第3話 孵化したのはうちだけじゃないみたい

 たっ、たまごが孵った!


 今朝が起きたら、卵が揺れ動いていた。某大人気ゲームの卵孵化時と同じように、横に揺れていたのですぐに分かった。

 育成ゲームをしていて良かったとつくづく思う。こういう時に慌てずに済むからな。


 一応バスタオルを持ってきて、卵の下に敷いて置く。どんな種類の鳥が生まれてこようと、このフワフワ、アロマの香り付きタオルで包んであっげっるっ!


 ピキッ!


 血管がキレた音ではない。

 卵の殻に罅が入ったのだ。


 生命の誕生が今、まさに目の前で!


「びちょっ」

「びちょっ?」


 変な鳴き声がした。

 恐る恐る、たった今はじけ飛んだ殻の隙間から覗き込んでみる。


 ……なんか両生類っぽいのがいた。てか、オタマジャクシか?


「びちょっ」


 ……えー。

 いや、えー。


 鳥じゃね? 相場は鳥じゃね?

 フェニックスかなぁ。ヤタガラスかなぁ。それとも未知の鳥だったりして。はい残念! カエルです!! ざまぁ!!


「わっ。勢いよく飛び出すなって。ちょっと待ってろ」

 バスタオルで優しく包んで、洗面所へと運ぶ。


 洗面所を水で満たし、少しお湯を混ぜる。孵化したばかりだからな、ぬるいお湯くらいがいいだろう。


「びちょっびちょっ」

 なんか元気そうに、そして快適に泳いでいた。


 水に浮かべると良くわかる。この世界の生物ではない。額に赤いルビーのような宝石が埋まっている。こいつ、近所の田んぼにいるのとは絶対に品種が違うな。そもそもカエルの卵はあんな感じじゃない。もっとタピオカっぽい。


「名前を付けてやろうか。……ビチョでいいか?」

「びちょっびちょっ」

 ……たぶんOKってことだな。魔物界のキラキラネームだったら、己の語彙力のなさを恨むんだな。


「これからよろしくな。ご飯を持ってきてやろう」

 朝食用の食パンを小さくちぎってやると、嬉しそうに飲み込んでいた。

 どのくらい量を与えればいいかわからないので、一度、食べきれるまで与えてみる。


「ふむ、このくらいか」

 腹八分は医者いらずなので、明日からはこれより少なめに与えよう。


 ペット……いや、相棒かな。新しい家族が増えたところで、俺も自分の生活に戻らないと。

 簡単な朝飯を作ってテレビをつける。目玉焼きにゆでたウインナーにもち麦入りごはん。簡単とはいえ、健康的である。

 テレビを見るのは、恥ずかしい限りだが、朝一の占いが大好きだからである。


「あっ」


 晴れ時々くもり。

 おとめ座の貴方は本日絶好調。


 そんな情報はどうだっていい。大都会東京と思われる場所で、なんか化け物が暴れていた。


「えー」

 どんびきー。

 こんなにも早く?


 爺ちゃんや父さんが言っていた通りだ。

 覗き込むように見るが、やはり映像は本物だ。まあ朝のニュースで、キャスターが危機感持ってフェイクニュースを知らせたりしないよな。

『近隣住民の方は今すぐ避難してください! 決して近づかないでください!』


 表情の険しさと、声色で危機感がぐんぐん伝わってくる。


「……朝飯うんま」

 こんなときでも飯は美味いらしい。


 テレビを見ていると、暴れている牛っぽい化け物の背後に、ブラックホールのような空間があった。

「これは」


 そう。テレビ越しでも分かる。

 これは異空の祠で感じたものに似ている。


 まさか、異空の祠が解き放たれて、東京のど真ん中に出現した?

 爺ちゃんたちから聞いた話を整理すると、それが正しいはず。


 え? 日本どうなんの?

 てか、世界大丈夫?


 我が一族が一番色濃く関わっていることなので、俺は冷や汗が止まらない。あの市長をぶん殴ってでも、この事態を阻止するべきだったんじゃ。


「いや、でも俺はこうなるなんて知らなくて! 想像力が足りてなくて! 悪気なんてなくて!」

 少年法、適用してくれ! 俺は無知の、善意の被告なんだ!


「……やべ、そろそろ学校行かなくちゃ」

 こんな時でも、習慣が残っているのが恐ろしい。

 世界がひっくり返るかもしれないのに、俺は学校に行かなくちゃという気持ちでいる。


 自転車にまたがり、街に乗り出すと、街中も騒がしかった。

 ところどころ、交通機関も麻痺しているらしい。電車も遅延しているとかそんなおばちゃんの会話をスティールイヤー。


 この街でも出てるのかな? あの化け物たちは。

 歩きスマホよりも重罪なチャリスマホをしつつ、情報を集める。


 SNSサイトには、日本各地で目撃された化け物たちの写真が上がっていた。

 どれも小さなもので、脅威としては腹が減りまくったイノシシや、笹食べてない方の怒り狂ったクマくらいのものだろう。東京の3階建てビルレベルの化け物情報はなかった。


 この時、俺は思った。


「美紀ちゃんは、大丈夫かな?」


 世界がどうなろうが、学校が壊れようが、そんなでかい規模に思考がついていくはずもない。

 俺の頭の最優先は、クラスのマドンナ美紀ちゃんだ。

 バスケ部のイケイケたちと避難していたらどうしよう。オラオラヤンキー(イケメン)と世界の平和を取り戻す旅に出ていたらどうしよう。


 俺の頭はそれで一杯だった。


「美紀ちゃんは誰にも渡さん!」

 うおおおおおおおお!


 どぅごん!

 世界がひっくり返った。


 いや、ひっくり帰っているのは俺!?


 地面が急に隆起してきて、俺はチャリごと吹き飛ばされたみたいだ。

 え? 死ぬ?


「ああああああ!」

 ぼてっ。


 背中から落ちてめちゃくちゃ痛いが、全然生きている。

 自分が感じていた程には高く舞い上がっていないらしい。傍で見ている人からしたら、面白おかしく跳ねた程度の高さだったんだろうな。死ぬとか思って恥ずかしい。


 それよりも、なぜ地面が盛り上がった? あんな勢いで。

 振り向くと、ボロボロになった自転車と、その自転車を口に入れてもぐもぐしている化け物がいた。


 ミミズのような化け物で、違うとすればそのサイズがトレーラーくらいあるのと、口を開けばシュレッダーの入り口みたいな牙を持っていることだ。


 俺のチャリ、シュレッドするのやめてくんね?


「きゃあああああああああ!」

 隣でおばちゃんが甲高い声で悲鳴を上げた。

 俺はどっちかっていうと、こっちの方が驚いた。


 東京に牛の化け物が出た時。トレーラーサイズのミミズの化け物が出た時。そんな比じゃない。おばちゃんの悲鳴の方が遥かに驚いた。


「きゃあああああああああ!」

 二回目も来た。


「みんな落ち着いて下さい。こいつなら、たぶん俺がなんとかできます」

「きゃあああああああああ!」

 全然聞いてねー。おばちゃん聞く耳持たないらしい。

 その恐怖心は連鎖しやすいみたいで、辺りは一気にパニックになっていた。

 通勤中のおじさんも、幼稚園児も全力ダッシュで逃げていく。


 運動神経の悪い連中が何人か躓いて派手に転んでいるけど、大丈夫。

 さっきも言ったが……。


「みなさん! ここは俺がなんとかしますから!」

「ゲプッ」

「くっさ!」


 俺のチャリを堪能したミミズの化け物は、そのお礼と言わんばかりに俺にゲップをお見舞いした。

 世界は広く、どこかの地域では、出された料理が美味しかったらゲップをするのが礼儀だったりする地域もあるんだとか。

 こいつはそこ出身と見た。


「チャリ、制服。……スマホも割れているな。あんたを倒せば、国から少しは補助金を貰えたりするのかね? まあやってから、結果を見るとしよう」

 封印術師の俺、化け物との初バトルである。

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