解放のファンタズマ 2ー①
2
「えーと、まずはバンデーラ殺しだが、奴の組織についてはカラビニエリでも目を付けていたし、警察とも協力関係にあるから一通り知っている。
バンデーラはあくどい金融業で大儲けする傍ら、繁華街に
「だけど、逮捕には至らなかったんだね」
「ああ。かなり用心深いタイプで、確たる証拠が出なかったんだ。そいつが突然、オズヴァルド・コッツィという無名の
「映像資料があるみたいだから、見てみよう。バンデーラのパソコンから押収した、監視カメラの映像だってさ」
フィオナは報告書に挟まれていたDVDを、アメデオのパソコンに挿入した。
犯行日時のファイルを探して再生する。
モニタに映る画面は十二分割されており、玄関の内と外、リビングらしき豪華な部屋、ダイニングルーム、階段、廊下、寝室内等にカメラが設置されているのが分かる。
犯行時刻は午前三時とあって、画面は暗く、画像は粗かった。
寝室の広いベッドには、バンデーラが無防備に両腕を広げて眠る姿がある。
「こりゃあ随分と取り付けたもんだな」
「しかもボディガード任せじゃなく、自分のパソコンで日頃から人の出入りをチェックしていたんだとしたら、確かに用心深い男だね」
「だとしても、寝室にカメラとは悪趣味だ。盗撮趣味でもあったか」
「
「あり得るな」
そんなことを言い合っていると、玄関先を映す画面に不審な人影が現れた。痩せ型で、グレーのシャツに黒いズボンを
背格好から見て、オズヴァルド・コッツィだ。
コッツィは辺りを
扉が開く。
コッツィは
「玄関は暗証番号で開く電子ロック式だ。しかも鍵は二カ所ついてる」
「ああ。だが、コッツィはその番号を知っていたようだ」
三階まで、コッツィは迷いなく進んで行った。
そして廊下を進んでいたコッツィが立ち止まり、扉の電子ロックを開けている。
開いた扉の先は寝室だ。
コッツィは銃を構えて入って行き、ベッドの足元に立ち、二発撃った。
火花が光る。
バンデーラの身体は
布団に血が広がっていく。
バンデーラが動かなくなると、コッツィは銃を床に落とした。
肩で大きく息をしている様子だ。
それから窓に歩み寄ってそれを開け、シャッター式の雨戸も開けた。
窓辺に
そのまま数分の時が流れ、コッツィは窓の外へ消えた。飛び降りたのだ。
フィオナはそこで映像を止めた。
「見事に犯行が映っていたね。大佐はどう思った?」
「躊躇いのない殺しだった。コッツィには、殺人の余罪があるかも知れんな。もしくはバンデーラを殺害するという強い意志があったと見える。
一番のポイントは、コッツィが電子ロックの番号も、バンデーラの寝室の場所も知っていたことだ。手引きした共犯者が内部にいたんだ。そしてこの日、バンデーラの妻ロザーナは、実母に会いにナポリに旅行中だったという。
つまり、ロザーナが怪しい」
「まあね。警察の捜査によると、バンデーラとコッツィには接点がなく、コッツィが事前に寝室の場所や暗証番号を知り得なかっただろうこと、バンデーラがたびたび暗証番号を変えていたこと、殺害日前日に変更した暗証番号をロザーナだけにメールで知らせていたことが分かっている。バンデーラのボディガードでさえ、新しい暗証番号は知らなかったそうだ」
フィオナは報告書を確認しながら言った。
「やはりな。話は決まりだ」
「ただ、ロザーナは重要参考人として取り調べも受けたし、コッツィとの接点も調べられたけど、疑わしい点はなかったみたい」
「調べが甘いからだろう。お前はどう思ったんだ?」
アメデオは煙草に火を点け、フィオナを見た。
「そうだね……。コッツィの行動には謎が多いと感じる。特に気になったのは、バンデーラを殺した後、彼が祈るような仕草をしていたところ」
「そりゃあお前、地上の罪からの解放と永遠の安息を祈ってたんだろう」
「誰の安息だい?」
「バンデーラだか、自分だかのだよ。カソリックなら、そういうものだ」
「そうかな……」
「ま、その辺りはコッツィの周辺に聞き込みすればいいだろう」
「うん。コッツィは強盗事件を三件、強盗致傷事件を一件起こしていた。そして、重い腎臓病でセント・エバンズ病院に通院していた。主治医を訪ねれば、詳しい病状や彼の心境も分かるかもね」
「おう。あとはロザーナへの聞き込みだな」
アメデオは要点と思われるメモ部分に印を付け、ノートを
「で、ええと、それ以前に起こった類似事件というのが……」
「今から約一カ月前、ファビオ・ガリレイが潜伏先のアパルタメントで、ロイド・アリプランディに刺殺された事件だね。
犯人のロイドは、殺害の二十分前、ファビオの家の玄関前で、ファビオと名乗って宅配サービスを受け取っていた。そして今度は自らを宅配業者と偽り、ファビオが玄関を開けた途端に滅多刺しだ。
犯行を済ませたロイドは自宅に戻り、『ファビオ・ガリレイを殺しました。俺は天国へ行きます』という遺書を残して首吊り自殺。
そんなロイドにも窃盗や強盗の前科があり、余命宣告を受けた癌患者でもあった」
「確かに、バンデーラ殺しにそっくりだ」
「そうだね。そしてコッツィが暗証番号を知っていたのも謎だし、ロイドがファビオの潜伏先を知っていたのも不思議だ」
「言われてみりゃあそうだな。やはりファビオの身内からの情報があったと考えるのが妥当だろう」
「ファビオに潜伏場所を提供していたのは、ムショ仲間のアドルフォ・デルリーネって男だった。彼が偽名で家を借りていたのが、捜査中に分かっている。
それにしたってさ、ロイドはファビオが宅配サービスを頼んだなんて細かい情報まで知ってたのかな? それとも宅配サービスを頼んだのはアドルフォだったとか? 色々と謎だよね」
「何が謎なんだ? もし、アドルフォが予め宅配サービスを頼み、ファビオに荷物を受け取るように指示していたとしたら? そして受け取りに現れたファビオを殺すよう、ロイドに依頼したとしたら?」
「うーん。それって、する必要あるかな?」
「だが実際、そうなら話は通る」
キッパリ言ったアメデオを、フィオナは冷たい流し目で見た。
「そういうところさ」
「何が言いたいんだ? そもそもアドルフォとファビオはムショ仲間だと言ったろう。そういう輩はしばしば共犯関係だったり、金銭トラブルを抱えたりしている。二人の間に揉め事があってもおかしくない話だ。
それに実行犯のロイドとファビオの間にだって、人間関係や金銭トラブルがあったかも知れないし、ロイドとアドルフォの間に貸借関係があったかも知れないだろう? それなら
「それは単なる憶測じゃない。ロイドとファビオの間に関係性は見つかっていない。
だからこそ、この事件が未解決案件入りして、結果、大佐の部下の目に留まった訳じゃないか」
「だがな、一カ月前の事件が未解決なんて、よくあることだ。つまりは決定的証拠がまだ見つかっていないだけのことだろう」
「そう、大佐はそう思うんだね。なら聞くけどさ。大佐とボクはある意味、共犯関係にあるよね?」
「まあ、ある意味な」
「仮にボクが大佐に
するとアメデオは大きく首を
「さあな……。確かにお前はムカつく奴ではあるが、殺そうとまで考えたことはないから、よく分からん」
「考えたことがなくて当然だろ。仮に、の話だよ」
「うーん……。しかしお前と俺の関係と、ファビオとアドルフォやロイドとの関係とは又、違うからなあ」
真顔で考え込んだアメデオに、フィオナは短い溜息を
「もういいや。とにかくボクは気になるんだよ。ロイドがファビオ殺しを請け負ったなら、その理由とか、メッセージ性があるのかないのか分からない遺書とかね。
辻褄が合うとかどうとかはさておき、この事件ももう一度、しっかり調べた方がいい」
「ああ、それは当然、そのつもりだが……」
アメデオは不意に襲ってきた眠気に抗いながら、そこで一つ、咳払いをした。
「で、お前は何を調べるべきだと思う?」
「まずはこの事件で取り調べを受けた人物の洗い直し。それと、ロイドが通っていた、ルイージ総合病院の当時の主治医の話も聞いておきたい」
「ああ、そうだな、了解した。アポイントメントを取っておこう」
アメデオはノートにペンを走らせた。
「さてと、今日出来ることはこの辺りかな」
「うん。あとは、この二件と類似した事件のリスト化だね」
「ああ、そうだった。部下達とマヌリッタ長官に依頼すりゃいいんだよな」
アメデオは卓上の電話を手に取り、内線のボタンを押した。
「じゃあね、大佐。後は宜しく」
部屋を出て行こうとしたフィオナをアメデオは背後から呼び止めた。
「待て! まだ行くな!」
「……何だよもう」
フィオナが仕方ないという風に肩を
「カルリ少尉か。俺だ。アメデオだ。先程のブルーノ・バンデーラ殺しとファビオ・ガリレイ殺しについてだが、確かに見過ごせない類似点がある。
この二件の洗い直しは俺の方で行うが、お前達には同様の事件が他になかったか、リストを作成し、事件内容を
普段よりワントーン低い声で話すアメデオの声は、それなりに貫禄があるものだな、とフィオナは思った。
「……うむ、そういうことだ。……うむ、その通りだ。被害者、加害者共に犯罪歴があり、加害者は被害者を殺害後に自殺。そして、加害者が余命宣告を受けていたケースだ。……何だと?」
そこでアメデオは咳払いをし、フィオナを手招いた。
「ふむ……余命宣告というキーワードで検索できるかは分からない、と。ふむ。そうだな、余命宣告を受けることがある病気といえば、だと? 例えば、そうだな……」
アメデオがフィオナに目配せをする。
「代表的なのは、白血病を含む癌。あとは重度の心臓病、肝臓病、腎臓病、糖尿病といったところかな。当然、余命宣告というキーワードで引っかかれば、それも」
フィオナの言葉をアメデオは部下に伝えた。
「……ふむ。ふむ。調査対象の期間は何年間位か、だと?」
アメデオが再びフィオナを見る。
「十年……いや念の為、二十年かな」
「念の為、二十年間だ。なるべく急いでくれ。遅くとも一週間以内にだ」
アメデオは内線電話を切り、大きく息を吐いた。
「ふう、助かったぜ」
「じゃあ、その調子で長官への電話も頑張って。あと、アポイントメントの件も頼んだよ」
フィオナは軽く手を振り、アメデオの部屋を後にした。
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