第6話 水瀬さんが大暴露してしまった

頬を紅潮させた星宮水瀬は、目をクルクルと回し、唇をわなわな震えさせていた。


俺は、慌てて目を逸らす。

水瀬さん、裸はダメですよ?


「と、とりあえず、バスタオル!」

「バスタオル身に着けて欲しいんだー。ふーん。分かりましたー」


俺はなるべく見ないようにバスタオルを投げると、布が擦れる音が聞こえてくる。


「健人くんのば~か。ば~か。ば~か。女の子を助けたら告白と同じだよ。守るって言ったのに」


散々な言われようだった。

水瀬はブカブカの俺のTシャツ。再び脱衣所の扉を開けた。


「水瀬?」

「私のこと最後まで守ってよ。責任とってよ」


俺の言葉を無視して、水瀬はヨロヨロと脱衣所の棚に向かった。


「悲しいんだから慰めてよ」

「……すまん星宮」


ようやく水瀬の異常行動の理由が分かった。


棚の上。

そこには酒豪の親父が置いていった高級な日本酒と、金の箱に入ったウイスキーボンボンがある。


「言うの忘れてた」


本当ごめん水瀬。文句はアメリカにいる親父に言ってくれ。

そんなこと知る由もない水瀬は、箱をパカっと開けるとチョコを口にヒョイッと放り込んだ。


「このチョコだけが私の癒しだもん」


どうりでだったわけだ。

しかし、水瀬は酒があまり強くないんだな。

いや……慣れの問題か。昔から酒入りのチョコを、俺は風呂場で食べていたから。


「星宮さん。とりあえずリビングで休まない?」

「分かった~!」


ケロッとさっきのことを忘れてる。都合はいいが。

俺は星宮の手を引きながら、リビングへと向かった。



リビングへと向かうと、とりあえず俺は水瀬に大量の水を飲ませた。


「なんだか眠くなってきた」


と言うので、今はソファーに横になって寝ている。


スピースピーと安らかに寝ているけれど、時々険しい表情になって寝言を言う。


それを見るのが少し苦しい。


「誰を、信じればいいの」

「怖い」


水瀬の瞳からじんわりと涙が頬を伝う。

V界隈で何を経験したんだろうか。ファンが知らない出来事が、まだまだ沢山あるように思えた。


だから、せめてクラスメイト兼ファンの俺くらいは、裏切らないようにしないと。


小さな幸せのルールの範囲内で、俺はできることがしたい。


スマホをポケットから取り出し、相原斗真のアイコンをタップする。


『ちょっと聞きたい事があるんだが、お前と星宮水瀬は、同じ中学だったよな?』


すぐに連絡が来た。ヤンチャな見た目なのに、マメな男なのである。


『水瀬? 同じ中学だよ。どうかしたか?』

『いやちょっと興味が湧いて』

『あ~そういう。やめとけ。水瀬に告白した奴は、全員振られてるから。水瀬は理想が高いと思うぞ』

『そうは思えないが?』

『あ~既に手遅れか……』

『そういうんじゃないって』

『あ~はいはい。水瀬は、俺らの田舎街で有名な名家出身。俺たちの地域では知らない奴はいない。まぁ田舎だからな』

『名家!? あの星宮が?』

『まぁ、今は金髪だけど昔は黒髪美少女だったんだぞ。ポニーテールに皴一つない服。大和撫子。それが星宮水瀬のイメージ。ま、見た目の話だけど』


想像ができない。

確かに顔は整っているから、美少女は納得できる。

金髪で明朗な水瀬が、大和撫子な見た目!?


いや……確かに風呂場で古風な考え方をしていたか。


『他には? 金髪になった理由とか』

『さ~、そこまでは。健人、告白するのか?』

『そう見えるか?』

『そう見える』

『やっぱりか……』

『てことは健人!! いつ告白するんだ?』

『斗真。俺は命を大事にするタイプだ』

『ま、そりゃそうか。何か事情があるんだろうから、後で教えろよ』

『わーってる』


俺はスマホをポケットに乱雑に押し込み、ソファーを見る。


体育座りしている水瀬と視線が合った。


「お、おはよう」


返事もせずに水瀬は、コクリと頷く。


「夢を見たんだ……風呂場の」

「へ~そうか」

「風呂場で裸になってた」

「うっ……」

「その反応!」


瞬間、水瀬の頬は沸騰するように赤くなった。


「ほんと不可抗力で」

「ううん。いいよ。私が悪いから。でも、分かってるよね?」


いや、分からんです。


俺の真意に気づいていない水瀬は、ソファーから立ち上がり台所に向かった。


「健人くん。冷蔵庫あけるね」

「ああ、飲み物なら自販機で買ってくるけど」

「ううん。あ~豚肉買ってある! 料理してるんだー」

「まぁ、料理嫌いじゃないから」


ガサゴソと冷蔵庫を隅から隅まで漁っている音が聞こえてくる。


「星宮、何を探してるんだ?」


俺の言葉を無視して、なお漁った水瀬は、満面の笑みで豚肉とジャガイモを両手で持っていた。


「カレーと肉じゃが、どっちがいい?」

「料理なら今日は出前に――」

「カレーと肉じゃが、どっちがいい?」


あ、これ風呂場での出来事を怒ってるやつだ。

なんとなく水瀬の怒るパターンが分かってきた。


「じゃあ、カレーで……」

「健人くんがどうしても食べたいって言うから。これから毎日作ってあげるね」

「……え?」

「もう本当に仕方がないんだから。困るなぁ。もうー」


我が家のピンクの花柄のエプロンを身に着けた水瀬は、照れくさそうにブツブツと呟いていた。


「俺のために料理作ってって。本当にもうー」

「すまん。そこまで言って――」

「け~んと、くん?」

「言ったかも」


ニコッと笑う水瀬はかわいいけれど、なんだか背筋がゾゾゾっとする。

しかし、クラスメイトが台所で料理している様子は、なんか不思議だ。


ピーラーを使わずに包丁でジャガイモの皮を剥いているし、普段から料理をしているのが分る。


母親も包丁を使っていたっけか。懐かしい。


たまにはこういうのもいいか。団欒って感じで。


「台所も綺麗にされているー! まな板もピカピカ!」

「あまり使わないからかな?」


適当な男飯にまな板は、使わない。

男は黙って直接ステンレスの上で斬るのだ。


「なぁ、俺も手伝うよ」

「ううん。そこでゆっくりしてて。ただで居候させてもらうわけにはいかないから」


気を使う必要はないのに。と言いかけて止めた。


水瀬の性格上、逆に気を使わせてしまう結果になりそうな予感がしたからだ。


「分かった。じゃあ、適当にくつろいでるよ」

「うん。ねー? ここで動画の撮影していい?」

「あーうん。本当マメだな」

「できるだけ皆と繋がってたいから」


VtuberはLive配信が基本だが、水瀬は料理・踊り・歌の動画を、毎日1回は更新する。


「いいけど、他人の家だと怪しまれるぞ」

「『今は友達』の家に避難したってポストしたから大丈夫」

「ならいいけど」

「それに、ファンを心配させたくもないし……。ポストしたとはいえ、動画が更新されなきゃ不安になると思う」

「間違いない」


ファンという生き物は、少しの変化で不安になる。

推しが動画配信やライブをサボっただけで、何かあったのかと疑う。

ポストをしないだけで、何かあったのかと疑う。


俺は、水瀬のZアカウントを開く。


水瀬『今はクラスメイトの友達の家に避難中です。ご迷惑おかけしました』


大半の引用や返事が好意的に受け止められている。


『水瀬ちゃん動画の更新遅いけど大丈夫?』

『事件に巻き込まれてないといいけど』

『早く元気な声が聴きたい』


「だってよ」

「コメントを読まれるのは、恥ずかしいな。でも気合を入れなきゃだね」


水瀬はジャガイモをまな板の上に置くと、包丁で切り出した。


「ジャガイモはトントンと切って、鍋にジャバーンといれます」


いつもの、手抜きじゃねーか……

緩い雰囲気で水瀬は、様々な食品を鍋の中に放り投げていくだけの動画。


これに需要があるってんだから面白い。


「そして中火でゆっくりと過熱していある間、水瀬の手を見てください。どう? 風呂上がりの水瀬の手! 今日はね~友達の家からの配信なので、いつものハンドクリームがないから、いつもと違うでしょー」

「カットォォォォ!!!」


俺は、今世紀一番の大声を出した。

ピクリと小動物のように肩を上げた水瀬は、小首を傾げる。


「びっくりするじゃん!」

「ハンドクリームがない=女子の家じゃないと察するだろうが!!」

「そう言うとおもって、先手を打っておきました」

「え? それってどういう――」

「今さっき、ケントくんの家に居るとポストしたもん」

「あぁ……」


俺の底辺ゲーム配信アカウントの登録者は、1万人を突破していた。

さらに、Zのフォロワーは、345から2500人になっていた。


明日は学校。ケント=健人だとバレていないといいけれど……









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