第13話 解放までのカウントダウン

 最初に気づいたのはグレイだった。


「ゼファ君! 後ろ!」


 グレイの声でゼファは慌てて振り向く。


 そこにいたのは、丸腰になって戦意喪失していたと思っていた兵士だった。


「うおぉぉぉ!」


 自棄になったように兵士は絶叫しながらゼファの両肩を掴む。


 ゼファの細い体では兵士の押さえる力には敵わず、身動きが取れなかった。


 完全にゼファを押さえ込んだ兵士がそのまま拳を高く掲げる。この間合いではゼファも避けることができない。


「しまっ──」


 ゼファが声をあげた時、兵士の拳はもうゼファの目の前に来ていた。だが、ゼファが殴られる前に、今度は兵士が横から来た何かにふっ飛ばされた。


 ゼファの手をほどいてしまうほどの衝撃だった。


 そのまま自分に頭を打ち付けた兵士は、ついには起き上がってこなかった。


 その代わり、先ほど兵士がいた場所にはシエナがひざまずいている。これまたあまりに一瞬の出来事でゼファもグレイもついていけてなかったが、兵士の妙な動きに気づいたシエナが咄嗟に駆け出し、横から兵士を蹴り飛ばしたらしい。


「ゼファ! 早く!!」


 吼えるシエナの声にゼファはハッとし、すぐさま鉄線をほどくのを再開した。


 いよいよ兵士も窮地に追い込まれた。闘える者はもう自分一人だけ。だが、どんなに剣を振っても、シエナが押さえ込む。


 ここまで来ると兵士のほうも必死だった。剣の軌道が乱れるほど一心不乱に剣を振るう。だが、それをシエナも紙一重ながら剣で押さえた。


 刃がこぼれるほど何度も剣がぶつかり合い、そのたびに金属音が響き渡る。


 兵士もがむしゃらだったが、実はシエナも無我夢中だった。


 少しずつだが剣を押さえる力が弱まっており、自分が剣を振るうスピードも落ちていた。そのため、兵士の件を防ぐのが精いっぱいで、決定打を決められない。


 シエナの腕が震え、呼吸も乱れる。


「早くしろよ、ゼファ!」


 荒らげた声を共にシエナは兵士を押し出すように剣を横に振った。


 押し負けた兵士とは距離は取れたが、その勢いにシエナ自身も耐えられずその場で膝をついた。もう、彼の体力が底を尽くのも時間の問題だ。


 しかし、勝利の女神が微笑んだのはゼファのほうだった。


 ニヤリと笑いながらゼファはほどいた鉄線をハラリと地面に落とす。その光景を見た兵士は絶句し、呆然と立ち尽くした。


 解放され、支えられるものが何もなくなったグレイはゼファのほうに倒れ込む。それをゼファがすぐに受けとめ、その腕を自分の肩に回すが、思うように体が動かないのか、グレイの体はふらついており、自分で歩くのもままならなかった。


 そんな状態でここから逃げられるのか。懸念をするシエナだったが、グレイもゼファも何一つ焦っていなかった。彼らには勝機があったのだ。


「ゼファ君……早くここから出よう」


 そう言いながらグレイは自分の足元を見る。そこにあるのは地面に突き刺さった木材を囲う魔法陣だ。


 ゼファはグレイを引きずりながら数歩歩いて魔法陣から出る。


 ここから先はグレイの出番だ。


「でも……一回しか使えないと思う」


 不安そうなグレイだが、ゼファは「十分だ」と笑い返す。


「後はこっちでなんとかする」


「そう……ありがとう。頼もしいわ」


 余裕綽々のゼファに一瞬だけ口角をあげたグレイは、真顔になって空を仰いだ。


「やめろ!!」


 嫌な予感がしたのか、兵士は悲鳴な声をあげる。


 しかし、兵士が駆けつけてももう遅いことはグレイもゼファもわかっていた。


「シエナ! 掴まれ!」


「え? え??」


 突然手を伸ばしてきたゼファの意図がわからず、シエナはまごつく。そんなシエナにゼファは「さっさとしろ!!」と怒鳴った。


 訳のわからないままシエナはひとまずゼファの手を取ると、ゼファは「よしっ!」と深く頷いた。


 その隣ではグレイが集中するように目を閉じている。途端、冷たい風が彼らの間を吹き抜けた。こんな日照りのある天候からは考えられないほどの凍てつく空気にシエナは息を飲んだ。


 ――何かが、起こる。


 そんな予感がして仕方がない。


「……お願い、風の精シルフ


 グレイが小さく呟くと、冷たい風はさらに強くなった。


 グレイのぼさついた前髪が、ふわりと浮く。


 やがて風は彼らの周りを渦巻き始め、三人を護るように囲った。しかも、その風は緑色に色づいている。


「し、しまった……」


 兵士は愕然と言葉を漏らすが、そんな無力な兵士の声ですら風は掻き消した。


 ここまで来てしまったら、もう自分には彼らに抗う術はない。


 ただ、こうして指を咥えてこの光景を見ているだけ。どうしようもできないこの絶望感に打ちひしがれたのか、兵士は柄を握っていた手をはらりと解いた。


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