第41話 自分たちのできること

 そんな変わり果てたウィスタリアに対し、ゼファはひしひしと怒りが込みあがっていた。彼がやろうとしていることは国のためではない。「復讐」という私欲のためだ。これが一国の国王がやることとは、思いたくなかったのだ。


「ウィスタリアァァ!!」


 剣を抜いたゼファが、声を荒らげながらウィスタリアに駆け寄る。この瞬間、彼らの戦いの火ぶたが切られた。だからシエナも加勢しようと剣を抜こうとしたが、どういう訳かシエナの加勢を遮るようにグレイが腕を伸ばして彼の加勢をとめた。


「グレイ! どうしてとめるんだよ!」


 グレイの手を振り払おうとしたが、それでもグレイは「だめ」と彼の服の袖を掴んだ。この期に及んでいったいどうしたというのか。振り返ってグレイを見てみると、その表情に思わずシエナは動きをとめた。グレイの顔がこれまでで一番剣幕で、緊張していたからだ。


「だめだよ、シエナ君……これは、ウィスタリア国王とゼファ君二人の戦いだから……私たちは、私たちのできることをやろう」


 そう言う彼女の見据える先は、クリスタルの中で眠りについているヴァルヴェルンだった。


 今、シエナとグレイの二人ができることは、これから来るヴァルヴェルンとの戦いに備えること。彼女の意図に気づいたシエナは腰に差した剣だけ抜き、臨戦態勢だけ整えた。


 彼らが会話している最中でも、ゼファとウィスタリアの激しい戦いは続いていた。


 ゼファの突くような斬撃をウィスタリアが華麗に避ける。そして開いたところを今度はウィスタリアが突き刺す。けれども、その剣筋をもゼファは見切っており、剣で抑えて受け流した。


 親戚同士で年齢も近かったから、幼少期の彼らは同じ師について剣術を磨いていた。だから、剣技の型も良く似ており、実力も互角。部屋に剣がぶつかり合う金属音が響き渡るだけで、なかなか決着がつかなかった。それでもウィスタリアは顔がにやつくほど余裕を見せていた。その表情がゼファには癪だった。


「……堕ちたな。ウィスタリア」


 バックステップで距離を保ちながら、ウィスタリアを睨みつける。だが、そんなゼファの鋭い眼差しも諸共せず、ウィスタリアは「ククッ」と短く笑った。


「堕ちただと? 堕ちたのはどちらだ。お前らは何も思わないのか。あの時、先代国王が戦っていれば、グレス家が戦っていれば、この国は勝っていたかもしれない。こんなにも国民の犠牲が出なかったかもしれない。だから代わりに俺が戦ってやるのだ。そして、我が父である先代国王を殺した敵国に復讐する。それの何が悪いという!」


 戦うこと。それがウィスタリアに与えられた使命だった。それが、自分を「切り札」として育て上げた先代国王の意思である。少なくとも彼はそう思っていた。


 そうやって高笑うウィスタリアの声を聞きながらも、ゼファは剣を構えた。


「それでも――俺はお前をとめるぞ」


 それが、彼──ゼファ・フィルン・セレストの戦う理由なのだから。


 しかし、剣の切っ先を向けられても、ウィスタリアは歯茎が見えるくらいにんまりと口角を上げていた。


「さあ、行くぞ……ヴァルヴェルン」


 手を天井に掲げたウィスタリアがパチンと指を鳴らす。それこそが、殺戮の獣が復活する合図だった。


 指が鳴った瞬間、グレイの背筋がぞくりと凍りついた。同じ召喚士である彼女だからこそわかるのだ──このままでは、取り返しのつかないことが起こるということが。


「二人共! 下がってください!!」


 グレイの発声と同時にヴァルヴェルンが封印されていたクリスタルのひびが割れる。その途端にヴァルヴェルンの目がうっすらと開いたものだから、ゼファは奴から逃げるように急いで下がった。


 この時グレイの言葉を信じた咄嗟の行動が、彼らの運命の分かれ道だった。


「……は?」


 ウィスタリアがかろうじて漏らしたその声は、なんとも情けないものだった。彼だけでない。この場にいた全員が、何が起こっているのか理解できなかっただろう。 


 確かにクリスタルは割れた。だが、そこから出てきたのはヴァルヴェルンの鋭い爪がついた前足だけだった。その前足が、ウィスタリアの胸を貫いたのだ。


「どう……して……」


 どうしてだ、ヴァルヴェルン。そう言いたかったウィスタリアだったが、もうそんな言葉を発するほどの力ですらも、彼には残されていなかった。


 遠退く意識の中、ウィスタリアは困惑していた。召喚はできた。封印も解いた。そこまでできたのに、なぜヴァルヴェルンは主であるはずの自分を手にかけたのか、と。


 師もおらず、召喚の実績もない彼にはわからなかったのだ。召喚士は、召喚だけでは召喚獣を使役することはできない。召喚してなお、契りを交わさなければ精霊や聖獣たちの力を物にすることはできないのだ。それは一朝一夕でできるようなものではない。


 こうして自分を封印していたクリスタルからのしのしと出てきたヴァルヴェルンは、野に放たれた獣と同類だ。しかし、ウィスタリアが今それを知ったところでもう遅い。

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