第3話 帰郷

○アパート

  公一は、傾きかけたアパートの前に立つ。

  港の船の音が激しい蝉の音の間から微かに聞こえてくる。

  公一は錆びた鉄の階段を力なく上がって行く。

  ドアには、島村と書いた表札がある。

  公一は険しい顔でドアを開ける。


○アパートの中

  取り散らかされた部屋の中で、公一の母親の桂子が内職の造花作りをしているが

  こちらを見ると微笑む。

  しかし、粗末な衣服と乱れた髪、そのやつれた顔は病人のようである。

  桂子は優しく、

桂子「公一。 おかえりなさい…」

  公一は、リュックを置くと玄関に腰掛ける。

  その傍らから4歳ぐらいの男の子、建次が公一のそばに来ると

建次「あーっ、 また来たな、 おまえー」

  桂子は、慌てて

桂子「建次! なんてこと言うの!」

  公一は、いっそう、顔を曇らせる。

桂子「ごめんよう、公一」

  公一は、桂子に向かって、

公一「あいつは?」

桂子「あいつって… 公一」

公一「あいつは、あいつじゃないか! どうせ真っ昼間から、そこら辺の酒屋で

   酒飲んでんだろ!」

  桂子は、目を涙で滲ませて俯く。

  それを見て、公一も下を向く。

公一「死んだ父さんとは、正反対だ… 母さんっ。なんであんな奴と!」

  公一は、言ってしまってから悔やみ立ち上がる。

公一「正恵、工場だろ?」

  公一は外へ駆け出して行く。

  桂子はちゃぶ台にすがって背中で泣いている。

  その傍らで建次が一緒になって大声で泣いている。

  作りかけの造花が揺れている。


○工場

  缶詰工場の中は、やかましく鳴り響く機械音。

  まだラベルの貼って無い銀色の缶がコンベアの上を次々に流れて行く。

  息を切らせて走って来た公一は、正恵を探す。

  白いかっぽう着を着た女子従業員達の間から正恵の横顔が見える。

  公一は、正恵の方へ駆け出して行く。

  正恵は満面の笑みで、

正恵「お兄ちゃん! 帰って着たの?」

  正恵は、隣で作業する女子従業員に一言告げて、公一とその場を離れる。


○工場裏の材木置場

  公一と正恵は、材木に腰掛けている。

正恵「お兄ちゃん、元気だったぁ?」

公一「ああ、俺は元気だけど、おまえ大変だろう?」

正恵「ううん、もう慣れてきたから… それにみんないい人ばかりだし… 平気」

  正恵は、そう言ってほほえむ。

公一「ごめんな、俺一人、勝手にやっていて…」

正恵「お兄ちゃんこそ、大変だもん、自分の力で勉強して偉いなぁー」

公一「……」

  正恵は、公一を見つめると、

正恵「お兄ちゃん、頑張ってよ。 私、毎日応援しているんだから」

  公一は、先に見える海をみつめると、

公一「俺なぁ、正恵。 このごろ大学やめようかと思うんだ。

   おまえ、辛いだろ? あいつは、あんなだし…

   俺達、本当の家族だけで生きていけばいいんだ」

  正恵は、遠い視線で材木を運ぶフォークリフトを見ている。

正恵「お兄ちゃん、そのことは、言っちゃダメ。

   正恵はお兄ちゃんに勉強してもらいたい」


  公一の横顔からオーバーラップ

○草原の撮影現場


  草原からオーバーラップ

○アパート内 乱れている

  ドアごしに黒い鞄を持った集金人が迷惑そうな顔、

  それにただひたすら頭を下げる桂子。

  アパートの外では、集金人が家に来ているのを見つけ、

  片足を引きずりながら逃げ去る島村。


  公一の横顔にオーバーラップ

○工場裏の材木置場

  正恵は、泣き顔になるが、気を取り直すと、

正恵「それじゃ、私、仕事に戻るね。 今晩、早く帰るから…」

  正恵は、手を振って工場へ駆けて行く。

  公一は、フォークリフトの動きを見つめる。


○家 夕飯

  ちゃぶ台の上には、夕飯が用意されている。

桂子「ほら、焼けたよ。イカの醤油焼き、公一の好物…」

  にこにこと、焼きたてのイカを台所から持って来る桂子を、

  上目使いに見る公一。

桂子「さぁ、冷めないうちにお上がりよ」

  公一は、茶碗を受け取ると食べだす、それを優しく眺める桂子。

桂子「美味しいかい?」

  公一は、素直に頷く。

  桂子は、建次に、ご飯を食べさせる。

  ごたごたと沢山の物をのせたテレビは、アニメ番組をやっている。

  そこへ、酔っ払った島村が入って来る。

  公一は茶碗を置く。

  困惑した表情の桂子。

  島村は、玄関ドアを開けたままへたり込む。

桂子「お父さん、今日は酔っ払っちゃって…」

  島村を起き上がらせようとする桂子に突然、公一は、箸を投げつける。

公一「よせよ! いつもそんななんだろう? こいつは!」

  島村は、その声に顔を上げると、だらだらと、

島村「なんだぁ? 来ていたのかぁ。公一…」

公一「呼び捨てするなよ! そんな格好して…。 おまえのおかげで俺達は…」

桂子「やめて! 公一!」

公一「なんで、母さんは、そんなにこいつの事、かばうんだ!」

  桂子は、おろおろして、

桂子「お父さんだって、あの事故以来、働きたくても働けないんだよう」

公一「働けなきゃ、呑んだくれててもいいのか? 冗談だろう?」

島村「なんだぁー、 なんだぁ」

  公一は、酒臭い島村を睨みつけると、リュックを持って駆け出る。

  玄関の外で正恵が西瓜を持って歯を食いしばり泣きながら立っている。


○昔の家跡

  公一は、荒れ果てた昔の家跡でリュックに座り、

  雑草の中に立つ柿の木を見つめている。

  青い柿が闇の中に浮き立っている。

公一ナラタージュ「なにが小学校の時の柿の木だ。

         もう俺達の思い出なんかじゃない。

         どうして、父さんは先に死んじゃったんだ。 バカヤローッ。

         母さん、あんな奴と再婚しなくても良かったじゃねえか!

         母さんをさらに不幸にして…」  

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