好きな人には恋人を作られ、幼馴染には見捨てられた。何もなくなった僕は悪魔と一緒に世の中を変えようと思う
カクダケ@
プロローグ
1話 初恋
──死のう
怒り、悔しさ、悲しみ、訳の分からない感情がぐちゃぐちゃに混ざり合いながら僕は廃ビルの屋上にたどり着いた。雷鳴と重い雨粒が無数の針のように頭上から突き刺してくる。
錆びた鉄格子を乗り換え、少し踏み外せば地上まで真っ逆さま、そんな僅かな足場しかない縁にたたずむ。
この世には未練はない、もう行こう。
右足をわずかにあげた。しかし何故か進まない。この世に未練なんてないはずなのに。たった一歩進むだけで僕は楽になれるはずなのに、何故進まない。
「進んで……くれ……頼む」
意思に反して、身体が言うことを聞かない。一歩だけ前に進む、そんな誰にでもできる簡単な行動が僕にはできないのだ。
「なんでだよ゛!!」
そんな時だった。僅かに重心が鈍ったのが引き金となり、僕は雨水により足を滑らせ、宙に浮いた。
──あ、死んだ。
そう思った。でも、
『ハハハハ!! 哀れだな!』
その声の主……この地球にいてはいけない存在が、僕を殺させやしなかった。
──
「はぁ……いつもいつも私の邪魔ばかりして」
いつからだろう、母が暴力を振るうようになったのは。いや、明確だ。あの日から全ての歯車が狂ってしまった。僕の幸せだった人生は、あの瞬間に過去のものとなった。
「ごめん……なさい」
「謝ることしかできないの!」
どうして高校生にもなって僕はこんな叱られ方をしているのだろうか。もはや一方的な腹いせである。僕がどんな善とする行動を取ろうとも母は否定し、理不尽に罵倒し、暴力を振るってくる。
身体中にできたあざは絶え間なく上書きされ、消えることはない。散々僕を罵った末、決まって母はこう言い放つのだ。
「あんたなんか、生まなければ良かった」
だから僕はすかさず笑みを作る。
目が覚める。母と対面することが、吐き気を催すほど恐ろしい。だから毎晩起きない事を願いながら眠りにつくが、朝は必ず訪れるのだ。
朝食はいつも通り抜く。そして最低限の身だしなみを整え、すぐに玄関を出た。
「おはよう、ゆーちゃん」
「……」
毎朝、決まって僕を出迎えてくれるのは幼馴染の
自宅から徒歩数十分の南雲駅、そこから2駅跨いだ北神堂駅を降り、再び数十分歩けば学校に着く。玄関で迎えてくれた時の、彼女の「おはよう」の挨拶から、僕らは一言も会話を挟まなかった。一緒に登校する理由なんてあるのだろうか。
この都内有数の名門である
しかしそんな僕には、入学当初から一目惚れした少女がいる。まだ話した事もない少女だ。
──
「
一目見た瞬間に心が奪われた。同時に疑った。この世の中にはこんなに美しい人が存在するのだと。
高鳴った。心臓がどうにかなってしまいそうなほどに。彼女はきっとこの先、僕を……沢山の人をダメにするのだろう。そんな確信に近い未来が見えたのだった。
──
入学してからの2ヶ月間、ずっと彼女の横顔を見てきた。人よりは彼女の事を知っている自信がある。その艶やかに揺れるきめ細やかな黒いロングヘアー。宝石のように輝く大きな瞳、すっきりと通った鼻筋など、言い出せばキリの無い容姿の魅力。
さらに大人しく、まっすくで、少しミステリアスじみているところ。そんな彼女の性格全てが尊く見えるのだ。
ただ噂によると、歩璃の笑顔はまだ誰も見た事がない。
当然根暗で協調性のない僕に友達はできるわけもなく、別のクラスの香織が同情として僕に声をかけてくれるくらいだ。
しかし、風の噂だが歩璃はこの2ヶ月間にして既に10人以上に告白されているそうだ。だが「恋愛に興味がない」の一点張りで全て断っているらしい。
彼女は、みんなの言う「陽キャ」と言うほどの明るい性格ではない。基本的に1人でいる印象だが、その美貌からだろうか、明るい者たちを惹きつけ、おのずと彼女も1軍に見えてしまう。
「さて、みんなも知っていると思うが1ヶ月後に1泊2日の林間学校が行われる。だから今日中にグループ分け等、諸々決める」
これはみんなで団結し、親睦を深めることが目的の行事だ。しかし、人と馴染むことが苦手な性格の僕からするとあまり行きたくはない。
「グループ分けはくじでやる、異論は認めない」
何か言いたげな学生たちばかりだったが、その教師の前に大人しく頷くのであった。
驚いた事に、僕のグループにあの歩璃が来てしまった。構成人数は男3女2の5人構成だ。林間学校ではほとんどこのグループで行動する事になっている。正直この奇数構成はありがたい。2人同士で固まってくれれば、僕は気を使わず1人で後ろから付いて行けるから。
各々席をくっつけ、グループで固まるとまず1人のいかにも一軍だと言い張るような男が指揮を取った。
「俺は真斗、みんなよろしく。歩璃は知ってるよな?」
「え、うん」
2人は知り合いみたいだ。
「桐崎歩璃です。よろしく」
2ヶ月間、ずっと歩璃のことを見ていたとはいえ、彼女の事をこんなに間近で見た事はなかった。次元が違う。少なくともここに居ていい人じゃないのだろう。
そして他のメンバーの自己紹介も終わり、僕の番に回ってきた。
「え……か……
なぜこんなに上手く言葉が出ないのだろう。頭の中ではスラスラ言えているつもりなのに。緊張からだろうか、イライラがおさまらない。
「よろしくね優一くん」
歩璃だけは優しくそう返してくれた。その瞬間に僕は今までのことがどうでも良くなるほど救われたように感じる。
「それじゃあ、さっそくだけど班長なりたい人いる? いないなら俺やるよ」
当然僕は手を挙げるわけもなく、他にも立候補はいなそうだ。そして真斗が班長になった。
それから林間学校の1日の予定の把握をしている時だった。
「優一くん」
「っ!?」
隣の席にいる歩璃が突然小さく声をかけてきた。そんな事は夢にも思わず、素っ頓狂な声がててしまった。
「ごめんね、驚かせるつもりはなかったけど」
「……大丈夫」
「林間学校楽しみ?」
その抑揚のない平坦で、でも透き通る声。全て見透かしているぞと言わんばかりの鋭く吸い込まれる双眸。そんな目で直視され、僕は思わず目を逸らしてしまう。
とはいえ、初対面の相手に聞く最初の質問だろうか? まるで僕が楽しみではないみたいだ。まぁその通りだが、顔に出ていたのだろうか。
「……あんまりかな」
「そっか」
今の質問で彼女は何を得たのだろうか。ただの社交辞令のようなものだったのだろうか。
「歩瑠、今の話聞いてたか?」
「夕食の担当の事だよね」
「あぁ」
まさか僕と会話をしている間に、そっちで進行していた話も聞いていたとでも言うのだろうか。余裕さえもあるのだ。
そんな歩璃に感心しているかたわら、微かに真斗に睨まれた気がした。
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