第4話 給食食べて行っても良いですか?

 ミミズって気持ち悪いよね。

 あの気持ちってなんなんだろう。


 ミミズをなんの抵抗も無く触っている人を見かけたら、ああ農業をやっている人なんだろうなってわかる。もしくは頭がぶっ飛んでいるかだ。


 その妙な気持ち悪さを、目の前の化け物にも感じていた。


 生物は皆腸から誕生したという話を知っているだろうか。もしかしたら、腸に似た生物に原始的な畏怖の念を抱いているのかもしれない。


 なぜこんなにグダグダ考えているかというと、とても戦いづらい状況に陥ったからだ。

 格好良くここは俺に任せて、先を行け! 的な雰囲気を醸し出していたら、逃げ遅れた人たちがスマホを取り出した。


 時代の利器、スマートフォン大型モニタータイプ。令和最新型ハイスペックカメラ付きである。

 令和最新型って不思議な魅力があるよね。


 撮影はおやめくださいという程、有名人でも無ければ、一端のオーラもない。

 体をプルプル震えさせて、能動的手振れ機能を発揮させよう。そのくらいの抵抗しかできない。


「ミミズの化け物よ。ここはお前のいるべき場所じゃない。故に、我が鳴神一族の秘儀を持ってお前を封じる」

 グチョグチョという化け物らしい音で返事を貰った。

 やってみろ小僧! という感じだろうか。そういう感じだったら雰囲気があっていいな。


「鳴神が末裔、宗一郎参る」


 封印術師は基本的に5つの封印術を習得して、一人前となる。

 俺は幼少期より祖父の厳しい鍛錬を受けていたので、齢16にして5つとも習得している。


 学校の成績は良くないが、実家ではエリートボーイなのだ。

 このことを友達に自慢したり、SNSで自分語りもしない謙虚なシャイボーイでもある。……チェリーボーイでもある。


『主封印の呪文』

『補助封印の呪文』

『緊急封印の呪文』

『修復の呪文』

『強化の呪文』

 あと、これらの封印を解除する『解』である。


 6つじゃん! 6つ!

 この詐欺師野郎が!


 と、喚くなかれ。

『解』は封印術の力にあらず。これはまた別の力だし、数万円するお高いお札が必要だったりするので、純粋な封印術とは違う。お札一枚で数万ってぼったくりじゃね? PS5買えんぞコラ。


 この5つを持って、封印術とする。のが基本だ。……と言いたいところだけど、あのたぬき爺とぼんくら父さんのことだ。

 この5つだけな訳がない。


 なーにがお前の父は史上最高封印術師じゃ、だ。絶対あの父親、秘儀とか言って、真の6つ目の封印術を使うに違いない。

 世の中の天才は大抵そういう卑怯な一手を持っていたりするから気を付けろ。


 主封印の呪文と修復の呪文は異空の祠にかかっていたものだ。それに加えて、強化の呪文も施す。一年に一度、タイミングとしては年明けだな。ちなみに、ここ数年は全部俺がやっている。無賃労働!

 未成年への強制労働は違法! 違法なり!


 この三つは祠のような、一か所にあり強力な力を封じるためのものだ。もちろん例外はあるが。


「風火水土、四つの力よ、我が命に応え、結界を纏え。異界の脅威を打ち砕き、我が敵を封じ込めよ。【四聖の環】」


 今日使うのは補助封印の呪文。

 こいつにはこれで十分。つーか、これが限界。


「きゃあああああああああ!」

 うわっ、びっくりした。


 まだ俺の傍で恐怖に固まっていたおばちゃんが、この力に悲鳴を上げる。ごめんな、ただでさえわけわかんない状況なのに、更にわけわかんなくさせて。

 これが終わったら温泉にでも入って休みな。


 巨大なミミズのトゥルントゥルンとした、女性が羨むような肌が俺に迫る中、手を突きだす。

 意味はない。ちょっと待ってくれという合図だ。久々に使うから発動が遅い。


 少し待つと、四つの元素が呼び出され、俺を中心に蛇が渦巻くように回転する。それぞれの元素が輝きだし、流れる川のごとく静かに、そして力強くその勢いを増していく。


 我が一族の力は、封じる力だ。故に、基本的に守り。受け身。告白しない系。常に告白を待って、イケメンに先に持っていかれる系能力。


 体に纏わせた結界もミミズの攻撃を持って成立する。


「ゲギャギャギャギャギャ」

 突進してくるミミズの化け物。

「お前が知能の低いタイプで良かったよ。おかげで、俺の間抜けな姿が世の中に晒されずに済む」


 まんまと受け身の俺に突撃してくる巨大ミミズ。

 告白されたらこう返事する、とあらゆるパターンを決めている俺は、美紀ちゃんのあらゆる告白に対応できる。


 それと同じく、お前が四聖の環を突破することはない。


 ミミズが俺に接近すると、火の元素が反応し、爆ぜる。

 大型花火なんて火力じゃない。


 たった今自衛隊が到着し、アメリカ製のちょっといいやつのミサイルが撃ち込まれたくらいの威力。


 艶があって女性受けはいいだろうミミズの脆い肌では、この爆発に耐えられるはずもなく、体が散り散りになった。


 残ったのは四散した肉片と、ミミズが掘った巨大な穴、そして消化液にやられた俺の自転車だけだった。

 ……自転車弁償しろ、マジで。


「……きゃあああああああああ!」

 もういいから、おばちゃん!


 人がわらわらと集まり出したので、静かにこの場所を立ち去った。

 学校へ行かなくては。目立つのはあまり得策ではない。

 ああいうのはイケメンに任せておけばいい。


 一騒動を終えて、学校について更に驚くことがあった。

 教室には実に半数近くの生徒が登校してきていた。俺もそうだが、こんな事態だというのに、良く学校なんてくるよな。馬鹿じゃねーの? 特大ブーメランが後頭部に刺さったが気にしないでおく。


 冬のインフルエンザ大流行くらいの登校率だ。

 ていうか、インフルエンザって凄いな。こんな化け物が現れた世界と同じくらい、生徒を不登校にさせるんだから。


 美紀ちゃんは……。

「いないか」

 じゃあ来た意味ないな。帰りますか。


 とはならない。先生が教室に入って来て、俺たちに状況を説明する。どれも新鮮な情報では無く、俺がテレビやスマホから得た情報と似たようなものだった。


 むしろ生徒たちの方が冷静で、先生よりも落ち着いて見えさえする。


「校長先生から臨時休校の通達が出ていますので、授業はありません。学校に避難したい方は体育館へ。家に戻りたい方は、最低でも3名以上で帰るように」


 とのことだ。

 宿題をやってきていないので、極上のラッキーである。会社行きたくねーなーとか思っていたサラリーマンも今の状況を喜んでいるはずだろう。


「先生、ちょっといいですか?」

「どうした、鳴神」

「今朝登校中にいろいろ気づいたんですが、流通とかも結構麻痺しているみたいです」

「ん? おお……」


 そんなことは気づいていなかったらしい。俺もコンビニとかが開いてなかったからなんとなく予想を話しているだけだ。


 おそらく、状況はこれからどんどんと悪くなる。

 だれかが新しい秩序や、全く新しい世界の形を作りでもしない限り、都市機能の麻痺は解けないだろう。……爺ちゃん曰くそれがうちの父親とかになりそうなんだけど。


「うちって中高一貫じゃないですか」

「そうだな」

「中等部も半数くらい来ていないと思うんですよね。でも学校の外に給食の配送業者は来ていました」

「……んお?」


 まだ俺が言いたいことが分かっていないらしい。

 皆まで言わすな。恥ずかしい。


「給食、食べて行っても良いですか?」

 この言葉に先生はおろか、みんな少し吹き出していた。


 やれやれ。

 どんな世界になろうが、腹は減るんだよなぁ。

 今朝封印術を使ったこともあって、やけに腹が減っている。


「このまま混乱が続いたら確かに食べられなくなる日もあるかもな。鳴神の言う通り、給食を食べて帰ろう。みんなしっかり保存食を蓄えておくんだぞ」

 正しいようで、おかしな話。


 緊急時の保存食は緊急事態が起こる前に貯め込むものだ。こんな世界になってしまって、今更貯えることなんて難しい。


 この先生の発言に、俺は遅れて、少しだけ焦燥感を覚えた。

 己の食欲に任せて給食を欲したのだが、もしかして今後食料問題が深刻化しないか?


 化け物の混乱が長期化して解決出来なかったら……。

 トイレとかも止まっちゃうのかな?


 飯とトイレのことを考えると、すんごく危機感が湧いて来た。日常が失われるのって、結構大変なことかもしれない。

 トイレはまじで勘弁してほしい!










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