14話 初仕事

 香織と出くわさないよう時間を空けてから僕は屋上から室内に戻った。もう校内にはほとんど人は残っていないようだ。


 肩の横で相変わらず宙に浮いている悪魔曰く、負の事象が起こるという現場は学校の最寄り駅である北神堂駅付近だという。前回も僕はそこで女子中学生が襲われている現場に出会した。治安が悪いのだ。


『そうだ。1つアドバイスしてやる。お前顔隠しておいた方いいぞ』

「どうして」

『これからお前は必ず注目を浴びる存在になる。なんせ人を助けようとするんだからな。そうなった時に自分の素性が世に晒されると何かと立ち回りにくくなるだろうよ』


 たしかにその通りだ。僕がこれからどの規模で負の事象を食い止めるのかは分からない。ただ人の前に立って大きな行動を起こすことは間違いないのだろう。注目を浴びて私生活に支障が出るのは何としても避けたい。


『今までの奴もそうしてきた。世の中の人間は知るわけもねぇが、これまで歴史に残るはずだった大事件や大事故を俺はそいつらといくつも食い止めてきた』

「事件……事故」

『気になるだろ。この国の3分の1が不毛の地となりかけた事故もあったんだぜ。あれは流石の俺もヒヤヒヤしたぜ』

「もしかして……僕もそんな現場に出会したりは」

『まぁ、そればっかりは運だな! 何も起こらないように祈っとけ!』


 どこか怖気付いている自分がいた。一体過去にどんな大きな事件などが起ころうとしていたのか知りたくはない。たたどうも大きな自然災害などが負の事象に入るのだとしたら、予知していたところで食い止められるイメージが湧かない。


 ただそれ以外の事件や事故は人力で何とかなることができるかもしれない。当然その事象が起こることが事前に分かるのならば、だが。


 つまりもしそんな大きな事象が起こるのなら、僕は相当な覚悟が必要だ。それを食い止めなければならないのだから。とはいえ今の僕はもう死人だ。自分を心配するほど自分を大切には思う必要はない。


『まぁなんとかなるさ!』

「自信はないよ」


 夕暮れの帰路を悪魔と並んで歩く。まだ駅は見えない。たびたびすれ違う人からすると、僕は独り言を言っている変人になる。変な目で見られないように僕はタイミングを見て悪魔に素朴な質問を投げかける。


「今までにどんな人たちに憑依してたの」

『お前俺をすぐに信じなかったくせに、興味津々じゃねーか!! やっと好きになったか!?』

「……」

『そうだな。俺は人を見る目が長けている。そいつが俺に利益を与えてくれる存在かどうかが大前提だ』

「……」

『ほとんどはお前みたいに根暗で意志の弱い奴らばっかだったよ』


 僕の悪魔のイメージがどんどん崩れていく。悪魔は一般的に負のイメージしかない。憑依する対象はもっと人に不利益をもたらすにふさわしい悪人のような者に憑依すると思っていた。


『俺の体感だが、年々この国の人間どもは負の感情が増していってる。何でこうもこいつらはポジティブシンキングってのができねぇんだろうよ!』


 自分も含め、確かに現代につれて不安を抱えている人は多くなったというのはよく耳に入ってくる。自殺者も増える一方だ。ふと気になったが、この悪魔はいつからこの星に来たのだろうか。


「僕は何人目なの?」

『……そうだな、300人目くらいだな!』

「え」


 開いた口が塞がらなあ。というのも悪魔が一人につきどの期間憑依するのかは不明だが300人といえば相当な数だ。


「……何歳なの。寿命は……」

『永遠の二十歳よ!』

「……」


 鳥肌が止まらなかった。なんておぞましい。


『ノリ悪いな小僧。人間の時間で言えば俺はもう1万年は生きている。寿命は無限だ』


 悪魔には人の常識が通用しないことは分かった。


『俺らが死ぬとすればそれは自殺が他殺くらいだろうな。寿命がない俺らは死など考えないが、自ら死のうとするほど馬鹿な奴はいねぇよ!』


 その皮肉はきっと誰かを傷つける。公で言わないでほしい。まあ死人も同然の僕にはもう響かないが。僕は結局死ぬことができなかった。怖いからだ。結局行動に移す事は一生できないんだなと悟っている。


 それでも本当に行動に移す人は今この時にでもいるのだろう。だからそんな人たちの為にも僕は安易に自分の状況を地獄だと言いたくはない。でも自分の置かれている状況が地獄以外に形容できるものがないのだ。


「とりあえず顔が隠れる服買ってくるよ」


 悪魔の話は1つ1つが常識から外れたいる。いちいち聞いていたら疲れるしキリがない。




 

「お買い上げありがとうございました」


 母から貰ったなけなしの食費。常に飢餓の状態でもはや食欲も麻痺している僕は必然と食べ物を食べない。だから、食費以外使えるお金があった。それを使い切り、黒のフードが広いパーカーを買った。


 自分でちゃんと服を買ったことなんて生まれて初めてかもしれない。制服をバッグにしまい、パーカーを着る。


『おお! 様になってるな』

「どうも」


 僕は大きなフードを被り、俯きながら歩く。全部悪魔の促されるがままだったが、これで誘拐が嘘だったら僕はまた騙されたことになるだろう。


「本当に誘拐なんて起こるの?」

『ぐぁ゛』


 突然悪魔が体制を崩し、頭を抱えていた。


「どうしたの」

『さっすが俺……600メートル先……路地裏』


 余裕をなくし息切れのように辛そうに喋る悪魔はらしくなかった。


「何が起こってるの」

『JKが……捕まった』

「……」


 悪魔がなぜ辛そうにしているかは不明だったが、ことの状況は掴めた。負の事象……悪魔の言っていたそれが本当に始まるのだろうか。


 僕は運動会や体育祭が苦手だった。だからその貧相な両足で地面を交互に蹴り、悪魔の指差す先へ駆け出した。路地裏はいつも悪いことが起こる。


「こっちでいいんだね」

『ああ』


 僕はどんどんひとけのなくなっていく方へ走る。100メートルほど走っただけで息切れが酷い。自分の運動神経のなさが情けない。


 どんどん距離が迫ってくる。すると、うっすらと揉めごとのような会話が耳に入ってきた。


「何でそんなこと……」

「黙っとけ。お前は大人しくついてくりゃいいんだよ!」

「離して下さい」


 目を疑った。本当にそういう現場がそこにはあった。悪魔は嘘をついていなかった。この現場が偶然で片付けられるわけがない。


 悪魔の予知は本当だった?


「抵抗するなよ。お前だけは大事にするように言われてんだよ」

「嫌……」


 大事にするように言われている……彼らに指示を出すような、まだ上の存在がいるということだろうか。


 ふと頭に疑問符が浮かんだ。暗い路地裏で両者とも顔がはっきりと見えなかった。分かるのは1人女子が数人の男に囲まれていることだけ。ただ不思議なのは男の方の声も女子の声も頭から離れないほど聞き覚えがあるのだ。


 ひとまず物陰から隠れ、目を凝らした。そして目を見開いた。


「……嘘だ」


 何も言えなかった。その男たちは紛れもない、いつか、この場所とは違う近くの路地裏で女子中学生を襲おうとしていた男たちだった。僕をボコボコにした男たち。風貌も全く変わっていない。


 ただそれだけじゃない。彼らの標的である女子の顔を見て息を呑んだ。


「嘘……」


 それは僕に光を見せてくれた存在。そして初恋の相手だった。


「歩璃……」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る