第8話 side水瀬:他の女の子と通話してる?許せない

ガチャリと扉が閉まった。


「んんんんん!」


わ、私、何をやってるんだろう!


抱き着いた!? 誰に? クラスメイトに? ファンに?


8畳ほどの本棚で埋められた部屋。

この部屋には、本を読むための橙色の照明しかない。


雰囲気がそうさせたのかな……


そんなことをするつもりは全くなかったのに。


「好きなのかも……」


とりあえず、落ち着こう。

私はベッドに横になり、無地の天井を眺める。


染み一つない綺麗な白。暖かい感触。


「む、無理だ!」


バタバタと手足を動かして意識を変えてみる。


ドカッ。ドカッ。


「あ……ごめん! 壁蹴っちゃった!」

「……」


大きな声でそう呟くも、返事はない。

健人くん何してるんだろう。


ゲームかな。

ガチャ石で生活費を払った方が良さそう?


……って今はそんなこと考えている場合じゃない。


私の今後のことだ。


星宮家は、戦国時代から続く名家。


許嫁まで及ばないけれど、父からは本気で守ってくれる男に操を捧げろと言われてきた。


その言霊が今の私を縛り上げている。


古臭い考え方だと言われても、今さら変えるのは無理だ。


とはいえ、自分から積極的に求婚するのはなんか違う。


「嘘、ついちゃったな」


殆ど告白していたようなものだ。

急に罪悪感が込み上げてきて、体がムズムズしてくる。


言いたい。今すぐ部屋の扉をノックして言いたい!


『健人くんが好きかも』って。


でも、そんな破廉恥なことは、できないよ。


私はスマホを取り出して、『男性 落とし方』と調べてみる。


色仕掛け。

ちょっとこれは難易度が高い。


見た目を磨く。

既にやっているけれど、興味が無さそう。


「兵糧攻め……?」


瞬間、光明が差し込んだ気がした。


「ご飯を沢山与えればいいのかも?」


父がよく言っていた。


「胃袋を抑えれば勝ちだ。どんなに賢い男でも、気が緩む。星宮の名を守るために、料理作りに励みなさい」


ようやく、助言のありがたみが分かってきました。


その古臭い考え方が好きじゃないけれど、やってみる価値はある。


三大欲求が大事だと言われているし!


ポケットからスマホを取り出して、健人くんに連絡する。


『台所つかってもいい?』


1時間経っても返信は、無かった。

ちょっと私のこと無視しすぎだよ。


私のことを守る意志があるっていったのに!


もっと構え。構え!


「浮気したら絶対に許さないんだから」


私は、健人くんの部屋をスルーして台所に向かうことにした。


ゲームをしている時くらい自由な時間が欲しいはずだから。


私だってそうだ。配信中は、友達からの連絡を無視してしまう。


余っていた豚肉を、特性のタレに浸して冷蔵庫に再び入れる。


うん! 完璧。


私はニンマリと頬を緩ませて、明日の健人くんの反応を少しだけ妄想した。


ご飯を食べた健人くんは、こう言うに違いない。


『放課後、屋上で待ってる』


色々と想像をしていると、スマホがブーンと震えた。


『水瀬ちゃん。炎上対策のために、男子と付き合っていることを口外しないでほしい。あと、ユトの問題については調査中だから、暫く大人しく配信自粛できないかな?』

『嫌です。私は絶対に嘘はつきたくない。ファンもきっと理解してくれるはずだと思います。それに付き合ってません。ただの友達なんです……』


皆を幸せにしたいのは同じだけれど、私はアイドルVtuberじゃない。

それにやっぱり嘘はつきたくないから。


「星宮? 凄く真剣な表情で冷蔵庫見つめているようだけど……腹が減ったのなら言ってくれればいいのに」

「ち、違う!」

「まぁ、好きに冷蔵庫使ってくれていいから」

「だから、違うって言ってるじゃん!!」

「え…‥じゃあここで何を?」


スマホを二度見した健人くんは、不思議そうに首を傾げていた。


私は、思わずため息を吐いた。


「明日の弁当の仕込み」

「そこまで手間をかけなくてもいいのに。水瀬の料理なら何でもいいと思う。美味いから」

「うん! 期待してて! 絶対に美味しく作るから!」

「楽しみにしてる。じゃあ、俺は友達とゲームするから」

「まって……」

「ん?」

「友達って誰?」

「友達は友達」

「女の子……じゃないよね?」


女の子だったら、絶対に許さない。今すぐ私も絶対に参加する。


「あの…‥星宮さん?」

「女の子?」

「え…‥男……だけど俺があまり仲良くない女の子もいるかな」


今なんて言ったの? 女の子とゲームする?


健人くんの裏切者。私のことを守るって言ったのに!


「健人くん。私も部屋に行っていいかな?」

「部屋が散らかってるし無理」

「えー? 困るなぁ。ボイスチャットに参加してほしいなんて。付き合ってもないのに」

「……星宮さん?」

「健人くん?」

「わ、分かったって!」


と言うので、私は健人くんの部屋に行くことになった。







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