第6話 水瀬さんが大暴露してしまった
頬を紅潮させた星宮水瀬は、目をクルクルと回し、唇をわなわな震えさせていた。
俺は、慌てて目を逸らす。
水瀬さん、裸はダメですよ?
「と、とりあえず、バスタオル!」
「バスタオル身に着けて欲しいんだー。ふーん。分かりましたー」
俺はなるべく見ないようにバスタオルを投げると、布が擦れる音が聞こえてくる。
「健人くんのば~か。ば~か。ば~か。女の子を助けたら告白と同じだよ。守るって言ったのに」
散々な言われようだった。
水瀬はブカブカの俺のTシャツ。再び脱衣所の扉を開けた。
「水瀬?」
「私のこと最後まで守ってよ。責任とってよ」
俺の言葉を無視して、水瀬はヨロヨロと脱衣所の棚に向かった。
「悲しいんだから慰めてよ」
「……すまん星宮」
ようやく水瀬の異常行動の理由が分かった。
棚の上。
そこには酒豪の親父が置いていった高級な日本酒と、金の箱に入ったウイスキーボンボンがある。
「言うの忘れてた」
本当ごめん水瀬。文句はアメリカにいる親父に言ってくれ。
そんなこと知る由もない水瀬は、箱をパカっと開けるとチョコを口にヒョイッと放り込んだ。
「このチョコだけが私の癒しだもん」
どうりで上の空だったわけだ。
しかし、水瀬は酒があまり強くないんだな。
いや……慣れの問題か。昔から酒入りのチョコを、俺は風呂場で食べていたから。
「星宮さん。とりあえずリビングで休まない?」
「分かった~!」
ケロッとさっきのことを忘れてる。都合はいいが。
俺は星宮の手を引きながら、リビングへと向かった。
★
リビングへと向かうと、とりあえず俺は水瀬に大量の水を飲ませた。
「なんだか眠くなってきた」
と言うので、今はソファーに横になって寝ている。
スピースピーと安らかに寝ているけれど、時々険しい表情になって寝言を言う。
それを見るのが少し苦しい。
「誰を、信じればいいの」
「怖い」
水瀬の瞳からじんわりと涙が頬を伝う。
V界隈で何を経験したんだろうか。ファンが知らない出来事が、まだまだ沢山あるように思えた。
だから、せめてクラスメイト兼ファンの俺くらいは、裏切らないようにしないと。
小さな幸せのルールの範囲内で、俺はできることがしたい。
スマホをポケットから取り出し、相原斗真のアイコンをタップする。
『ちょっと聞きたい事があるんだが、お前と星宮水瀬は、同じ中学だったよな?』
すぐに連絡が来た。ヤンチャな見た目なのに、マメな男なのである。
『水瀬? 同じ中学だよ。どうかしたか?』
『いやちょっと興味が湧いて』
『あ~そういう。やめとけ。水瀬に告白した奴は、全員振られてるから。水瀬は理想が高いと思うぞ』
『そうは思えないが?』
『あ~既に手遅れか……』
『そういうんじゃないって』
『あ~はいはい。水瀬は、俺らの田舎街で有名な名家出身。俺たちの地域では知らない奴はいない。まぁ田舎だからな』
『名家!? あの星宮が?』
『まぁ、今は金髪だけど昔は黒髪美少女だったんだぞ。ポニーテールに皴一つない服。大和撫子。それが星宮水瀬のイメージ。ま、見た目の話だけど』
想像ができない。
確かに顔は整っているから、美少女は納得できる。
金髪で明朗な水瀬が、大和撫子な見た目!?
いや……確かに風呂場で古風な考え方をしていたか。
『他には? 金髪になった理由とか』
『さ~、そこまでは。健人、告白するのか?』
『そう見えるか?』
『そう見える』
『やっぱりか……』
『てことは健人!! いつ告白するんだ?』
『斗真。俺は命を大事にするタイプだ』
『ま、そりゃそうか。何か事情があるんだろうから、後で教えろよ』
『わーってる』
俺はスマホをポケットに乱雑に押し込み、ソファーを見る。
体育座りしている水瀬と視線が合った。
「お、おはよう」
返事もせずに水瀬は、コクリと頷く。
「夢を見たんだ……風呂場の」
「へ~そうか」
「風呂場で裸になってた」
「うっ……」
「その反応!」
瞬間、水瀬の頬は沸騰するように赤くなった。
「ほんと不可抗力で」
「ううん。いいよ。私が悪いから。でも、分かってるよね?」
いや、分からんです。
俺の真意に気づいていない水瀬は、ソファーから立ち上がり台所に向かった。
「健人くん。冷蔵庫あけるね」
「ああ、飲み物なら自販機で買ってくるけど」
「ううん。あ~豚肉買ってある! 料理してるんだー」
「まぁ、料理嫌いじゃないから」
ガサゴソと冷蔵庫を隅から隅まで漁っている音が聞こえてくる。
「星宮、何を探してるんだ?」
俺の言葉を無視して、なお漁った水瀬は、満面の笑みで豚肉とジャガイモを両手で持っていた。
「カレーと肉じゃが、どっちがいい?」
「料理なら今日は出前に――」
「カレーと肉じゃが、どっちがいい?」
あ、これ風呂場での出来事を怒ってるやつだ。
なんとなく水瀬の怒るパターンが分かってきた。
「じゃあ、カレーで……」
「健人くんがどうしても食べたいって言うから。これから毎日作ってあげるね」
「……え?」
「もう本当に仕方がないんだから。困るなぁ。もうー」
我が家のピンクの花柄のエプロンを身に着けた水瀬は、照れくさそうにブツブツと呟いていた。
「俺のために料理作ってって。本当にもうー」
「すまん。そこまで言って――」
「け~んと、くん?」
「言ったかも」
ニコッと笑う水瀬はかわいいけれど、なんだか背筋がゾゾゾっとする。
しかし、クラスメイトが台所で料理している様子は、なんか不思議だ。
ピーラーを使わずに包丁でジャガイモの皮を剥いているし、普段から料理をしているのが分る。
母親も包丁を使っていたっけか。懐かしい。
たまにはこういうのもいいか。団欒って感じで。
「台所も綺麗にされているー! まな板もピカピカ!」
「あまり使わないからかな?」
適当な男飯にまな板は、使わない。
男は黙って直接ステンレスの上で斬るのだ。
「なぁ、俺も手伝うよ」
「ううん。そこでゆっくりしてて。ただで居候させてもらうわけにはいかないから」
気を使う必要はないのに。と言いかけて止めた。
水瀬の性格上、逆に気を使わせてしまう結果になりそうな予感がしたからだ。
「分かった。じゃあ、適当にくつろいでるよ」
「うん。ねー? ここで動画の撮影していい?」
「あーうん。本当マメだな」
「できるだけ皆と繋がってたいから」
VtuberはLive配信が基本だが、水瀬は料理・踊り・歌の動画を、毎日1回は更新する。
「いいけど、他人の家だと怪しまれるぞ」
「『今は友達』の家に避難したってポストしたから大丈夫」
「ならいいけど」
「それに、ファンを心配させたくもないし……。ポストしたとはいえ、動画が更新されなきゃ不安になると思う」
「間違いない」
ファンという生き物は、少しの変化で不安になる。
推しが動画配信やライブをサボっただけで、何かあったのかと疑う。
ポストをしないだけで、何かあったのかと疑う。
俺は、水瀬のZアカウントを開く。
水瀬『今はクラスメイトの友達の家に避難中です。ご迷惑おかけしました』
大半の引用や返事が好意的に受け止められている。
『水瀬ちゃん動画の更新遅いけど大丈夫?』
『事件に巻き込まれてないといいけど』
『早く元気な声が聴きたい』
「だってよ」
「コメントを読まれるのは、恥ずかしいな。でも気合を入れなきゃだね」
水瀬はジャガイモをまな板の上に置くと、包丁で切り出した。
「ジャガイモはトントンと切って、鍋にジャバーンといれます」
いつもの、手抜きじゃねーか……
緩い雰囲気で水瀬は、様々な食品を鍋の中に放り投げていくだけの動画。
これに需要があるってんだから面白い。
「そして中火でゆっくりと過熱していある間、水瀬の手を見てください。どう? 風呂上がりの水瀬の手! 今日はね~友達の家からの配信なので、いつものハンドクリームがないから、いつもと違うでしょー」
「カットォォォォ!!!」
俺は、今世紀一番の大声を出した。
ピクリと小動物のように肩を上げた水瀬は、小首を傾げる。
「びっくりするじゃん!」
「ハンドクリームがない=女子の家じゃないと察するだろうが!!」
「そう言うとおもって、先手を打っておきました」
「え? それってどういう――」
「今さっき、ケントくんの家に居るとポストしたもん」
「あぁ……」
俺の底辺ゲーム配信アカウントの登録者は、1万人を突破していた。
さらに、Zのフォロワーは、345から2500人になっていた。
明日は学校。ケント=健人だとバレていないといいけれど……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます