15話 無双

 呆然とその場に立ち尽くしてしまった。悪魔の言っていた誘拐されるという女子高生は歩璃のことだったのだ。


 そんな彼女が複数人の男に囲まれている。


『知り合いなのか? ……って何だあの美女は!! あんな奴この星に存在するのかよ!?』


 はらわたが煮えくり返った。血管がはち切れそうなほど隆起している。なぜこんなにも苛立ちが治らないのか分からない。彼らの標的があの桐崎歩璃だったからなのか、よく分からなかった。


 悪魔の予知でも偶然でも何でもいい。ただその目の前で起こってる事実が許せない。


 僕はそれを取り出す。


『ハハハ、ようやく認めたか』

「これ……信じるよ」

『何を今更。俺は嘘つかねぇって』


 悔しいが、この期に及んでも僕はクマホを使おうという発想が消えなかった。だがどんな手段を使っても、もう彼らに負けるわけにはいかない。歩璃を守るために、心配をかけないため、なにより正体をバレるわけにもいかなかった。


 いや、多分本音は彼女の前で情けない姿を見せたくなかったからだと思う。僕にもまだそんなプライドがあるのだ。


 クマホを開き、僕は何も疑わず身体能力の欄を開いた。最大のレベルである5を選択する。しかし『アクマポイントが不足しています』と表示された。


「アクマポイント?」

『説明しよう。アクマポイントとは負の事象を食い止めてくれたお礼として俺から与えられる魔力だ。それで色んな能力が使える』


 なにやらそんな設定があるようだがそんなことはどうでもよかった。確かに所持しているアクマポイントと比べてみるとレベル5を使用するには程遠かった。今使えるのはレベル3までだった。


 だから迷わずその身体能力のレベル3を使用した。


「っ!?」


 あの時、レベル1を試して子供騙しだと鼻で笑った時とはまるで感覚が違かった。空気の流れ、目に入る情報、体の一部一部の動き、まるでその全てが頭の中に情報として流れ込んでくる。あの時の体の軽さなど比にならない。


「あんま大きい声出すなよ」

「いや……」


 歩璃は元気のある子、というわけではない。消極的かどうかも分からない。少しミステリアスじみている。しかしこういう場面で声を大きく上げるのは苦手なようだ。だからこそ僕は彼らが許せない。


 ただ残念ながらこの場面で現れるべきなのは僕ではない。彼女には僕とは正反対の容姿、積極性、本物の身体能力を兼ね備えている颯太先輩という彼氏がいる。


 僕は歩璃に隠し事をされていた。約束も破られた。そして僕が彼女の間合いに入る余地もないことも痛感させられた。でも僕はやっぱり彼女のことが忘れられない。こんな僕に助けられたって歩璃は嬉しくないだろう。でも彼が出てくるわけでもない。だったら僕がやるしかないんだ、


「嫌……助けて」


 見返りは求めない。フードを深く被り直し、彼らの前に立ちはだかった。


「……あん? なんだよお前」

「……」


 声で彼女にバレる可能性を考慮して、僕は無言を貫く。男たちや歩璃の顔色は全く窺えない。


「またかよ、だりぃな。前も変な雑魚が邪魔してきてよ」

「今回は急ぎっすからね。邪魔するならちゃちゃっと片付けちゃいましょうよ」


 僕はゆっくりと歩を進めていく。


「なんとか言ったらどうなんだ。顔も見せねぇで──」


 僕のフードを掴もうとしてきたその男の腕をパチンと払った。


「痛っ。お前……オラよ゛!!」


 僕はその男の殺意の絡んだ拳を、フードの隙間から見える狭い視界で意図も簡単に避けてみせた。やはり身体能力強化レベル1とはまるで違う。自分で戦おうとする意思が強ければ自ずとこの能力も順応してくるのを肌身で感じた。


 悪魔の言う通り、結局は補助に過ぎないのだ。つまり少しでも油断したらこの相手の拳も思いっきり懐に入ってくることになる。こんなの食らえばひとたまりもない。


「何かわしてんだ? お前よ゛!」


 今度は蹴りを入れてきた。こればかりは後ろに下がるしかなかった。当たり前のように避けているが通常の僕なら普通に食らう。でも今は、相手の動きが感覚で分かってしまうのだ。今なら運動会や体育祭でも卓越して1位の座を取れる自信があった。


「はぁ……イライラするなぁあ゛!!──ぐぅ゛ぶ」


 次にようやく僕は反撃した。男の拳を安易にかわし、彼の懐に入り鳩尾を力一杯殴った。生まれて初めて人に暴力を振るったが、いい気はしなかった。だが、こんなくらいはされるに値する事はしてきただろう。


 男はそのままアスファルトに横になり、悶え始めた。しかし突然、


「やめて……」


 側で唇を震わせている歩璃が、いつになく焦りの混じった声を放っていた。目を凝らすと、立っている男の一人がナイフを僕に向けて構えていたのだ。


 流石に怖気付いてしまい、感覚がより敏感になった。しかし逃げるわけにもいかない。こんなものを持ち歩いている異常さに呆れながら、僕は動揺を隠しながら近づいていく。


「来るなよ……来るな!!」

「嫌、やめて」


 恐怖のあまり身を固め、目を瞑っている歩璃。その傍らで僕にナイフを振りかざしたその男の手首に、僕は掌を切るように横から打ち込んだ。たちまちナイフは飛んでいき、金属音を路地裏に響かせながら転がっていった。


「お前……何なんだよ!」


 男は手首を押さえながら後退りする。鳩尾を打たれた男は痛々しく立ち上がり、口を開く。


「ちょっと舐めてたわ……お前ら囲め」


 すると男たちは連携を取り、たちまち僕は逃げ道がなくなるほど囲まれてしまった。正直かなり焦った。しかしそれ以上に自信があった。見えない背後の男の動きも感覚で分かってしまう。


 僕も生まれて初めて本気を出してみようと思う。


「オラァ゛!」

「死ね!」


 一斉に襲いかかってくる男たちを1人1人丁寧にいなしていく。体を反って拳を避け、相手の関節部分を蹴り、隙あれば鳩尾を殴り込み、全てが無駄のない動きだったと思う。現実味のない動きをし、ほぼ無傷で男たちを戦闘不能にさせた。


 そして悶えている男たちを見下ろしながら、頬が緩んでしまった。普通の自分じゃ絶対にできないようなこの力をうまく使いこなし、純粋に楽しんでしまっていたのだ。こんなずるい能力はきっとたくさんの人が欲しがるだろう。


「もういい……行くぞお前ら」


 彼らはのっそりと立ち上がるや否や、足早にその場を去って行った。


『やるじゃねぇーか!! カッコよかったぞ』


 歩璃の目の前で見えない存在と対話するわけにもいかず、バレる訳にもいかない。早くその場から去らなければならない。


「あの……あなたは」


 踵を返し路地裏を抜けようとする。背後から呼びとめるそのぎこちない声に僕は止まりかけた。片想いだと分かっても、彼女の目に僕が映っていないとしても、僕はやっぱりどんな話題でもいいから彼女と話したかった。


 いい加減忘れないとな……。


 どんどん足取りを早める。


「待って下さい」


 再び放った彼女の透き通る綺麗な声は、僕の足音にいとも簡単に掻き消されてしまった。


 

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好きな人には恋人を作られ、幼馴染には見捨てられた。何もなくなった僕は悪魔と一緒に世の中を変えようと思う カクダケ@ @kakudake

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