第24話 野郎共のおつかい

 それはさておき。


「あの……今日はみんな、何をするの?」


 用意してくれた朝食を食しながら、グレイは二人に尋ねる。


「そうだな……落ち着いたら、街の見回りをしたい。兵士たちの動向も知りたいしな」


「それなら……私の家にも、行ってくれないかな」


 そう言うグレイはどこかよそよそしく、なぜか頬を赤く染めている。その表情の理由がわからない野郎共二人は、不思議そうに小首を傾げた。


 グレイが恥ずかしがってでいる理由はなんとも単純なことだったが、彼女にとっては重大なことだった。


「き、着替えをね……取ってきてほしいの……奥さんのだと……サ、サイズが合わなくて……」


 どんどん小声になっていくグレイだったが、彼女が胸元を摩ったことで二人は全てを察した。


「そ、それは……早急に取りにいかないと……」


 カップを口につけながら、シエナがグレイから視線を逸らす。今の彼女は直視してはいけない。これが紳士の嗜みだ。しかし、そう思っていたのは彼だけで、ゼファは淡々としていた。


「確かにお前はこの家から出ないほうがいいだろう。適当に詰めてくるから、今日はゆっくり休んでいろ」


「あ、ありがとう……でも、あんまり見ないでくれると嬉しいな……恥ずかしいから……」


「安心しろ、グレイ。そこは俺がちゃんと見ておくから。こいつ、デリカシーなさそうだし」


 淡泊すぎるゼファが、かえって心配。シエナもグレイもそれを感じているから、グレイは「お願いね」と苦笑しながらシエナに請うた。


「そうと決まれば、さっそく行くぞ。シエナ、お前はどれくらいで出られる?」


「荷物を取って来れば行けるけど」


「わかった。なら、準備が終わったらすぐに行くぞ」


「了解。ご馳走様でした」


 そう言ってシエナは空になった皿の前で手を合わせ、屋根裏部屋へと向かっていった。


 立ち去るシエナの背中を見つめながら、グレイは「あ」と思い出したように声をあげる。


「できればアレも持ってきてほしいな。アレがないと落ち着かなくて……」


「ああ、アレな。わかった」


「手間かけてごめんね」


 そんな他愛ない会話をしているうちに、シエナが階段を降りる音が聞こえてきた。


「お待たせ。行くぞ」


 階段口からシエナがひょこっと顔を出す。二人の出発だ。


「それでは、行ってくる」


「うん。よろしくね」


 外出する二人に向け、グレイは手を振って見送る。本当なら外まで見送りたいところだが、匿われている身だから彼女とはここでお別れだ。


 さて、アイビーの家を出た二人だが、街中に行く前でゼファはシエナにある物を差し出した。フードだ。


「数人といえども、お前は兵士に顔が割れているんだ。兵士が血眼になって探しているかもしれない。一応これで顔を隠しておけ」


「えー……こんなんで隠し通せるかねえ……」


 と、シエナはもらったフードを摘まんでみる。しかし、ゼファの顔は真剣そのもの。気休め程度でもないよりはマシだと思っているのだろう。「へいへい」と言いながらシエナは渋々フードをかぶった。


「でもよお、兵士たちが見回りしてるなら、ここにグレイを置いておくのも危なくね?」


 フードの縁を握り、深くかぶりながらシエナはアイビーの家を見る。


 兵士が探すとしたら、シエナより脱獄したグレイのほうだろう。くまなく街を探しているのであれば、アイビーの店に兵士がやってくるのも時間の問題のはずだ。


 けれども、そんな彼の疑問をゼファはきっぱりと言い切った。


「アイビーが俺の配下だということはあっちもわかっている。だから、ここが一番安全なんだよ」


 そう断言されてもシエナにはその根拠がわからなかった。


 だが、ゼファは深追いするなと言わんばかりに「さっさと行くぞ」と先を行く。仕方なくシエナもゼファの後ろに続き、二人で薄暗い路地を抜けた。


 路地を抜けると最初に井戸に出た。


 周りには家も多々あるので、この辺りは『アクバール』の住宅街のようだ。ただし、辺りに活発さはない。ここにいるのは薄汚い格好で働いている物売りの子供。塀によりかかってしゃがみ、死んだように動かない男。そして井戸の前で暗い顔でひそひそ話をする主婦たちだ。シエナには異様に見えたが、ゼファにとっては見慣れたいつもの光景だ。


 けれども、そんないつもの光景にもゼファは違和感を感じていた。


 ──おかしい。


 辺りを見回しながらゼファは眉間にしわを寄せる。


 街中が静かだ。それも「何事もなかった」とされているようなくらいに。


 脱獄囚がいるのだ。指名手配をされてもおかしくないはずなのに特にそんな様子もないし、いくら聞き耳を立てても、グレイのこともブロンズ色の髪をした青年のことも聞こえてこない。


 ──ということは、グレイとシエナのことは知らされていないのか?


 そんな妙な感覚ですらゼファの脳裏に過る。


 一方、シエナも不穏な空気を感じ取っていた。


 滅んだ『アクバール』で見た日記の内容が正しければ、今日はグレイとゼファが「生きている」というタイムパラドックスが生まれる日だ。果たして未来は本当に変わっているのか、彼も密かに緊張していた。

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