第6話 ヒートテック貰いに行く

 当然っちゃ当然だが、テレビやネットは化け物のことで持ちきりだ。

 SNSのトレンドが連日『この世の終わり』『化け物の殺し方』『救世主時政』と物騒なワードが並ぶが、俺はまだなんとか生きている。

 救世主時政ってワードが一番物騒だったりするのは俺だけだろうか。


 あの父親が天下をって見ろ。国家予算の半分が競馬に使われてしまうぞ。未来永劫語り継がれるであろう、競馬最強国家の誕生だ。


 昨日は家にある残りご飯と、おかずを食べて静かに寝た。

 爺ちゃんも父さんもいない家はかなり静かだった。


 ただでさえ、だだっ広い家なのに高校生の一人暮らしだ。ラブコメなら、こういうところに美少女の幼馴染が泊まりに来てくれるんだろうけど、生憎と一番近い隣人は自転車で10分くらいかかるところに住んでおり、御年96歳である。


「うーむ。思ったより無いな」

 男三人での暮らしだったからだろうか。それとも生活力がなさ過ぎた故か。俺の家にはほとんど備蓄食料がなかった。

 お米10キロと、根野菜。缶詰が少し。日持ちするのはここらへんか。


 ビチョのエサも考えないとなぁとか思っていると、びっくりな光景が。


「ビチョ!? お前ビチョなのか?」

 俺の通学カバンにハムハムとむしゃぶりついている手のひらサイズのカエル。

 額に赤い宝石があるので、そこらのカエルじゃないことはわかる。

 けれど、昨日までオタマジャクシだったのに。


「びちょっ」

「うわっ。ビチョだ」

 分かりやすい名前にしておいて正解だった。

 それにしても変わっちまったな。


 丸みを帯びた体型で、柔らかい緑色の皮膚。お腹の中央に袋があり、袋の縁は薄黄色でぷにぷにと柔らかい。袋は普段閉じているが、カパカパ開くみたいだ。

 なにこの可愛らしい生き物。


 少し大きな頭、まん丸い瞳とか、あの猫様と張り合える愛くるしさである。


 それにしてもなんで夢中で俺のカバンをしゃぶっている?

 汗の塩味が妙に魔物好みなのか?


 丁寧に観察していると、そういう訳じゃなかった。ちょっと安心しました。今後、隙あらばビチョにチュウチュウされたらどうしようとか不安になってた。


 ビチョが食べていたのは、あの巨大ミミズの肉片だった。

 気づいていなかったが、爆発して肉片が飛んだ際に、俺のカバンにも一部が飛び散っていたらしい。


 学校の女子一人くらいは気づいていたかもしれないが、『うわっきたな』程度で済まされていたんだろうな。


「美味しいのか?」

「びちょっ!」

 めっちゃ美味しいみたい。

 横取りしないから、よく噛んで食べるんだぞ。


 ビチョの食糧問題を心配していたが、まっさきに解決してしまった。もしかしたら、成長したビチョはあの化け物たちを丸ごと食べるポテンシャルがあったりするかもしれない。


「世界は今、お前のエサだらけだぞ。もしかしたら、お前には天国な世かもな」

 まるでうちの父親みたいだ。

 今までは人間だけが世の春を謳歌していたが、これからはこいつらの世界になるのかな。


 ビチョが美味しそうに食べているのを見て、俺も腹が減ってきた。

 大事に残っている卵を茹でて、朝食とする。

 ゆで卵が一番栄養を失わず、腹持ちがいいと聞いたことがあるからだ。


 今朝のニュースは、占いをやっていなかった。

 ぴえん。


 全てのチャンネルで化け物特集である。

 奴らはなんなのか。どこから来たのか。


 我が家の異空の祠からだとバレたら、メディアとか来るのかな?

 俺も晴れて週刊誌デビューか? 目に黒い線を入れられて、過去の黒歴史を掘り起こされちゃうのだろう。


 父さんはてっぺんをとるとか言っていたが、まだテレビ様のお世話にはなっていないらしい。SNSではちらほら話題を聞くが、混乱の方が大きい感じか。


 東京でさえ、物流が滞っているらしい。

 この街も、しばらくは無理そうだな。


 そんな折、俺は素晴らしい情報を見つける。

 日本どころか、世界に羽ばたくあの超巨大アパレル会社が、本日12時から全店舗にてヒートテックを配布するらしい。


 この真夏にヒートテック!?

 殺す気!?

 エアリズムじゃない辺り、ケチくさっておもっちゃう。


 これは奉仕活動であって、宣伝活動でもあるんだろうな。大企業の器の大きさを見せつつ、ちゃっかりと宣伝もこなす高等技術。ただで貰う側なので、文句は言えない。


 そしてこれは、あのアパレル神会社は、世界がちゃんと平常運転に戻ると予期してのことだろう。

 でなければ、エアリズムも放出しているはずだ。


 世界が平和に戻った時に、あの会社に助けられたわーという人々の感謝の気持ちをかっさらう戦略。


 昔偉い人が書いた本で書かれたことを思い出す。

 人は、誰かに感謝するときに最も幸せを感じ取れるらしい。感謝される側ではなく、感謝する側がである。


 なので、俺も感謝したいので、ヒートテック貰いに行く!


「うわー。甘かった」


 12時に配るというから、11時55分に来たら、既に100人を超える大行列ができていた。

 我が家はそもそも街中から外れているからな。ここに来るまで自転車で30分もかかる。結構な不利を背負っていながら、5分前に到着する素晴らしい社会人ムーヴをしたというのに。


「こちら最後尾でーす」

「はい」

 駐輪場にチャリをとめ、列に並ぶ。

 こんな事態でも駐車場や駐輪場が機能し、マナー良く行列に並ぶわが国民に感動する。


 これはやはり、企業だけでなく、国民もみんな元通りになると考えている証なのだろう。

 でなきゃ、化け物が闊歩する真夏に、ヒートテックを貰いに行くなんて狂った行動に出る訳ない。


「びちょっ」

「ごめんなビチョ。日差しが出ててきついか?」

「びちょっ」


 家を出るとき、ビチョが頭に飛び乗ってきたので連れてきてしまった。こいつはこの世のものじゃないので、大丈夫かと思ったが、流石に直射日光はきついらしい。

 胸ポケットに移動してやると、少し涼んだのか目を細めて心地よさそうにしている。


 12時きっかりに配布が始まったのも、なんか秩序があって好印象。

 配布するだけなので、100数人目の俺にもすぐに渡った。恐ろしいのが、俺の後ろにまた数百人レベルの行列があることだ。5分前行動しておいて良かった。


「残りはXXLとSサイズになります」

 順番は来たが、残っていたのは白色のヒートテック。しかもXXLかS。俺は身長が175CMなので、普段はMかLサイズを買う。

 ヒートテックはぴっちり着た方が温かいと聞いたので、Mが適切だろう。


「うーむ」

 ぴちぴちの方が温かい理論を取ってSか?

 それとも大は小を兼ねる理論でXXLか?


 死ぬほど悩んで、後ろに並んだ数百人のプレッシャーもあって、俺はXXLを選んだ。この選択が間違いでないことを願う。


 ていうか、後ろの人たちにはヒートテックが渡りそうにない。

 代わりにエアリズムとか配り始めてらめっちゃ悔しいが、無料なので文句は言えない。


 用は済んだので、帰ろうとしていると、やたらと俺にスマホが向けられているのが分かった。


「あのー、鳴神さん家の宗一郎くんですか?」

 その中の一人、店員である人妻に声をかけられた。

 妖艶さと、穏やかそう雰囲気で人妻と判断したが、俺の願望が混じっていることも否定できはしない。


「そうです。なぜ俺のことを?」

「動画が出回っているのと……。東京の魔王、時政さんの息子だって話も」

「ほえー」

 と、東京のまっ魔王!? ほえー。


 俺は気づいていなかったが、どうやら昨日の動画が出回っているらしい。

 ミミズの化け物と戦ったやつだ。


 東京の映像や、父親のインパクトに隠れていたが、俺もちゃっかり世間に晒されていたわけだ。しかも繋がりまで察知されている。

 化け物を退治できることを知られた。


「火急な要件ではないんですけれど、鳥の化け物が家に居ついちゃって。カラスっぽいんですが、額に赤い石が埋まっているのと、たまに……」

「たまに?」

「片言で人の言葉を話すんです」

 こわっ。そしてきもっ。

 結構火急の要件じゃね?


「米粒を与えると大人しくなるし、本物のカラスと同じサイズなのでどうにかなりそうではあるんですが、不気味で。うちには子供もいるし」

 やはり人妻であったか。


「そのぉ。厚かましいお願いなんですが、うちのあのカラスを追い払って貰うことってできますか?」

 追い払うというか、依頼されているのは害獣駆除だろうな。


 俺にできることなので、頼みを聞いてやりたくはある。

「あのー、ですね。エアリズムも貰えます?」

「……ああ、はい」


 ごめんなさい。がめつくて。








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