ゼファは足をとめて振り返る。
「怯むな! 行け!」
荒らげる声と共に一番ゼファに近い兵士が剣を振りかぶった。だが、ゼファは軽々とその剣を避け、地面を蹴って飛び上がる。その並外れた跳躍力に誰もが度肝を抜いた。
高く飛び上がったゼファはそのまま兵士の肩に足を置き、さらに跳躍してグレイを磔にしている木材まで飛ぶ。
「なんてでたらめな脚力なんだ……」
兵士の一人が緊張した様子で呟く。
多人数相手でも、今のところゼファは戦えていた。すぐにやられなかったことにグレイはホッとしていたが、それでも彼が不利なことは変わりない。
「もういい! グレイごと切れ!」
兵士の一人が荒々しく声をあげる。
切っ先を向けられるグレイ。無論、彼女には抗う力もここから逃げる術もなかった。しかし、怯える彼女を彼が放っておく訳がない。
「……それを俺が許すとでも?」
睨みつけるゼファが、高々と飛ぶ。
慌てて上を見る兵士たちだが、ゼファの姿は太陽の光と重なり、逆光となった。
光に目が眩んだのか兵士たちは思わず動きをとめる。ゼファにとってはその一瞬の留まりで十分だった。
着地するタイミングを計って兵士の鉄仮面目がけて剣を振り降ろす。しかし、兵士もやられてばかりではなかった。咄嗟に剣を構え、ゼファの斬撃を防ぐ。そしてゼファが地面に足をつけた隙を目がけて余った二人が同時に剣を振った。
「ゼファ君!」
たまらずグレイが声をあげる。
その声に反応するようにゼファは瞬時に転がってギリギリ剣の切っ先を避けた。だが、体制が整う前にフリーになった兵士がゼファの背後から剣を振り下ろす。
兵士の攻撃をサイドステップでなんとか避け、再びゼファは兵士たちに突っ込んでいく。けれども太刀筋は甘く、兵士たちにダメージを与えていない。
確かにゼファのスピードと跳躍力は並外れていた。その裏腹に腕力は劣っていた。彼は素早い攻撃の手数で攻めるスタイルだ。こんな重装備された相手だと彼の力では斬撃が届かない。
初めは攻撃に若干のためらいが混ざっていた兵士たちだが、ゼファの攻撃が本気なものだから彼らもどんどん容赦がなくなってきた。
一人が振るったらまた一人と振るう斬撃。その猛攻をゼファは懸命に避けていく。しかし、そんな怒涛の攻撃を前だとゼファも防御することで精いっぱいで一向に攻撃ができなかった。
「……こういう闘う訓練だけはちゃんとさせてたんだな、あの野郎」
動きのいい兵士たちを見てゼファは皮肉るが、彼の額には汗が光っていた。
――そんな彼を遠目から見ている青年が一人。
「うわー……」
塀の上で横ばいになりながら、シエナはゼファと兵士たちの闘いを眺めていた。
ここからではゼファたちの会話までは聞こえない。しかし、彼のところでも兵士たちがゼファによそよそしかったことも伝わったし、手のひらを返したように全力でゼファを殺しにかかっているのも見てわかる。そのおかげで完全にゼファが押されている。
押されているゼファを見つめながら、シエナは黙考する。
このままゼファがやられたら一部始終見ていたグレイも口封じに殺されるだろう。いや、グレイは元々殺されるのだから、その予定が少し早まっただけだ。ゼファが死んだら、グレイもこのまま死ぬ。
このまま、死ぬ?
そう思った途端、ある文面がシエナの脳裏に過った。
『××と××様が死んだ。』
『グレイとゼファ様が死んだ。』
にじんでいたはずの文字が、勝手にシエナの脳内で変換されていく。
『「ゼファ様は処刑されるグレイの悪あがきによる巻き添えを食らって死んだ」と兵士たちは言っていたが、果たして本当なのだろうか。』
どうしてこのように変換されたのか、シエナ自身にもわからなかった。けれども、一度沸いてしまった疑念はもう彼には拭えない。
滅びた『アクバール』で見た日記の真実が、彼の目の前にある。となれば、彼が取るべき行動は一つだけだ。
過去に抗い、運命を変える。未来をひっくり返せるのは、もう自分しかいない。
深呼吸をし、ゆっくりと体を起こし上げる。
まずは、手前の未来からぶち壊す。
そう心に決めたシエナは、勢い良く塀から飛び降りた。
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