バチカン奇跡調査官
藤木稟
黒の学院
プロローグ 天使と悪魔のゲーム①
一息、一息を吸うのに
空気が鉛のように重かった。
私の体は、確実に死へと向かっている。
これも聖なる母子を
我々、人間は、神の
私は今、神が初めて人であるアダムを創られた時、
その鼻に息を吹き込みたもうたことを思い起こしている。
私は、その息を奪われて死ぬのであろう。
信仰
そこには神の怒りの息吹が吹き荒れている。
グレゴリオ・カミュ
――
プロローグ 天使と悪魔のゲーム
1 主の支えによりて我は目覚める
聖年のクリスマスイブ、十二月二十四日、晴天。
いつもと違うバチカンの朝が明ける。
お
大理石の石柱がいくつも
この広場はバチカン市民にとっての憩いの場であり、いつもは、天まで抜けるような青い空の下で観光客の声とともに鳩の鳴き声が聞こえている穏やかな空間であり、老若男女が
だが、そんなサンピエトロ広場が、その日ばかりは、世界中から集まったカソリック信者や修道士、修道女達、およそ六十万人で埋め尽くされていた。朝から熱狂的な興奮が広場に渦巻いている。
神父ロベルト・ニコラスは、朝早くから、この日の為に用意していた新品の礼服に着替え、家を出た。通りすがる同僚や上司達に
呼び鈴を何度も鳴らしたが応答がない。そこでロベルトはドアノブを回した。
部屋のあちこちを眺めてみると、この部屋にはやたらと無駄なものが多い。部屋の半分はそんなガラクタで埋まっていると言って良いだろう。万華鏡や望遠鏡、中世の騎士の
何はともかくとして他のことは平賀は日常的なことに興味を示さない男である、というか非常に疎かった。
やはりな……。と、ロベルトは内心吹き出しそうであった。
「まだ何も用意が出来ていないようだね」
ロベルトが言うと、平賀は多少どもり気味に、
「さっ、さっきから去年のクリスマスの時に着た礼服を探してたんです。たしかに簞笥の奥にしまい込んでいたはずなのに、みつからないんですよ」
平賀は礼服探しにやっきになっている様子だ。
「君に探し物は似合わない。それより、
「そうですか、じゃあお願いします。いつもありがとう、ロベルト・ニコラス神父」
「なんのなんの、慣れっこだよ」
平賀はくるりと向きをかえるとまたばたばたと足音をたててバスルームの中に入っていった。
「なんでこんなのが、見つけられないんだか……。それにしてもくしゃくしゃじゃないか」
ロベルトは仕方なく洋服簞笥の横にある簡易なアイロン台で、礼服の皺を伸ばしていった。
「ありましたか?」
平賀がバスルームから半裸で現れた。その体は実にほっそりとして
「あったさ。今、アイロンをかけている」
ロベルトがそう言うと、「自分でやりますから」と、平賀がアイロンを取り上げた。そうして危なっかしい手つきで、アイロンをかけ始めた。ロベルトは近くの椅子に腰を下ろし、彼の愛するこの日本人の青年神父の後ろ姿を眺めていた。一時間近くかけてアイロンはようやく仕上がった。平賀が興奮気味に礼服を着ながら言った。
「今夜、いよいよですね。私にとっては初めての聖年のクリスマスです。緊張します。しかも大聖年ですし」
ロベルトは、鏡を見て硬くなっている様子の平賀に歩み寄り、その肩を
「緊張せずとも大丈夫だよ。大聖年のクリスマスといったって、僕らが特別なことをするわけじゃないんだから。といっても、やることはいろいろと多い。さっさと聖堂のほうへ急ごう」
聖年とは二十五年に一度、罪の
とくにキリスト生誕の二千年目にもあたり、聖年でもあるこの年には大きな意味があった。何故なら、キリストは自らを門であるとし、その門を通らなければ神と出会うことができないと示した。その門を「聖なる扉」というのだ。そしてキリスト教では西暦二〇〇〇年を新たなる三〇〇〇年紀を迎える年として「大聖年」と位置づけていたからである。
平賀が
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます