プロローグ 天使と悪魔のゲーム③
3 主をおののきつつ喜び踊れ
大いなる祝福に守られたその日、ローマ法王は、金と紫と赤をあしらった鮮やかな
法王はカソリックの総本山、サンピエトロ大聖堂の扉の前に立ち、短い祈りを
これは神の扉
神に従う人はここに入る
正義の扉よ開き給え
法王は両手でゆっくりと押すようにして大聖堂の扉(聖なる扉)を開け、そのまま
折をみたように流れ出したのは、日本の「さくらさくら」のメロディだった。法王が日本好きであった為に、わざわざその曲を指定されたのだ。
祈りを終えた法王は、その老体を両脇から支えられてゆっくりと立ち上がった。渡された大きな聖書を両手で掲げ、聖なる扉の前に立つ。そして一歩前に進んだ。
十字架を先頭に
司教、大司教、
法王祭壇には、彫刻家ベルニーニによって造られた巨大なブロンズの
さらに天蓋から上を見ると、ミケランジェロが晩年に設計した
法王の主司式によるミサが、夜中の十二時丁度に始まった。
真っ赤なポインセチアで飾られた中央の法王祭壇に立った法王は、突然、天上から天使の歌声を聞いた。驚いて上を見上げる法王。しかしその瞬間、今度は、地の底から悪魔達のうめき声が聞こえてきた。
法王は恐れ
父と子と聖霊の
私たちは罪人であり、
この神聖な祭りを祝う前に、
私たちは自分の犯した罪を認めよう。
主よどうぞ哀れんで下さい。
パイプオルガンが大聖堂一杯に雷鳴のように鳴り響き、あたかも天使のような聖歌隊の歌声が流れ出す。荘厳な雰囲気の中、三人の助司がラテン語とギリシャ語で旧約聖書を朗読した。その間、法王は司牧杖に額をつけて祈りに入っていたが、朗読を終えると出席者全員に祝福と説教を始めた。
「聖なる夜、我らが救い主がこの世にお生まれになられました。二千年前からキリスト教会はこの喜びに満ちた日を告げることを心から願ってきました。この聖なる夜に、天使は千年のこの最後に生きる私たち人間にこうお告げになっています。『恐れることはない。今日、ダビデの町にあなた方のために救い主がお生まれになった。今日、この時、今日という日が特別な響きを持ちます』と……。
今日は救い主がお生まれになった日というだけでなく、厳かな大聖年の始まりを告げる年でもあります。私達は清らかな心で、この歴史的な瞬間を迎え入れましょう。
この日、神は人となられました。私たちと同じ体を持つ人となられたのです。この時から歴史の中に姿を現されました。二度とない今日というこの日。永遠の神が姿をお現しになり、人々の営みの中に入ってこられたのです。聖なる夜、我らの救い主がこの世にお生まれになりました。
大聖年の始まりを告げるこの日は希望の日でもあります。主キリストは聖夜ベツレヘムに生を受け、私たちとともに
会場は水を打ったように静まり返っていた。森厳たる法王の声が響き渡る。
「イエスは主の道、唯一の真実、なにとぞ我らをお導き下さい。キリストのみが御存知の神の道、私たちに豊かな命を教えるために。
キリストは生ける神の御子。あなたは私たちの主の御国の扉。あなたは真の象徴としての扉。そして私たちはこの聖なる扉を聖夜に開きました。
キリストよ、なにとぞ私たちに父なる神の神秘の奥義を伝える扉であり続けて下さい。主の慈しみと平和をすべての民の上にお与え下さい。
主キリスト、私たちの唯一のメシア、救い主、これがクリスマスメッセージです。
今、この聖なる夜に大聖年の幕が開きました。聖母マリア、新しき千年も、私たちのそばでお守り下さい。私たちは大聖年の第一歩を主の恵みと慈しみを信じて力強く踏み出します」
法王の説法に続いて、アフリカ、フィリピン、サモアなどの人々から、貧しき者に福音を、暴力、貧困、差別と向かい合おう、と共同声明が発表される。
それを聞いた法王は、このように祈りを捧げた。
「神よ、あなたは万物の創造主、私たちに大いなる喜びと祝福を与えて下さる大地の恵み、労働の実り、私たちは聖母とともに信徒とともにこの交わりの中にいます。正しき神、真実の神、救い主としての神、私たちは全世界の祈りを聞きます」
引き続き、赤い着物姿の日本の少女を先頭に民族衣装の子供達が、手にパンと
法王は顔を
「神はあなた方とともにある。心を高く掲げよ。神に感謝を捧げよ。
法王は子供たちが持ってきていたパンと葡萄酒を手にかざした。
「神よ、これらを祝福し、受け入れ、誠の捧げ物として下さい。私たちのために、
法王はパンを高く掲げながら跪き、葡萄酒を持った。彼の手によって、パンと葡萄酒は「キリストの実体」へと変化し、他の被造物とは異なる存在となる。
「これは血です。人々の救いのために流された血です。神に平和がいつもありますように……」
周囲の人々が「
イエス・キリストの御身体となったパンを持ち世界各国から集まった神学生、神父の手によって、ミサに参列していた人々に聖体拝領が行われていった。
大聖堂に入れなかったカソリック信徒たち、修道女や修道士、そして世界各国からの巡礼者は、天に向かって祈り、すすり泣いた。小雨が降る寒い夜だというのに、彼らの祈りは止むことなくサンピエトロ広場にこだましていた。
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