第17話 召喚士・グレイ
真剣なゼファを前に、シエナもロールパンをモグモグさせながらも考える。
「……グレイって何者?」
「なるほど、そもそもそこからか。グレイ……いや、グレス家は召喚士だ」
「しょうかんし?」
「それも知らないのか? 契りを交わした精霊や聖獣の力を借りて操ることができる召喚術の使い手だ。」
丁寧に説明をするゼファだったが、シエナは終始訝しい顔をしていた。
召喚士のことを知らない訳ではない。ただ、実際に目の当たりにするのは初めてだった。なんせ、召喚術も魔法と共に滅んでしまった過去の産物。そのため、未だにグレイが「召喚士」という実感はなかった。
「ちなみに、さっきの風もその精霊のおかげ?」
「ああ。あれは風の精であるシルフの力だ。勿論、風を操ることもできるが、精霊の能力が高いとあのように瞬間移動もできる」
「能力が高いって……グレイの奴、優秀なのか?」
「優秀……ではない。どちらかと言えば落ちこぼれのほうだ。だからこそ、最後まで生き残ってしまったと言える」
そんなグレイでもシルフを上手く扱えるのは、シルフこそが初めて召喚に成功した精霊だからだった。だから、彼女はシルフを上手く扱えるのだ……と、ゼファは言う。
当然のことながら、ゼファは召喚士ではない。けれども、ここまで彼女に詳しいことから、シエナは「へー」と感心していた。
「随分と詳しいけど、グレイってゼファの恋人なの?」
あまりに単刀直入に聞くものだから、ゼファの顔が一気に歪んだ。恋人ならばあそこまで命がけで彼女を救おうとしたことに納得ができるが……ゼファの答えは「ノー」だ。
「ただの幼馴染だよ。元々召喚士と結託が強い国だからな。俺も幼い頃からよくあいつのいる集落に通っていた。シルフはその頃からすでにグレイに契約されていたからよく遊んでもらっていたよ」
「え、精霊って遊んでくれるのか?」
「シルフは特別。それくらいあいつらは信頼関係が築かれているってことさ」
意外そうに目を丸くするシエナにゼファは笑う。
「とは言っても、俺も全ての精霊や召喚獣を網羅している訳ではない。勿論、グレス家にしかない知識もあるし、国家機密として極秘にしていることもある。国家機密を握るほどだ。この国にとってグレス家はそれくらい重要な人物だから、知らない奴もいないのだけどな……」
ゼファの言わんとしていることが伝わり、シエナは「ははは……」と乾いた笑みをこぼす。
その一方で「知らないのながら仕方がない」と開き直ってもいた。
「でもさあ、精霊って普通に存在するもんなんだな。それにもびっくりしたわ」
「存在も何も、可視化もできるぞ。まあ、俺たちでもはっきりと姿を現してくれるのはシルフだけだろうが……オーブくらいならお前でも視えるんじゃないか?」
「ふーん、オーブねえ……」
シエナは一息ついて腹を擦る。彼もアイビーが与えたパンやスープも完食し、ようやく満たされたようだ。
「ご馳走様でした。ありがとう」
「礼ならアイビーに言えよ」
「あはは。そりゃそうだ。戻ってきたら言うよ」
と、笑うシエナだったが、その笑顔はすぐに消えた。知りたいことはまだまだあるからだ。
「──それにしても、なんで国王側はグレイたちをあんな目にしてまで捕えたんだ?」
無抵抗な召喚士を国王側はほぼ全滅まで追いつめた。その理由がシエナにはわからなかった。
「あれだけ凄い力があるなら、本来なら独占してでも召喚士を利用するんじゃねえの?」
あんな幼い子供たちが労働していたくらいだ。この国が裕福でないことはシエナも気づいていた。
それほど窮地に追い込まれているのなら、召喚士の力は利用価値が高いはす。なんらかの理由があって「反逆」としても、無害な赤子まで殺すこともない。
「わかんねえなあ……もう……」
そう言って考え込むシエナにゼファはぐうの音も出なく、返答に窮していた。シエナの言うことは正しい。だからこそ、何も言えないのだ。
「……俺も今の国王の考えはさっぱりわからないんだ」
「今って?」
「この国は半年前に国王が変わったばかりなんだよ。名をウィスタリア・ヴァイナス・クラーレット。まだ二十四だ」
「二十四って、俺たちと大して変わらないじゃないか」
「……前国王が急死したんだ。跡が継げただけマシだったよ」
ゼファはため息をつきながら腕を組む。
「そもそもこの国は物資も豊かで平和だったんだよ」
ゼファ曰く、アクバールは元々炭鉱が有名だったらしい。街の東に鉱山から多種多様の鉱物を運び、加工して流通させていた。琥珀もその一つである。
「鉱物の中には魔力を含んだ石もあってな。グレス家は鉱山で集められた魔石の研究もしていたんだ」
「へえ。グレイの奴、研究員なのか?」
グレイが研究者。大人しそうな彼女からそんな理化学なオーラを感じなかったから、シエナは意外に感じていた。
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