第13話 水瀬の様子がおかしいんだが

1時限目の歴史の授業中。


隣の席にいる水瀬は話しかけることなく、体を少し傾けながら、チラチラと俺のことを見ていた。


正確に言えば、机の下で弄っているスマホを見ていた。


奇跡的にエアコンが壊れる事態が発生した7月。

教室窓際という絶好のロケーション。


昨日は忙しくてできなかったソシャゲの消化を、俺はしていたわけだが……


視線が気になってゲームに集中できない。


先週までは全く気にもかけなかったというのに、友達にになった瞬間にこれだ。


俺は、水瀬と目が合った。


目を逸らされた。なんで?


再び視線を落とすと、やはり右方から水瀬の圧を感じる。


聞いてくれれば答えるのだが、水瀬は頑なに口を開こうとはしない。


とは言え、負けた気分になるので俺も言いたくはなかった。


気になるけど!


睨み合いが数分続いた頃。


観念した水瀬は、俺の肩を左手の人差し指でチョンチョンと叩いてくれた。


「な に し て る の?」


発声せずに、口をゆっくりと大きく開いていく。


「ソシャゲ」


小声でそう呟く。


すると、水瀬は首をブンブンと振って黒板を指差した。


「先生に声聞こえる?(無発声)」

「聞こえないよ」


窓際の絶好の位置。蝉の声も相まって誰も聞こえない。


というか、話さなかった理由が授業中だからか。


水瀬は、派手な容姿なのに意外と真面目なんだよな。


首をブンブンと再び振った水瀬。

俺にノートの切れ端をポイッと投げ渡してくる。


『授業はちゃんと聞かなきゃだめだよ!』

「大丈夫。ノートは後で写してる」

『健人くんのノートもとってあげる!』

「いいって」


俺がそう言うと、水瀬は少し頬を膨らませる。


「星宮なんか怒ってる?」

『ノートとってあげたかったなーって』


お前は俺のママか。

水瀬は続けてノートの切れ端を投げ渡した。


『今朝のこと。私が押し倒したことにしても、健人くんが押し倒した空気になってた。ごめん』


ああ、そのことがずっと言いたかったのか。


今朝の出来事。実は、俺にもメリットがある。

水瀬グループとの仲を親展させないことにより、今後起こるであろう由々しき問題を事前に回避できたわけだ。

あの男子生徒の憎悪の視線を見た後だと、大正解だとすら感じる。


「俺の意思でやっていることだって。だから気にするな」


心が軽くなった俺は、ソシャゲに再び視線を落とした。


目鼻立ちがくっきりとした和服風の服をキャラのレベルを上げると、待機ムーブを観察するために数秒放置する。


お? 動いたぞ。


俺は色々な角度から眺めた。上、右、左……そして下。


瞬間、今朝の水瀬の表情が思い浮かぶ。


長いまつ毛。


驚いたのか目を見開いて瞳。それでいて少し緊張したような表情。


扇状に広がった金色の髪。


呼吸で上下した胸部。ドクンドクンと心臓が鳴っていた気がした。


って何を考えてるんだ俺は。


羞恥心発令警報。


後ろめたい気持ちになり、俺は水無瀬の顔をチラリと見た。


水瀬は、微笑んでいた。


口元が奇麗な弧を描いて、ノートの切れ端を渡してくる。


『さっきの話! それでもやっぱり嬉しい』

「そ、そか」

「うん!」


擦れているような小さな音量だけど、微かに漏れ出る嬉々とした声が聞こた。


少しドキッとする。


落ち着け。何かの間違いだ。


今朝の危機的な状況を乗り越えようとしたからだ。


所謂、吊り橋効果。


Vtuberにも恋をしない俺が、誰かを好きになるわけが無いのだ。


ましてや、学校一の美少女に惚れているとか自惚れが過ぎる。


俺は頭をリセットするために、大きく深呼吸をする。


吸って。吐いて……肩をチョンチョンと叩かれて……


水瀬は、首を傾げていた。


「ど う し た の?」


ゆっくりと大きく口を開いていく。


リップクリームでも塗っているのか皴一つない薄桃色の唇が動いていく。


「な、なんでも」

『ふーん。そっか。ふーん』

「なんだよ」

『別に―。健人くんが照れてたのかなーって!』


結局言っちゃうんだ。水瀬、本当に素直だよな。


水瀬はノートの切れ端を俺に渡すと、ゆっくりと口を動かした。


「健人くん。かわいい」

「んんん!!」

「かわいい」


だからそれ止めろ!! 


体が沸騰しそうになる。なんだよかわいいって。


どういうことだよ!


汗が噴き出てくる。

俺はワイシャツをパタパタと動かすと、クスクスと笑い声が聞こえてくる。


『今日の健人くん変かも!』

「暑さのせい」

『今度から、暇な授業中に私のこと構ってよ』

「なぜそうなる。授業は聞かなきゃダメなんじゃなかったのか」

『だって健人くんともっと話したいんだもん』

「優先順位は俺かよ」

「も ち ろ ん!」


上半身のみを俺の傍に寄せると、水瀬は小声でそう呟いた。


甘い吐息。耳が死ぬ。体がブルリと反射的に震える。


「吐息が!」

『わざとじゃないから!』


いつの間にか、学校内でも話すことが前提になっているのはなぁぜ。


俺の意思は関係ないらしい。


「分かった。全力で相手する」


俺がそう言うと水瀬は、ノートを俺に見せた。


水瀬に似た女の子が両手を上げて喜んでいる絵だ。


そんなに喜んでくれるのなら、断る理由がない。


他の生徒から気づかれることはないから安全でもある。


「いい暇つぶしになるし」

「う ん わ た し も!」


なんか凄くこそばゆい。


俺は逃げるように、消えていたスマホの画面を転倒させる。


「とりあえず……ゲームするわ」

「待って」


水瀬は、長めのノートの切れ端を俺の机に投げた。


『これだけは絶対に言いたかったから! 転倒したとき私を庇ってくれたよね? わざと悪者になってくれたよね? 私は健人くんのそういうところが好き』


気付いていたのか……


というか、好きってなんだよ好きって!!


性格が好きってことだよな?


やはり今日の俺は暑さにやられているらしい。少しドキッとする。


隣をチラリと確認すると、水瀬はノートに大きなハートマークを描いている。


外国人並みの愛情表現だ……


「星宮は、本当に素直だよな。V垢でも」

「嘘は嫌」

「今もなお朝比奈水瀬を押している理由が、そこにある」

『もう! ほ ん と こ ま る! じゅ ぎょ う ちゅ う な の にー!』


何故か怒られてしまった。

前を向いた水瀬は、板書を進めていく。


しかし、その途中で小さな声で呟いた。


「私のことを守ってくれてありがと」


素直なお礼の言葉だった。


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