第7話 地獄の使い

○三保の海岸 朝

  高校の生徒たちがトレーニングウェアで列を成し号令をかけて走っている。

  しだいに、公一たちの乗ったライトバンが見えてくる。


○車内

  二人は、シートに腰掛けたまま寝ている。

  公一が目を覚ます。

  割れた窓からは、マラソンの生徒たちが見える。

  そのうちの一人の男子生徒がこちらを見て、駆け足のままそこに止まり、

  公一たちの車に向かってひやかす。

  その声に、洋子も目が覚める。

  公一は、再び目を閉じる。

洋子「はぁーん、眩しーい」

公一「……」

  洋子は、公一に顔を向けると、

洋子「ねぇ、公ちゃん、たらぁー」

  と、言って洋子は、公一の身体を揺らす。

  公一は、目を瞑ったままエンジンかけると、物凄いスピードでバックする。

  そして、後方の木の柵に衝突する。

洋子「ちょっとっ、冗談やめてよ!」

公一「冗談…」

  公一は、相変わらず目を閉じたままハンドルを回すと、そのまま走り出す。

  駿河湾の向こうに富士山が見える。


○車内

  秋晴れの県道を走る公一たちの車。

  洋子は、ダッシュボードに肘を立て、その上に顎を乗せているが

  顔だけ公一に向けると不安げに、

  「ねぇ、何処へ行くのー?」

  公一は、黙って前方を見つめている。

  車は、運送会社の中へ入って行く。


○運送会社

  大きなトラックが数台あり、フォークリフトが荷物を積み込んでいる。

  公一の車は、事務所の前で止まる。


○車内

  割れた窓から外を見る公一。

  運転手食堂入口から、割烹着の老婦人がポリバケツを持って出て来る。

  老婦人は、公一に気づくと、はっとして、

老婦人「…こ、公一さん…」

  思わず立ち止まるが、ポリバケツを置くと、逃げるように食堂に入ってしまう。

洋子「あの人、誰ぇ? 公ちゃんの知り合い?」

公一「…地獄の使いさ…」

洋子「地獄の使い…?」

  洋子は、怪訝そうな顔をして首を傾けるが、

  缶ジュースの自動販売機を見つけるとそんなことも忘れて外に出て行く。

  公一は、食堂の入口を見つめている。


○回想 家の中 冬

  ストーブにあたり、老婦人と桂子が向かい合っている。

  老婦人は、とても明るく話している。

老婦人「…だからさぁ、あんたもまだ若いことだし…」

桂子「そんな… 再婚なんて… 私、考えていません…」

  力無く下を向いて老婦人に答える桂子。

  死んだ夫の写真の方に目がいく。

老婦人「そりゃ、あんたの気持ちは、良くわかるよ。

    でも、このままじゃ、これから先どうすんのさぁ…」

桂子「……」

老婦人「ねっ。島村さんなら、あんたの旦那さんと同じ職場だったし…

    その点、あんたも気心が知れてるだろう?」

桂子「島村さんは、いい人だけど、あちらにもご都合があるでしょうし…」

老婦人「なにを、バカなこと言ってるのうっ?

    島村さんも4年前、奥さんを病気で亡くしているんだよ。

    同じような身の上じゃないか…

    まあ、でもねぇ… 島村さんには、健次ちゃんていう男の子がいるけどね。

    向こうさんも男手一つで健次ちゃんを育てるのも、

    そりゃ、大変だろうしさ…」

  老婦人は、桂子の顔を覗き込む。

老婦人「ねっ、あんたも大変だろう? 女が働くって言ったって… 

    今、パートかい?」

桂子「ええ…」

老婦人「公一さん進学するんだろ?」

桂子「あの子は、進学を諦めてもいいって言ってますけど…」

老婦人「そりゃ、可哀そうだよ。折角、頑張っているのに…」

桂子「私も辛いんです…」

  思わず目頭を押さえる桂子。

  そこに、学校から帰って来た公一が入って来る。

  公一は、制服のボタンを外しながら、

公一「ただいまー」

  桂子は笑顔をつくると、

桂子「おかえりなさい」

公一「あっ、おばさん来てたの」

  老婦人は、にこにこしながら、

老婦人「公一さん、学校はどうだい?」

公一「まあまあかな」

  老婦人は、桂子の方を見ると、

老婦人「じゃ、考えておくれね」

  老婦人は、帰る。桂子は、下を向いている。

公一「母さん、また、あの話? しかし、おばさんも世話焼きだなぁ。

   俺達の事ならいいのに… ねぇ、母さんっ」

桂子「……」

公一「母さん、しっかりしなよ」

桂子「でもねぇ、公一、母さんも、もう疲れたよ…」

公一「なにを、言い出すんだよ…」

  公一は、鞄を置くと座る。

公一「俺、嫌だよ。父さんは、一人だけだよっ」

桂子「母さんだけじゃ、やっぱり無理だよ…」

公一「俺、あと少しで高校卒業するから、それまで、待ってくれよ」

桂子「公一は、やりたいことがあるんでしょ…?」

  公一は、立ち上がると、

公一「俺、新聞配達があるから…」

  公一は、制服を脱ぐと外に出て行く。

  桂子は下を向いて考えている。

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