第14話 相性テストをやることになった
三時間目が終わった後の休み時間での出来事。
「ここにいたか小鳥遊! お前本当に豪運だよな!」
男子トイレの扉を勢いよく開いた野球部の久島光輝は、白い歯を見せた。
「豪運?」
俺は手を洗いながら、すっとぼける。
「水瀬のこと! 事故を装って水瀬の胸にダイブしたんだろ!」
やっぱりその話か。
男くさい野球部が生んだエロ魔人と名高い光輝は、両手を開いたり閉じたりしている。
「あ~まあな。水瀬は謎に庇ってくれたけれど、俺がダイブしたよ」
「お前意外と度胸あるのな! 俺は好きだぜ!」
右肩をバシバシと叩かれた。少し痛い。
「それで天使水瀬の感触はどうだった!? 柔らかかったか? どんな匂いした!? ふんわりとしているけれど弾力がある肌。少し香る柔軟剤の匂い! これが俺ら野球部が導き出した水瀬の体だ! 合ってるか?」
「知らん」
「教えろよ~小鳥遊~! 一生のお願いだから!」
絶対に一生じゃないやつだ。
そして右肩をバシバシと何度もたたいてくる。
しつこいな。
「水瀬の感触をさ!」
「感触と言われてもね。覚えてないぞ」
「お前、それでも男かよ! 思いだせ! 細部までしっかりと!」
「そう言われてもな……」
「頼むよ~小鳥遊~」
「水瀬に直接きいたらどうだ?」
「水瀬がそんなことを許すと思ってるのか。意外と怖いんだぞ! 去年の話だ。野球部の先輩に告白された水瀬は、『よく知らない人とは付き合えないです』と断ったらしい」
なんか語りだした。
「へ、へぇ……」
「だから、先輩は友達から始めようとするだろ?」
「まあ」
「先輩は友達になってほしいと懇願したそうだ。でも水瀬のやつ、『順序が逆だと思います。それと私は激重ですよ? 先輩みたいに軽くないもん』と断ったそうな。よくわからないよな! ほんとさ! 派手な容姿をしているのに、考え方が古風なんだよ!!」
気持のこもった声。
熱弁するのならば、中身は純粋なことくらい気付いてほしかった。
「純粋だから良いんだよ」
「一理ある。水瀬がいれば他の女はいらねぇー!」
「煩悩まみれだな」
「高校二年の夏に考える事と言えば、女だろ! 胸揉みてぇ!」
「……わからんでもない」
うるさいので、一応同意しておく。
「それより、今の久島の話だよな?」
「…‥そんなわけないだろー!」
「間があったような」
「意地悪するなよ! 小鳥遊~」
「抱き着くのは止めろ!」
「じゃあ、水瀬のこと教えてくれ!」
日焼けした肌とのコントラスト。白い歯を見せた光輝は、サムズアップをした。
繰り返し言われたからか、水瀬の感触と匂いの情報が脳裏に浮かんでくる。
柔らかいけど弾力があって、柔軟剤とハンドクリームが合わさった匂いがしたような。
……石鹸の匂いだ。
「思い出してるだろ!」
鋭い。
「だとしても、久島には教えん」
水瀬の名誉を守るためにも。
「男の敵!」
「ん」
「反応うっす!」
光輝はガハハと笑いだす。陽キャの代表格のような人間だ。
そのテンションの高さについていけないのだ。許せ。
俺は廊下に出ると、なぜか光輝は小便もせずについてきた。
「小鳥遊ー。お前、水瀬といつから仲良くなったんだ?」
「なんで?」
「お前が水瀬と話しているところ見たことない」
「たしかにな」
訝しむのも当然だ。
「だろ?」
「週末ににたまたま外で会って話しただけだよ」
「へぇー。水瀬の私服どうだった!?」
「別に。普通だよ」
「いいなー。俺も見たかった!」
光輝は、無念そうに歯を噛みしめた。
どうやら、この様子だと俺たちの真の関係性を知らないらしい。
陽キャのSNSがどうなっているかちょっと知りたい。
「まぁ、小さな街だしそのうち見れるだろ。幸運を祈ってるぞ」
「いや、そうじゃない」
光輝は教室に入るなり、女子生徒を指差していく。
「分かってないな小鳥遊! 学校一の美少女に抱き着いた変態精神はどこに消えたんだ!」
「何度も言われると変態で名前が通りそうになるから止めてくれ」
「では、勇者とよぼう」
「どっちもやだな……」
「そんなことはどうでもいい! 体育が終わったばかりだ」
「そうだな?」
「水瀬もここにいる」
後方中央にある有本雫の席。水瀬は楽しそうに友達と立ち話をしていた。
途中で目が合ったので、俺は視線を逸らす。
今日は変に意識してしまう。
今朝の一件のことが頭から離れない。
「……それがどうかしたか?」
「分からないのか? 小鳥遊来いよ」
教室後方。窓際に向かって歩き出した。
「フロンティアってのは美しいんだぜ」
「何の話だかさっぱりなんだが」
「水瀬と仲が良いお前がいれば、俺は怪しまれない!」
光輝はそう言うと、唐突に水瀬グループに話しかけた。
「水瀬たち~! 相性テストやろうぜ!」
「相性テスト?」
「おう! 異性の制汗剤の匂いを嗅ぐだけで相性が分かるんだよ! 簡単に!」
「久島! そんなこと聞いてないぞ!?」
変態扱いはされたくない。
俺は、必死に否定する。
「今言った」
ウインクしてきた光輝。
俺はわざとらしく溜息をついて首を横に振った。
「聞いていない。先に言え(小声)」
エロ大好きな久島に誘われても、水瀬は困るだろう。
俺もファンとして変態扱いは避けたいのだ。
俺は水瀬をチラリと見る。
「相性テストか~。 私もやりたい! 絶対にやりたい!」
あれ。喜んでいた。
赤色の瞳が星のようにキラキラと光っている。
「水瀬~。相手は久島だよ? 却下」
訝しむ表情をした田中くるみは、腕を組んで拒否反応を示した。
「どうせまたえっちなこと考えてるんでしょ」
「失礼なっ! だから小鳥遊を連れてきたんだろ!」
「久島がいるだけで信じられない」
「くるみは、いつもいつも! どうして俺の邪魔をする!」
「だって、絶対に変なこと考えてるし」
「水瀬~。雫~。お前らはどうなんだよー!」
あ、俺は同意したことになってるのか。
そんな心の叫びも知らずに、久島は矢継ぎ早に話した。
「エッチじゃないと約束するから!」
うん。その表現はダメだろ。
案の定、雫は顔を引きつらせながら口を開いた。
「そこまで言うのなら、あたしはやってもいいけど~! 面白そうだし」
少し含みのある笑みで雫は、水瀬の顔色を窺った。
「私も!」
「ガチで!?」
「面白そうじゃん! 制汗剤相性テスト!」
「絶対に久島エロいこと考えてるよ!?」
「制汗剤だから大丈夫!」
「裏があるって」
「そうかなー?」
「それに小鳥遊も水瀬押し倒したじゃん?」
「だからー、それは誤解だよ。私が間違って押し倒しちゃったんだもん」
「んーじゃあ、久島抜きで」
「くるみ~」
「子犬みたいな目で私を見るのやめて」
「くるみ~」
「うっ…‥エロいこと考えてないでしょうね」
「もちろん!」
光輝は満面の笑みでサムズアップしたけれど、絶対に嘘だろう。
久島光輝とは、エロに人生を捧げている男なのだ。
それをまだ知らないくるみは、渋顔で首を縦に振った。
「分かった。水瀬に感謝しなよ」
こうして俺は反強制的に、相性テストを行うことになった。
陽キャのノリの良さに驚くばかりだ……
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