第13話 01爆誕

「お腹ペコペコ。体力ヘロヘロ」

 リズム刻んでる場合か。


「どうして!? 食料はあれ程あったはずなのに」

 慎ましく過ごせば余裕で一ヶ月は凌げる量があったはずだ。春さんのところは兄もいるので、多めに持って帰ったはずなのに。


「……兄の賠償に支払いまして。それで刑期を短くして貰いました」

「っておい」

 原因のあのストーカー兄かよ。


 刑期ってなに? 自警団に捕まったのに、刑期とかあんの?

 本人が悪いけれど、この街物騒すぎないか?


「びちょ」

「ん? ビチョ?」


 俺の頭と同じくらいのサイズにまで成長したビチョは、普段触ろうとすると怒るお腹辺りをごそごそと探りだす。

 普段は固く締められたお腹の袋の中身を探っているようだ。


「びちょ」

「え?」

 驚いた。

 そこからチョコレートが出て来たのだ。形の崩れていない、パッケージ付きの板チョコである。


 ……どこでくすねた?

 我が家にそんなものはないぞ。あればとっくに俺が頂いている。甘味に飢えていたところだからな。


「貰っていいのか?」

「びちょ」

「恩に着る」


 疑問は残るが、とりあえず春さんに食べさせないと。

 体が弱っているので、消化のしやすいチョコレートでよかった。古い時代には、栄養失調の際に薬として用いられていた程、砂糖は栄養の回りが早い。


 チョコレートはカカオで出来ていない。その主成分は砂糖であり、次いで食物油脂だ。正式名称を付けなおすなら、砂糖油菓子カカオ風味とするべきだろう。


 ダイエットの天敵が、この食糧難ではこうもありがたく感じるとは。


「春さん、どうですか?」

「……めっちゃ美味しいです」

 聞きたかったのは味の感想ではないのだが、美味しいなら体に栄養が回っているのだろう。

 大事そうにチョコレートを食べている春さんを見て、とても安心した。


 随分と元気が戻ったようで、春さんが土下座する。


「宗一郎さんを守る私がこのようなざまで、申し訳ございません」

「いえいえ。お互いの協力が大事ですから」

 持ちつ持たれつだ。

 春さんは大変目に良いビジュアルをしているため、それだけで助かっている節がある。

 いつの時代も美人は正義である。


「それにしても街はひどい状態です」

 市長が占拠した街のことを言っている。

 初日に強硬手段を取ってでも、権力の独占を防ぐべきだったと後悔していた。

 春さんはそんなことまで考えていたのか。俺は怖いなーくらいの思考だったので、感心させられる。


「兄がずっと捕まったままなのは市長の意向もあるかと。金丸家と形代家はこの街において大きな影響力を持ちますので」

 ……あまり同意できかねる。あの兄を知らなければ、市長め! って熱くなれたに違いない。

 けれど、あいつ生粋のストーカーだもん!

 再犯濃厚だもん!


「政府もこんな街一つに関わっている場合じゃないですし、ここは二つに一つです」

「というと?」

「市長を倒して元の状態に戻すか、逃げ出すかです」

 春さんとの愛の逃避行?

 そっちがいいです。


「逃げましょう」

「もう一度」

「……逃げましょう」

「もう一度!」

「……戦いましょう」

「よろしいです。作戦はあります」

 騙された。選択権なんてなかったのだ。


 春さんは事前に考えていただろう作戦を俺に知らせていく。

 市長も馬鹿じゃない。その権力を存分に発揮して、役場には大量の護衛を連れている。


 夜襲ならばと考えた春さんだったが、夜の街にはナイフを持った武装集団が歩き回っているみたいで、こちらも市長の手先だ。

 ほんとうに物騒な街になってしまった。


「隙をつくなら、明け方6時。護衛が交代する時間帯に市長を襲撃しましょう。彼を倒して誘拐します。その後は街の指揮権を宗一郎さんが引き継ぐのです」

「独裁を俺が引き継ぐと?」

「そんなことをしたらしばきます。元の街の状態にすればいいだけです。幸い国からの支援物資は届く状態ですし」

 つまり何もするなと。

 確かにそれが最善に思える。


 細かい調整をしながら、田中さん襲撃の記憶を呼び起こす。あの時は空腹の怒りがあったから何とかなったが、人を襲撃するって結構やる側も怖いんだな。


「……宗一郎さん。少しまずいかもしれません」

 スマホの充電をしに行っていたはずの春さんが、青ざめた表情で戻ってきた。

「市長があれだけ急速に勢力を拡大したのには、多くの疑問があったのですが、これが答えだったみたいです」


 例のごとく、SNSにて拡散される動画。この時代はもうなんでもみんなで共有時代だ。感情が大きく揺れ動く動画があれば即貼り。俺も倒れている春さんの動画をあげればちょっとバズっていただろう。


「げっ!?」


 春さんが青ざめるのも無理はない。

 予想の斜め上を行く映像がそこにはあった。


 金やコネでこの街の独裁権力を握ったかと思われた市長だったが、そうではなかった。始まりはいつもこれだ。


 暴力による支配。


 体に大量の炎を纏った市長が、街中に現れた魔物を焼き殺す動画だった。大きく燃え上がる炎は2階建ての建物よりも高く、幅も広く燃え上がる。その中心に市長がいた。


 人の力ではない。

 これは異空の祠の力。


「市長も目覚めた人なのか」

「事情を知っているのですか?」

「東京や北、父さんと爺ちゃんの回りで覚醒者が出ている。俺の封印術と同じ力だ。どうやるのかは分からないけど、市長も間違いなく同じ類だと思う」

「……困りました」

 本当にそう。


 なにこの格好良い力は。

 燃え上がる炎?

 だから格好良すぎんだろ!


 こっちはただの封印する力だよ。市長は魔物を跡形もなく燃え上がらせていたよ。しかもなんか隻腕になって猛者の雰囲気も出てるし。


「春さん」

「なんですか?」

「やっぱり逃げませんか?」

「……もう一度」

「……戦いましょう」

「よろしいです」


 仕方ない。もうやるしかないみたいだ。

 市長に用がないわけでもない。あの力をどうやって覚醒させたのか聞いて見たくあった。俺の封印術も知らないことばかりだし、もしかしたらなにか手がかりがつかめるかもしれない。



 ――。


 その日、東京の異空から一匹の魔物が誕生した。


 物静かな登場に、人がその存在に築くまでにしばらく時を要した。

 東京タワーの天辺に舞い降りて、静かに空を見上げる。


 その姿形は、毛の抜けた人狼に近しい姿だった。

 肌は剥き出しだが、時折見える牙と、鋭い爪がその魔物の脅威を人々に理解させる。


「時政さん、なんか歪な魔物が出たらしいっす。禍々しい雰囲気が、ギュウギュウに匹敵するかもってみんな騒いでて。ライさんを向かわせますか?」


 部下の男に映像を見せてもらう。

 それを見た途端、時政は片手で額を抑えた。


「あちゃー」


 天を仰ぎ見て、落胆を口にする。


「ライは行かせるな。てか、誰も手を出すな」

「……はあ」

「出ちゃったか。特級が。ライじゃまだ勝てないし、俺一人でやりあうと最悪負けちまう。くっそー、親父か宗一郎でもいれば、あいつから取れるバカでかい魔石を狙ってやりあっても良かったんだが」

「そんなに強いんですか? でもあいつをやれば目標となる魔石量が……。もし確保できるとなれば、俺命張れます!」


 日に日に組織を拡大している鳴神幕府。

 人が増えただけではない。優秀な人材が集まり、覚醒者も登場した。何より、時政のためなら命を捨てられる連中ばかり。


 今日本で最も結束力の強い団体がここに組織されている。


「馬鹿言え。お前を失って魔石を手にしても意味ねーよ。あれはあきらめだ。地道に魔石を集めて、新兵器作成と行こうじゃねーか」

「時政さん! 一生ついていきます」


 時政は煙草に火をつけて、抱き着いてくる部下を受け止めつつ、煙も補充する。

 空を見上げると、ちょうど例の特級が背中に翼を生やして上空を闊歩していた。

 この世界は自分のものといわんばかりに悠々自適にである。そしてちらりと地上の時政に視線を寄こした。一瞬だけであったが、特級が興味を示す程の存在。


「初の特級か。1番目……01とでも名付けておくか」


 ゆっくりと煙を吐くと、風に乗って白い煙が流される。

 西への風だった。

 01も西に向かっている。風に任せ、気の向くままに飛んでいるのかもしれない。


「あいつ西に行くのか……。宗一郎のところに行ったりして。がっははは、そんなわけないか」

自分の父親が盛大なフラグを立てたことを、宗一郎はまだ知らない。

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