第2話 長き仕事の終止符

 悪い予感はそのほとんどが怒らないとされるが、大事なことに限って実現されてしまったりする。


 今日も日課である祠の封印に行こうと、真面目に仕事に取り組む姿勢を見せていると、到着した瞬間に恐ろしいことを目にした。


 山中にある祠を守るため、広く展開した柵が全て壊されていた。

 頑丈な木の柵なので、野生動物の仕業ではない。


 祠に近づくにつれ、柵を壊した犯人が分かってきた。


「うわー。ひでー」


 祠のまわりには巨大な重機が入っており、地面を平にしていた。祠は地下洞窟の中にある。入り口である、穴ももう見えない。

 どうやら埋められてしまったらしい。現代の技術力って凄い。


 我が鳴神一族が代々守ってきたものが、こうもあっさりと無に帰されるとは。少し虚しさと、悲しさを覚えた。


「危ないよ、君。こんなところに入っちゃだめだ」

「いや、ここは我が家が管理している土地なはずなんだけど」

「ああ、君があの鳴神一族の? 市長から通達はまだ行っていないのか」


 通達か。

 それっぽい脅しはあったけど、いきなりこれだもんな。

 昨日の今日でこれだ。新しい市長は随分と行動力のあるお方で。


「この土地は市が管理することになったんだ。今後鳴神一族の管理は必要ないし、予算の件もまた通達が行くことにあるだろう」

「あ、はい」


 あーあ、俺の代で不労所得が終わっちゃったよ。

 クラスのマドンナ美紀ちゃんを口説く最大の手札だったのに。

 俺の家、不労所得があるんだ! だから嫁に来ないか?

 最高に格好悪いが、結構強めの切り札。

 それがもう使えないらしい。


「分かりました。けれど、一族が数百年お世話になった土地です。最後に清掃だけでもさせてください」

「清掃ったってね。重機が入っているし……」

「構いません」

 俺が小動物顔負けの悲し気な視線を向けると、役所の人も無下にはできなかった。鳴神一族が数百年管理していた情報は知っているみたいだし、一応歴史の重みは感じてくれたみたいだ。


 祠が埋めたてられた場所へ行く。

 土を触ると、よその土地から運ばれただろう土が穴を塞いでいた。


 手を合わせ、異空の祠にお別れを告げる。

 数百年、一族がお世話になりました。いや、お世話になったのはそっちじゃね?

 とか雑念も混じる。


 そうして立ち上がり、本当にお別れしようとしたら、土からむくりと白い球が出て来た。

 輝く球は一瞬真珠と見間違ったが、どうやら違う。


「卵か」

 真珠だったらよかったなとか、罰当たりなことは考えないでおく。

「なんかよくわかんないけど、貰っておくよ。雛がかえったら面倒もみるから」

「えーと……」


 一連の出来事を傍にいた市役所の人にも見られたらしい。

 まあいいか。言い訳も見つからないし、こう言っておく。


「爺ちゃんの言うことが正しければ、これからこういう事柄、いいや、もっと不思議なことが当たり前に起きる時代になるから。ちゃんと備えておきなよ」

「……?」

 何言ってるかわんないよな。

 ごめんな、俺も具体的に何が起きるかなんてわかってないんだ。


 最後にもう一度、祠の位置に向けて頭を下げ、不労所得とお別れした。

「さよなら、祠。さよなら……美紀ちゃん!」


 家に戻ると、爺ちゃんはなぜだか、全てを理解していた。なんか荷物まとめてるし……。


「ワシの生きている間にこういうことになるとはな。先祖に申し訳ない気持ちと……半端じゃないワクワク感が押し寄せてきておる」

「父さんと一緒じゃん」

 なーにが父さんがこの事態を望んでいただよ。枯れ木の爺め。自分も楽しみにしてたんじゃないか。


 市長に一切へりくだらなかったのも、もしや爺ちゃんもこの事態を恐れていなかったからか?

 まあいいや。もう過ぎてしまったことだ。


「これからどうなるんだ?」

「……ある程度予想はできるが、まあワシらはどうとでもなる」

「それって世間はどうにもならない、みたいな言い回しだけど」

「そうだろうな」

 ひでー。爺ちゃんも父さんもやはり無責任だ。


「お前の父親はもう動き出しておるだろうな。これからはあいつの天下だ」

「あのぼんくらの?」

「そうじゃ。ワシもしばらく自由に動き回る。お前も好きにせい。それでは、年末にこの家でまた会おう」

「は?」

 爺ちゃんはほとんど何も教えてくれず、本当に出て行った。

 憶測を話す方が危険だと感じたのかもしれない。


 ええ、俺どうしたらいいの?

 取り残されたでかい家と、無知な高校生。そしてまだ孵らぬヒヨコ未満。


 東京に大異変が起きるのは、この二日後だった。


 ――。


「市長、あの土地の埋め立てが済みました。しかし、あんな利用価値のない土地になぜわざわざ重機を?」

「ああ、あれか。鳴神とかいう訳のわからん一族が税金をむさぼっていたのが気にくわなかったので手を入れただけだよ」


 市長室で金の計算をしていた市長が、部下に真実を伝える。

 あの土地に利用価値などない。

 ただ、鳴神一族を締め出したかっただけのこと。


「これで税金を投入することもなくなった。この土地は不思議とああいう謎の予算が多かった。それを全て締め出してやった結果、いくら浮いたと思う?」

「さて、見当もつきません」

「実に1億もの金が浮いた」

「おおっ……。それを市の運営に回すのですね」


 部下の言葉に、愉快そうに首を振る市長。


「この予算が不思議でね。管理している部署も不明。でもなぜか支給される。国民はこの金が存在していることすら知らない」

「この国にもまだそういうのがあるんですね」

「つまりはだ。この金を私がもみ消しても、バレないんだよな。くくっ」

 何が言いたいのか分かってきてしまった。


「市長、それはまずいんじゃないんですか?」

「君が黙っていればバレないよ。分け前はちゃんとやる。まだまだ絞れそうなところはないか、調べてくれ。君の働きでいくらでも分け前が増えるぞ」

 といっても9割は市長の懐に入るのだが、悪くない蜜なので部下も悪い気はしない。


「そういえば、祠に鳴神一族の青年がやってきたときに不思議なことが」

 土の中から輝く卵が出て来たのだ。

 そのことを市長に伝えたが、市長はまったく興味を示さなかった。

 金のことで頭の中は埋め尽くされているらしい。


「それより午後の会食の予約を入れてくれ。地元の大地主との約束だ。鳴神一族の土地も、もしかしたら買ってくれるかもしれん。全く、政治家ってやつは儲かって仕方がないね」

「はい。すぐにでも」


 こんな小さな悪を行っている間にも、この街をはじめ、日本各地で少しずつ異変が起き始めているのであった。

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