第10話 水瀬と小鳥遊健人ってどんな関係?

月曜日。

ユトが張り込みしていると思っていたが、水瀬の荷物を無事に運べた。

あれからユトから連絡もないらしい。

聞いたところによると、男子の連絡先を全部消したからだそうだ。


俺は酷く動揺した。

男子嫌いに陥らないといいが。


そして次に、水瀬は、朝食を食べるように要求した。


きのこたけのこ戦争の勃発かのように思われた。

しかし、「健人くん。朝食は食べない派だった?」の一言によって終焉した。


味噌汁に白米。それにコンビニで買ってきたであろう卵とウインナー。

サラダ。


贅沢すぎる朝食を一生懸命に作ったと思うと、俺は食べずにはいられなかった。


「いただくよ」と答える。


水瀬は頷くと、頬を蕩け落ちそうにさせながら食べていく。


本当に美味しそうに食べていく。右手に茶碗を持ち、丁寧に良く噛む。

猫背には決してならず、ピンと背筋を伸ばしながら。


名家出身の片鱗が見えた気がした。


俺はと言えば、朝から胃袋に食べ物が入らないタイプ。

ウインナー一つで満足できた。


頑張って白米をかきこんでいると、水瀬の声が聞こえてくる。


「健人くん!」

「どうした星宮」

「やっぱり朝食は食べない派だった?」

「全然。寝起きだと、食べるのが遅い派」


堂々と嘘をついた。

その甲斐あり、水瀬は、向日葵のように顔を綻ばせた。


「良かった! サラダも食べてね」

「え、ああ」


あまり野菜は好きじゃないんだけど……


俺はレタスを箸で摘まみ、口の中に入れる。

それを繰り返す。


その様子を、水瀬はずっと見ている。


「な、なんだよ……」

「その、味はどうかなって」

「ああ、上手いよ。それと、一つ気になったことがあるんだ」

「ん-?」

「なんでエプロン着てるんだ?」


ピンクの花柄のエプロンを、水瀬は俺のティーシャツの上に着ている。


「ふふーん! ようやく気付いてくれた!」


自慢気に微笑むと、水瀬は立ち上がり、再びきつく締め直した。


そのせいか胸部がより強調される形となる。


「どうかな?」

「最高だと思うよ」


いくらかわいい物が好きだとはいえ、きつく縛ったエプロン姿を同級生に見せるな。

とは言えなかった。


「あとでZに投稿しよ~!」

「それは止めた方が良い」

「なんでー?」

「その、胸の形が」


瞬間、水瀬はハッとした表情で真下を向く。


赤く染まった頬。


エプロンを何気なく脱ぐと、静かに台所へと向かって行った。


「ごめん水瀬」


気まずくなった俺は、急いで白米をかきこむと、自室へ籠った。



であるから、俺たちは別々に登校することになった。


と言うのは嘘だ。


通学路。

皴一つない制服を着た水瀬は、隣にいた。


ぴったりとくっつくほどの距離感。

元からパーソナルスペースが狭いタイプではあるが、男子にも同じように接するようだ。


ローファーをカツカツと二人で鳴らして閑静な住宅街を歩く。


俺のことを横目でチラチラと見てくるけれど、水瀬は一言も口を開かない。


先日の裸を見られることよりも恥ずかしくはないと思うのだが、シラフだからだろうか。


俺は、あえて黙って横にいることにしたのだが……


そろそろ潮時か。


高校に近づいていることもあり、チラホラと別学年の生徒の姿も見え始めた。


これ以上、水瀬と一緒に歩くことは不可能だった。


「星宮。別々に登校したほうが良いと思う」


その一言で今までの雰囲気は一変される。


「なんで!?」


水瀬は、目を丸くした。


「だって、俺と星宮はクラスで話さないタイプだろう?」


それに星宮は学校一の美少女であり、男子とは距離を置くタイプ。

これまでの高校生活において、水瀬が男子と仲良く登下校している光景は目にしていない。


そんな存在が、俺の真横にいたのなら違和感がある。


「私は健人くんと一緒に登校したいよ? ダメ?」


その言い方は、反則だ。

いつも明朗なのに、しんみりとそう言われたら断れないだろ!!


ハッと溜息。

それでも、


「よき理解者でいるつもりではある。でも、ダメだ。ネットのニースは見たか?」


水瀬は、無言で首を縦に振る。


「マイナーなニュースサイトやZのトレンドで、今回の件が広まった。俺の自宅にいることもまとめられている」

「うん。私も見た」

「水瀬は鼻以外の顔を晒しているわけだから既にビンゴ状態だ。そこに同姓同名の俺の存在があれば、一気に星宮水瀬が朝比奈水瀬であることが広がる」


俺が一番懸念していることは、リアルの情報の流出だ。


Vtuberのファンは熱狂的な人が多い。


個人情報が流出したら、ユトのようなストーカーが湧く可能性がある。


推しの悲しむ表情は、もう見たくはない。


「健人くんは、私のことを心配してくれてるんだね。被害が広がらないようにって」

「ファンとして当然だろ」

「そっか」

「中の人も知ってしまった。リアルの水瀬も大事にするのは当たり前だ」

「……ありがとう!」


水瀬は、嬉しそうに微笑んでくれた。


これで万事解決。


ホッと一息。


と、思っていた。


急に立ち止まった水瀬は、口元を両手で覆い隠していた。


「……星宮?」

「ううん。健人くんの気持ちが伝わってきて、嬉しいだけ!」

「今さらだろう?」


Vtuberと言ったら水瀬。

それくらい俺は肩入れしてきた。

陽キャ属性のクラスメイトと知っても、応援する気持ちは変わらない。


それくらいのことで推しに対する愛情が変化することはない。


今後も配信で俺たちを癒し萌えさせてほしいと思っている。


「ううん。私にとっては、初めてだよ」

「そっか。そうだな。でも、俺はずっと昔からだ」

「ずっと昔から……」

「当たり前だ! 俺がどれだけ水瀬を見て救われた事か」

「んんんんん!」


水瀬は、顔を赤く染めてくれた。

しかし、モジモジと唇を震わせて、後ろを向いてしまった。


「もぅぅぅ! 本当に困る。告白もされていないうちから、愛を伝えられても……」


水瀬は何やらブツブツと呟いている。

きっと照れくさいんだろう。


「水瀬は、俺の心の支えだ」


FPSで負けた日。面白くないアニメで心が荒んだ日。

一人で晩飯を食べている日。


水瀬の配信に行くと、荒んだ心が奇麗になった。


「んんんんん!!」


振り返った水瀬の頬は、真っ赤に染まっていた。

沸騰したという表現が適切かもしれない。


瞳を左右に泳がせながら、唇を内側に潜らせるように挟んでいる。


「まぁ、当たり前のことだよ」

「当たり前のこと」

「そう。当り前」

「じゃ、じゃぁ、私も健人くんを放さないんだから」

「分かってる」


理解者として、俺は水瀬をサポートするつもりだ。


「……だから」

「ん?」

「健人くんと一緒に登下校する。Vtuberをやってることがバレても平気。何があっても、隣にいたい!!」

「……」

「だって健人くんがそこまで言ってくれてるから」

「へ?」

「えぇ?」


小首をゆっくりと傾げた水瀬は、『何か変なことを言いましたか?』と言いたげだった。


「星宮……もしかして」

「健人くん。ユト先輩が……」

「え?」


水瀬のマンションからの路。

壁に寄り添ってスマホを弄っている大学生らしき人物が見える。


「あの人が」

「うん」

「とりあえず、学校に入らないと!」


俺は、水瀬の手を掴んで駆けた。校門をくぐり下駄箱までの道のりを必死に。


そうして、ようやく下駄箱に辿り着くと、俺たちは注目の的だった。


不可思議そうに俺たちを見つめる生徒。


「水瀬、おはよ。ってなんで小鳥遊と手を繋いでいるの?」


水瀬の親友――有本雫が、怪訝そうな目で俺たちを見ていた。

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