第15話 水瀬は赤ちゃんプレイタイプ①
「相性テストは簡単! 制汗剤には種類があるだろ。無香料タイプ・柑橘系タイプ・石鹸ミントタイプ・フローラルタイプ!」
中央の最奥にある雫に座った久島は、さり気なく机の表面を撫でていた。
見つかったら一発アウトの所業なのに、よくやる。
しかし幸運なことに、雫は全く気付いていない。
不満そうな表情で腕組をしている。
「それより久島~。なんであんたがあたしの席に座るわけ?」
「リーダーは常に目立つ場所にいねーとな!」
「リーダーね」
「不満か?」
「あたしの机に何かしたら、分かってるよね~」
「大丈夫大丈夫! 分かってる! 分かってる」
絶対にわかってないやつ。
「お前らさ、制汗剤を机に置いて」
久島は、机を囲んでいる『俺、水瀬、雫、くるみの順』に指を差していく。
「あ、言い忘れた! くるみリュック漁るの待て!」
「私、犬じゃないんだけど。ほっんと久島きも!」
「待てと言っただけだろ~!」
「はいはい。いいから続けて」
大きな嘆息をしたくるみの気持ち分からんでもない。
というか、水瀬の友達らしく二人とも優しいんだよな。
「持ち主の制汗剤か分かるから、目を閉じてから置くルールにしようか」
「あ~そういう。久島のことだから、変態な提案をすると思った」
「見直してくれてありがとうな!」
「してないから! 本当にポジティブ。そんなんじゃ彼女できないよ?」
雫はからかうように笑うと、光輝は悔しそうに歯を噛みしめた。
「絶対に夏休みに彼女作るからな! くるみ見てろよ」
「はいはい。楽しみにしとく!」
くるみがそう言うと、俺を除くメンバーはクスクスと笑いだした。
水瀬もだ。
左手で口元を隠しながら楽し気に笑っている。
先週までの水瀬のイメージだ。
空気を読むのが上手くて、分け隔てなく接するクラスの人気者。
一方、俺は愛想笑いが苦手だ。
小さな幸せを追求する一般市民たる俺が習得してこなかった空気感。
無縁の世界。
水瀬はVtuberということもあり、先日から親近感を感じていたが……
今日。少しだけ、初めて距離を感じる。
「小鳥遊~」
「ん?」
「何とか言ってやってくれ~」
「すまん。聞いてなかった……なんだって!?」
俺がそう言うと、再び笑いが起こる。
「小鳥遊ナイス!」
雫は、俺がボケたと思っているらしい。
その方が都合が良いので頷くと、光輝は次に水瀬を見た後に頭を抱えた。
「じゃあ、水瀬~助けてくれよ~!」
「う~ん!」
真横にいる水瀬は、何故か俺を見ている。
え? なんで俺?
よく分からないので、自分自身を指差してみる。
水瀬はコクリと頷くと、首を若干横に傾ける。
何の合図!? 全然分からん……
「健人くんのばーか」
小さな声で呟かれた。
「んん?」
「せめて私のこと褒めてよ!(他の男子と喋ってないもん)」
吐息が耳に吹きかかり、全身がゾクッとする。
慌てて横を見ると、水瀬は頬をプクリと膨らませていた。
そして、俺の脇腹を撫でながらツンツンするの止めろ!
服の上からでも分る水瀬の細い人差し指。
くすぐったくて笑ってしまいそ……
「あ、あはは」
「小鳥遊~。何笑ってんだ?」
「べ、別に……」
水瀬は満足していないのか、最後にもう一度ツンと指で突いた。
「あははは」
「どうしちゃったんだよ小鳥遊!」
「だから、別に……」
「そっか~。それで水瀬~何か言ってやってくれ」
あ、それまだ言うのか。
光輝のしつこい攻撃に、水瀬は首を横に振と、
謎に『ごめんね! 話せない!』と書かれた雫のノートを両手で広げた。
「雫。慰めて!」
「あ、あたし!?」
「くるみでもいい!」
「は!? あたしでもって!」
「じゃ、じゃあ……仕方なく小鳥遊?」
嫌そうな顔をするな。少し悲しいぞ。
「てかさ。ねぇねぇ。水瀬~。さっきの何?」
「あ、くるみ気づいた?」
「え、なになに? 雫なんか知ってんの?」
俺も水瀬の言動が気になったので聞き耳を立てていると、光輝が俺の腹をトントンと叩く。
「なぁ、小鳥遊」
「ん?」
「お前には借りがある。この機に良いことを教えてやるよ」
「もしかして、さっきのことか」
「勘が良いな! さすがだぜ。水瀬を押し倒した男」
光輝は嬉々とした表情で、俺の耳に口を近づけてくる。
「この相性テスト。実は裏の意味がある」
「は?」
「無香料はノーマルタイプ。柑橘系はドSタイプ。石鹸ミントタイプはドMタイプ」
「……」
「そしてフローラルタイプは……赤ちゃんプレイタイプだ!!」
「すまん。なんだって!?」
「赤ちゃんプレイタイプだ!! 覚えとけ!」
光輝は、顔をクシャクシャにして笑っていた。
光り輝きすぎて、直視できねぇよ。
「ねぇねぇ、小鳥遊くん」
「ん?」
久島の机を挟んで真向いにいるくるみと雫はニヤニヤと頬を緩ませていた。
「な、何か?」
「ううん。水瀬ってかわいくない?」
「急に何の質問だ?」
「単純にかわいいか、かわいくないか!」
何かを試されている気がする質問だった。
こんなのYES一択だろう。
「そりゃー、学校一かわいいと思うよ」
瞬間、二人は嬉々としてはしゃぎだす。
「よかったね~水瀬!」
「うん…‥」
「水瀬かわいい~!」
水瀬は、ポカポカと雫とくるみを叩いていた。
いつものクラス風景。
よくわからない女子のじゃれ合いが始まった。
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