第5話 一家心中

○学食

  公一は、ラーメン・ライスを食べている。

  食堂の窓からは、銀杏の葉がクルクルと地面に落ちていくのが見える。

  公一は黙々と食べる。

食堂のテレビ「…それでは、正午のニュースをお伝えします。

       昨夜未明、一家四人のプロパンガスによる無理心中がありました。

       一家心中のあったのは…」

  顔を上げる公一。

食堂のテレビ「…この心中で4歳の建次ちゃん、長女の正恵さん、母親の桂子さん、

        父親の信夫さんの全員が死亡しました。

        現在、県警で捜査中ですが、家庭内不和によるものと思われます。

        次は、外伝で…」

  公一は、割り箸を握ったまま目を閉じる。


○キャンパス

  学生運動のヘルメットを被った学生がハンドメガホンを持って演説している。

演説学生「したがって- 我々は- この- 大学当局の-」

  その横を、ぼんやり夢遊病者のように歩いて行く公一。

  いきなり、学生の一人が公一のところにやって来る。

学生「おいっ、公一。ジャン…」

  公一の血の気の失せた顔に学生は、黙ってしまう。

  公一はそのまま歩いて行ってしまう。


○中庭

  中庭の芝の上で寝転んでいる公一。

  他の学生たちは、本を開いたり、話をしたりしている。

  公一は、本を枕に仰向けに寝転び静かに目をつむる。

  桂子、正恵の悲しげな顔が闇の中に浮かび上がる。

公一ナラタージュ「母さん…」

  静かに振り向き消えていく桂子。

公一ナラタージュ「正恵…」

  静かに振り向き消えていく正恵。

  闇の中の島村、その横から人影、

  闇の中にいる公一は、物凄い形相で島村に飛び付こうとする。

  人影から公一に伸びてくる手は、公一を制する。

  その向こうに、桂子、正恵、建次が手をつなぎ、闇の彼方に去って行く。

  人影は喫茶店の店長で、次第に公一の視界いっぱいになり、目を吊り上げる。

  その顔は、あどけなく笑う洋子の顔に変わる。

  微かに響く洋子の声。

洋子「島村くん、島村くん…」

  公一は、目を開ける。

  一人の女子学生と3人の男子学生たちが公一を覗き込んでいる。

女子学生「島村くん、ニュース見た? 大変よっ」

男子学生A「おいっ、島村っ、早く帰れ…」

  心配そうに公一を、覗き込む4人を公一は、じっと見つめている。

  公一は、静かに、

公一「いいんだよ…」

女子学生「そんなこと-」

男子学生C「金無いんなら、電車賃出すぜっ」

  公一は泣きそうに、

公一「いいんだってば- かまうなよっ」

男子学生B「おっ、おまえっ、なんてこと言うんだっ」

  公一は。立ち上がると駆け出して行く。

  始業の鐘が穏やかに鳴り響いている。


○昼下がりの商店街

  いつもと同じ、おもちゃ箱をひっくり返したような町並み、鮮やかな店先。

  そして、同じような顔をした人並みの中を走り抜ける公一。

  公一は、バイト先の喫茶店に駆け込んで行く。


○喫茶店内

  喫茶店内は、ほの暗く、いつもと同じ有線の曲が流れている。

  駆け込んで来る公一の勢いにびっくりして目を丸くしている入口のレジ係。

  公一は、店の入口にあるケーキを買っている客を突き飛ばして奥に入って行く。

公一「洋子っ、洋子!」

  客のテーブルにジュースを置いていた洋子は、公一の大声に気づき振り向く。

  公一は、洋子を見つけると黙って洋子の腕を掴み、引っ張って行く。

洋子「どうしたの? 公ちゃん…」

  二人の行くてに店長が現れる。

店長「おいっ。なんだっ。おまえは-!」

  背の高い店長は、公一の襟を掴む。

  ウェイトレス達、客達は、不安げに周りから覗き込むように見ている。

  公一は、店長の手を払いのけようとする。

  洋子は、おどおどと、二人を交互に見る。

店長「待てっ。おまえ、何だと思ってるんだ、ガキのくせに-」

  公一は、目を吊り上げ、一旦口を堅く閉じると、

公一「うるせえなぁ! このスケコマシ!」

  と、言って店長を突き飛ばす。

  その騒ぎに奥から出てきたヤクザがらみの事務員と

  カウンターチーフは、店長を抱き起こす。

  公一は、素早く洋子の腕を掴むと、その場を駆け出る。

  後方では、事務員の怒鳴る声が聞こえてくる。

  洋子は、制服のまま公一に腕を引っ張られながら走る。


○商店街

  奇妙な二人を道行く人々は、不思議そうに見ている。

  洋子は、息を切らせて、

洋子「いったい、どうしたのようっ」

  公一はひたすら走る。


○下宿

  土足のまま部屋に駆け上がって行く二人。

  隣室の住人が変な顔をして、

住人「島村さん-、電報預かっているよ-」

  隣室の住人は、二人を足元から見上げる。

  公一は、それを無視して洋子と部屋の中に駆け込む。


○部屋の中

  電車の通過音が聞こえてくる。

  二人共息を切らせて、畳の上にへたり込む。

  公一は、おもむろに机の引き出しから現金を掴むと

  Gパンのポケットに無理やり突っ込む。

  それを見ていた洋子は、にんまりと、

洋子「公ちゃん-、何かしたのう?」

公一「みんな死にやがった-」

  洋子は、目を見開くといやな顔をする。

洋子「公ちゃん…」

公一「さぁ、行こう-」

洋子「行こうって-、何処へ…?」

  公一は、立ち上がると洋子の手を握り部屋を出る。


○下宿の廊下

  隣室の住人は、ドアの間から顔を出して見ている。


○街の中を流れる川

  川の流れ、ゴミが浮かんで流れていく。

  橋のランカンにもたれ、川の流れを食い入るように見つめる公一。

  その公一を見つめる洋子。

  洋子は耐えきれずに、

洋子「ねぇ-、これからどうするの?」

公一「……」

洋子「うんっ、もう-、店長と喧嘩しちゃって、どうすんのようっ」

公一「……」

洋子「ねぇ-んっ」

  と、言って、公一の身体を揺り動かす洋子。

  川を上流に向かって小舟が通り過ぎていく。

  嫌な顔をする洋子。


○裏町 夕刻

  きょろきょろと辺りを見回し、急ぎ足で歩く公一。

  そして、公一に引っ張られ、不安そうに足をもつれさせながら歩く洋子。

  公一は、道の向こうに駐車しているライトバンを見つめる。

  辺りには人はいない、公一は立ち止まると、

公一「ここで待ってろよっ」

  うなづく洋子をおいて、ライトバンに駆け出す公一。

  ライトバンの運転席側のドアの前に立つと、

  公一は、もう一度辺りを見回す。

  そして、かがみ込み、ブロックを拾い、上着を脱ぎ、ガラスに当てて窓を割る。

  手を伸ばしてロックを外し、ドアを開けると、ポケットからニッパーを出し、

  スターターのキーのリード線をショートさせてエンジンをかける。

  素早くターンして洋子の所に戻り、助手席のドアを開ける。

公一「早く乗れっ」

  顔をしかめる洋子だが車に乗り込む。

  車は、そのまま走り去って行く。


○車内

洋子「死んだって…」

  洋子は、不安がつのり、やっと聞く。

公一「心中だ。俺の知らない世界に… 俺とは関係なく…」

洋子「いやーっ」

  洋子は、長い髪の間から両手で耳をふさぐ。

洋子「もう、いや-っ」

公一「一人か…、俺だけになった…」

  公一は、前方を食い入るように見つめている。

  洋子は、公一の方を向くと、

洋子「まだ、洋子がいる。死んじゃうのう?」

公一「……」

洋子「洋子、死んじゃってもいい-」

公一「死ぬもんかっ」

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