第5話 これってお前の親父さんじゃね?
給食うんま! 数年ぶりに食べる給食うんま!
もう一生食べられないかと思っていたのに、世の中がおかしなことになったからこそありつけた幸運。物事って何事も考えようなんだな。
しかも、今日はカレー。めっちゃ当たり!
「宗一郎、これ見ろよ」
クラスで程々に仲の良い藻武がアンドロイドスマホの画面を見せてくる。昨今は物価高で中高生はリンゴなんて贅沢機種なんて持っちゃいない。かくいう俺も格安なやーつである。
「東京すげーことになってんぞ」
「ほう」
SNSにアップロードされた60秒くらいのショート動画。
そこには、結構衝撃的な映像が収められていた。
大都会東京ということもあり、こちらよりも警察や自衛隊の動きが活発だった。あの自衛隊が本気を出したらこうなるのかってくらい、空は攻撃ヘリコプターで埋め尽くされているし、戦車も数十台導入されている。
警察が検問しているようで、車も行き気が出来ていない。
その全ての中心にいるのが、今朝ニュースでみた巨大二足歩行型の牛の化け物だった。
『特定外来危険生物牛面蜘蛛科獣』
という正式名称のテロップが画面下についており、化け物が今朝より少しわかりやすくなっていた。
……分かりやすいか?
ヘリからの銃撃、そして戦車からのミサイルと、戦争かと見間違うような光景が繰り広げられる。
一発一発放たれる度、近くの建物が揺れたりガラスが割れたりしているので、その衝撃の大きさが伝わってくる。
そして何より驚かされるのが、それらの攻撃をものともしない特定外来危険生物牛面蜘蛛科獣。
動画の最後には、攻撃ヘリが一機、特定外来危険生物牛面蜘蛛科獣の吐しゃ物撃ち落され、続けざまに戦車が一機踏みつぶされていた。
やばすぎでしょ。
「凄いよなこれ。現実のこととは思えないぜ」
俺も流石に驚かざるを得ない。もしかして、最新のアメリカ製の兵器でも化け物には通用しないのか?
アメリカさんに返品したほうが良くない?
「正式名が長いから、みんなギュウギュウって呼んでる」
急にかわいいな。
「ギュウギュウは今どうなっているんだ?」
「スカイツリーに上っているらしい。脚が虫っぽい特殊な造りで器用に動けるんだと。馬鹿と煙と化け物は高いところを好むらしい」
「本当かよ」
いろいろ情報が出回っているらしいが、結構適当なのも混ざっているな。こういう時は憶測は良くないが、仕方ない部分があるよな。世間に比べれば事情通である俺でさえ、ほとんど正確なことが分からないんだから。
「怖い世の中だよ。宗一郎の家、結構遠いよな。良かったら俺の家に避難するか?」
藻武……。こいつええやつやんけ!
「ありがとう。でも家に相棒を置いてきてるんだ」
「相棒? ……ネトゲの彼女的な? それたぶんおっさんだぞ」
「いーや?」
相棒はビチョのことだし、中三の頃にいたネトゲの彼女は間違いなく美少女なんだが?
「おっ。新しいの来てんな」
またギュウギュウに関する動画がトレンドに上がっているみたいだ。情報が出回るのが早い時代だ。
同じ60秒尺の動画は、おっさんの背中から始まっていた。まるで映画の導入シーンがごとく、おっさんが化け物に向かっていく。
「おら、どけよ。俺がやるから」
……おいおい。
なんども見て来たそのだらしない背中。
飲み屋からベロンベロンに酔って帰った背中。競馬で電車賃まですったその背中。風呂上りに缶ビール片手に野球中継を見る背中。碌な思い出がねーな!
そこには俺の父親がいた。
封印術を構え、呪文を唱える。
普通の人にはどう見えているかわからないが、俺は初めて自分の父親に尊敬の念を抱いた。
緊急封印と補助封印の呪文を併せて使い、最後に主封印でギュウギュウを完全に制圧してしまった。
その華麗なる技は、爺ちゃんが史上最高の封印術師と評価するに相応しい一連の動きだった。
父さん、あんな芸当出来んのかな。流石にすげー。
例えるなら、家で焼きそばを食べた後に、うどん屋とラーメン屋をはしごするくらいあり得ない芸当だった。
俺の胃袋じゃそんなこと絶対に無理。
『みんなよーく聞け。俺はこの狂っちまった時代の王になる男だ。鳴神時政って言うんだ。よろしくな』
……アラフォーで何言ってんだあのおっさん。
王? キング?
恥ずかしいからやめてくれ。こっちが死にたくなるわ。
「なあ、これってお前の親父さんじゃね?」
「いーや? 違うけど」
自分の父親が王になるとか言ってるの、身内だと告白できないんだが?
死ぬほど恥ずかしいんだが?
「……かっけええ」
ええ。そっち? 藻武そっち?
ちょっと時間を巻き戻して欲しい。ちゃんと肯定するから。
「時政さんかぁ。かっけええ。いいよな、こんな化け物が誕生した時代にあんな力を使いこなして、王になるって宣言。マジかっけええ!」
藻武だけではなかった。
周りでもみんな似たような動画を見ており、肯定的な意見を述べている。
まじ? あれ格好良いか?
もしかして俺だけが父さんを色眼鏡を通して見てる?
「動画、まだ続きがあるみたいだな」
『うぇーい。親父、宗一郎、見ってるー? 俺ちょっと東京のてっぺん取ってくるわ。じゃー元気でなー』
ダブルピースをかまして、ギュウギュウの上ではしゃぐ父親。
謎メッセージと題されたその動画は、俺と爺ちゃんに宛てられた動画だった。
うっわー。まじで恥ずかしい。
参観日ではしゃぐ父親の姿を思い出してしまう。
「……かっけええ」
「それはおかしいだろ」
このメッセージ動画のどこが格好いいんだ。もうファンじゃん。盲目的なファンじゃん。
あほなことやっても、無茶苦茶理論で擁護するファンじゃん。
『ほんじゃ。いっちょ始めますか。腐った前の世界をぶっ壊したい奴。俺と共に新しい理想の世界を作りたい奴。全員歌舞伎町に来いや』
動画はそれで締めくくられていた。
それ以上、うちの父親の情報は出回っていない。時の人となった父さんの噂ばかりが跋扈しているみたいだ。情報を売りつけてやったら結構良い金額になるんじゃないだろうか。
あのだらしない父親が、こんなに活発に動き回るなんて不思議なものだな。意外と、ニートや無職の方がこういう時代に相応しかったりして。
活動的になってくれるのは嬉しいが、あれじゃ……。
「完全に悪役だよな」
謎のカリスマ性といい、発言内容、持っている膨大な力。全部が悪役っぽい。好きにやらせていいのか?
「藻武、俺はそろそろ帰るよ。給食も食べたし、家で様子を見つつ、今後のことを考えてみる」
「おう。気を付けろよ」
「ああ、そっちもな」
荷物をまとめ、会えなかった美紀ちゃんに少しだけの未練を残し、家路につく。
帰り道は今朝よりも道がところどころ荒れていた。建物も壊れていたり、事故した車がそのままなところもある。
ニュースで取り上げる程の巨大な化け物は出ていないが、小さいなトラブルはそこらじゅうで起きているみたい。
そんなときに、呑気に給食食べてて申し訳ない。でもうまかった!
「スーパーは空いていないか。飯、本当どうしよう」
やはり食料の件が気になってくる。
うちは街外れにあるため、古くから使っている井戸水がある。だから水はなんとかなりそうだ。
畑も昔はあったようだが、今は誰もやっていないし、俺に農業の知識があるはずもない。
いろいろ不安は尽きないが、これだけは言える。
「美紀ちゃんに会えたら全部解決する……気がする!」
そう結局ここに行きつくのだ。
美紀ちゃんは万能薬みたいなものだ。たぶん、会えたらこの変わっちまった世界にピースが訪れる。そう思う。
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