13話 幼馴染の色恋事情

 結局一睡もできず、寝不足で登校することになった。カレンダーを見るともう明日は林間学校だった。


 あれほど楽しみにしていたその行事も今では嫌気がさしている。あんな気まずい関係になってしまった歩璃と1日中班で行動しなければならないのだ。


 それよりもまずは今日のタスクがあった。悪魔の言うことが本当なら、今日女子高生が何者かに誘拐されるのだ。


 いつどこで起こるかも分からないが。


「で、どこまでついてくるの」

『なぁに、見守ってるんだよ』

「……」


 どうやらこの悪魔が僕にしか見えないというのは本当らしい。学校までの道のりで、すれ違う人はこの成人より二回り以上大きく、物理法則を無視して浮いている悪魔に視線すら送らない。


「この変なのさ──」

『クマホだ』

「これ少しいじってみたけど、騙されたよ。全然身体能力なんて上がってない」

『お前がうまく使いこなせてねぇだけだろ』

「……」


 能力を使っただけでは何も解決しない、ただ助長するだけのものということか。結局自分が行動を起こさないといけないのだ。期待していた自分が馬鹿だった。


『甘えるんじゃねぇぞ。小僧め』


 その通りだ。








 今日は、明日の林間学校の集合時間や事前準備についての詳細が説明され、あとはごく普通の授業が行われるだけだった。


 今日、その負の事象というやつが起こる、しかもそれが分かるのは直前。つまり授業中に起こってもおかしくなかった。変に身構えていたせいか少し精神的に疲れている。


 放課後は屋上に行った。やけに天気が良く、こんな日はずっと何も考えずベットの上でゴロゴロしていたかった。


『匂いが強くなってきた、場所は絞れてきたようだな』

「それ、誘拐の話?」

『ああ、もうじきだろう。用意しとけ』

「用意も何も……」


 そうだ。誘拐ということはそれなりに不審者に出会う可能性もあるということ。場合によっては暴力沙汰になる。


 ふとまたポケットにしまってあるクマホの存在が頭に浮かぶ。しかし子供騙しの道具だ。もうこいつに頼るほど馬鹿じゃない。いつも通り人の前に現れて相手の気が済むまでボコボコにされる役を演じてみせよう。


『ちなみに誰か屋上に来るぞ』


 僕は思わず階段室の物陰に隠れてしまった。特にやましい気持ちはなかった。ただ放課後に屋上で一人ぽつんと立って黄昏ているような姿を人に見られたくなかっただけだ。


『ほう……面白い事が起こりそうだ』


 足音からするに屋上にきたのは二人だった。今更だが隠れるという判断は失敗だった。もうじき誘拐が起こるのだとしたら早く出ていかなければならない。


 屋上に出た二人が長居するようだったら、タイミングを見失ってしまう。こそこそ隠れて盗み聞きをしていたという噂も立たせたくはない。


「ごめん、突然呼び出して」

「ううん、全然。それで?」


 男女の声だった。それに女子の方は聞き覚えのある声だった。軽い興味本位で物陰からその現場を覗きみ見した。


「いつも部活の練習頑張ってるよね。誰よりも努力家で凄いし」


 その男は恥ずかしげもなさそうに相手を褒めちぎっている。


「そんなことないよ。まだまだ」


 しかしよく見るとそこには香織の姿があった。相手は見知らぬ男。会話のやりとりから、これから何が起ころうとしているのかすぐに察しがついた。


「そんな姿を見て、凄く好きだなって」


 なんだか胸がむず痒くなった。盗み見するべきではなかった。


「よかったら俺と付き合って欲しい」


 屋上に呼び出して告白。僕には絶対にできないことだ。そんな原動力がどこから溢れているのだろうか。


 とはいえ香織は昔からモテていた。小さい頃は頃は僕より男っぽかったが、ある時から急におとなしくなり、女の子らしくなった。それ以降彼女に言いよる男たちはたくさん出てきたように思う。


 たしかに香織は男女からも好かれそうな可愛らしい顔立ちをしている。


「その、なんて言ったらいいか。私……」


 香織のくちぶりには告白されることに慣れていないようなうぶさがあった。


「私好きな人がいるの」


 彼は失恋してしまった。名前も知らない彼に僕は同情する。失恋の辛さ、絶望を知っている僕は彼と仲良くなれるかもしれない。


 とはいえ香織にはもう好きな人ができていた。彼女なら持ち前の愛嬌とその容姿できっと相手の心を射止めることは容易だろう。


 やはり僕と離れて正解だった。彼女はちゃんと青春を謳歌している。今までの僕が無駄にした彼女の時間を全部取り戻せるといいな。


「そっか、振られちゃったよ。でも良ければこれからも仲良くして欲しい」

「もちろんだよ。気持ち話してくれてありがとう」

「香織こそ。またね」

「うん」


 彼は扉を開け、階段を降りていった。そんな彼を心なしかカッコいいなと思ってしまった。振られたというのにあんな気まずくならない別れかたがあるのか。やはり同情するのはやめよう。


『青いねぇ! うん青い! まぁお前には一生無縁だろうがな! ハハハ!』


 悪魔の煽りに反応する気にはなれない。そもそも今声を出したら聞かれてしまう。僕もそろそろ帰りたいのだが、まだ香織は戻ろうとしない。それどころかフェンスの方まで歩を進め、そのまま寄りかかった。


 気づけば空は茜色に染まりかけ、絵になる香織の後ろ姿を縁取っていた。そんな絵になる姿を見つめてしまっていた。しばらくすると彼女は袖で目をゴシゴシとする動作を見せ、踵を返して室内に戻っていった。


 泣いていた?


 まさかとは思った。彼女も何か青春の悩みがあるのだろうか。きっと振られた彼と同じ立場のように、香織の好きな人もまた別に好きな人がいるのだろうか。


 僕は自分の意思で香織を突き放した。自分で選んだ選択だが、心の奥底で遠くに行ってしまう香織にどこか胸が締められるような感情が湧いた。


 うじうじとしている自分にイライラとした。香織のことも歩璃のことも早く忘れて、何にも縛られず何も考えずに早く死の時間を迎えたい。



 とはいえ悪魔との契約は絶対だった。ふと気になったが、この契約に期限はあるのだろうか。

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