第11話 女子と連絡先の交換は御法度です

「水瀬、おはよ。ってなんで小鳥遊と手を繋いでいるの?」


水瀬の親友――有本雫が、怪訝そうな目で俺たちを見ていた。


「し、雫! 怖かった」

「怖い表情して、どうした。どうした」


眉を顰めた雫は、上半身をくの字型に曲げて、交互に俺たちを見た。


「小鳥遊? 水瀬となんかあった?」


少々日焼けした肌。黒髪ロング。

奥二重の目元から、懐疑的な視線が向けられる。


「えーとだな……」


俺は、水瀬を横目で見る。


怖かったのだろう。


わなわなと震えている唇。瞳は俺たちを捉えているが、どこか上の空だ。


「星宮は、ストーカー被害に遭っているんだよ」

「先日の話は、本当だったわけか」


雫は、大きく嘆息した。


「水瀬、本当にモテるからねー。一年生の頃もストーカーいたよ。まぁ同じ学校だったから、話合いで解決したけど」

「有本さんも参加したのか」

「水瀬はもうほんと、柔らかい! 細い! 白い! 繊細! みたいな感じじゃん」


同意したら変態扱いで、否定したら最低扱いされる質問じゃないか。


満面の笑みで同意を求められても困るのだが。


「まぁ……有本さんがそう言うのなら、そうなんだろ」

「でしょ。小鳥遊、分かってんじゃん」

「どういたしまして?」

「小鳥遊も水瀬一人だけじゃ、不安でしょ」

「まぁ」

「あたしは運動部だから体力にかなり自信がある。気も強い。で、水瀬の様子を見る限り、今回はガチな感じ。小鳥遊。あたしの大事な友達を傷つけた奴は、誰?」


どう料理してあげようか、と言いたげな不敵な笑みを浮かべている。


その気持ちは、理解できるが……Vtuberをやっていることは、俺の口からは言えない。


どうしようか考えていると、水瀬が口を開いてくれた。


「雫。心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ!」


ぎこちない笑みだけど、いつものように瞳をキラキラと輝かせている。


「水瀬は、今の状況を理解して言ってるわけ?」

「んー? どういうこと?」


雫は、大きなため息をついた。


「水瀬たち、絶対に口裏合わせてるでしょ……」

「俺もか?」

「小鳥遊も」


俺たちは、互いに顔を見合わせて首を傾げた。


「雫。ほんと何言ってるの?」

「手!!」

「手?」

「いつまで小鳥遊の手を握ってるの?」


掌から伝わってくる柔らかく暖かい感触。

ほんのりと湿っている。


俺と水瀬は、反射的に手を離す。


「びっくりした!!」

「俺もびっくりしたぞ」

「やっぱ二人とも、口裏合わせてるよね……」


雫は、怪訝そうに顔を覗き込んできた。

朝練終わりなのだろう。柑橘系の制汗剤の匂いがする。


「合わせてないって」

「じゃあ、水瀬に聞く。この複雑な状況は何? まずは二人が手を繋いでいた状況から聞かせて」

「驚かないで聞いてね」

「うん」


水瀬は、昨日のことを全て話した。


「ということがあったんだー」

「大丈夫だったの?」

「うん。健人くんが助けてくれたから」

「そっか。小鳥遊ありがとうね」

「別に大したことはしてないよ」

「小鳥遊がいなかったら水瀬は、ユトの家に行ってただろうから大したこと。でも……」


雫は水瀬に対して不満があるのか、わざとらしい嘆息をした。


「なに?」

「水瀬は悪人が身近にいるかもって警戒して。あたし心配だし」

「うん。ごめん。今度から気を付ける」

「いいってこと!」


雫は、水瀬に抱き着いた。

二人の友情が温もりとなり、俺の心に伝播していく。


水瀬にも信じられる人いるじゃないか。


良かった。良かった。一安心だ。


「星宮。先に教室行ってる」

「え? なんで?」

「通学路で言ったろ。有本さんなら平気だけど、他の生徒に見られたらまずい」

「小鳥遊の言う通りだと、あたしも思う」


雫は水瀬から離れると、いつにもなく真剣な表情をした。


「二人が協力者プレイで遊んでいることは分かってる。それでも、炎上に炎上を重ねるのはよくないよ」


流石は水瀬の親友だ。

ズバッと相手のためになることを言ってくれる人間は貴重なんだよな。


……でもさ、一つだけ分からないことがある。


協力者プレイってなんだよ。


「雫もそう思うの?」

「もちろん。今朝、朝比奈水瀬の名前をZで見たし。詳しくは調べなかったけれど。だから、校内に知っている人間は、いると思う」

「うん。それは分かってるけど……」

「お試しでそうしてみたらいいじゃん?」

「お試し?」

「数日間、水瀬と協力者小鳥遊は、人前で喋らないことにする。無理なら任務を止めてもいいって感じ? どう? 興奮するっしょ」


雫はそこまで言うと、水瀬に耳うちをした。


「そっか~!」


そっか~じゃないんだわ。

今何の話をしているんだろうか。


「でも……」

「でも?」

「雫。それでも、私は協力者プレイでいたい」

「水瀬……分かった。決意は固いようだね」

「うん」

「できる限り、あたしも協力する。ユトのことも、Vtuberとの恋愛のことも」

「ありがとう雫!」

「いいってことよ!」


お互いに微笑み合っている。

よくわからないけど、良いエンディングだった。


じゃなくて、


「何の話をしてるんだ?」


暗号化されていて聞き取れないぞ!


「健人くんには内緒! 絶対に言わないからね」

「あたしも、水瀬にそんなこと言われたい人生だった」


キャラが濃いな!


よくわからんので、俺は二人を無視して廊下を進むと、右肩に圧が掛かる。


「小鳥遊待って」

「ん?」

「連絡先。一応教えてよ。ほら、色々と話したいことあるじゃん。ネトストのこととか」

「あ~そっか」


徐々に雫に水瀬のことを引き継いでいくためにも、連絡先は交換したほうがいいか。


あれ? でも、そうなったらご飯はどうなるんだろうか。


昨日の夕食美味しかったな。


俺の回想を邪魔するように、水瀬の冷たい声音が聞こえてくる。


「雫。それだけは絶対に許さないから。親友だとしても」


雫のスマホを奪い去った水瀬。


「水瀬、それは重過ぎる警報だよ!」

「ううん。絶対に許さないんだから! 許してあげないもん。絶対に許してあげないもん!」

「分かった! 分かったから落ち着こうよ水瀬! 小鳥遊ももっと構ってあげな!」

「え?」


背中をポンと押された俺は、水瀬と接触した。


そこは教室の扉の前であり、注目の的となっていた。


















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