第12話 覚醒者

 執務室にて、市長が楽し気に目覚めた能力を使って遊んでいた。

 体の周りに紫色の球を這わせるように動かす。


 自分の思い描いた通りに動いてくれる。数日前まではこんな器用なことはできなかった。日に日にうまくなっていく実感がある。


「市長……それは」

 世界が変わる前も変わった後も市長の側近のままでいる男が目の前の異様な光景にギョッとする。


 そもそも、市長自体も見た目が大きく変わっていた。

 顔中に血管が浮き出ており、その血管も黒ずんでいて気味が悪い。何より、温室育ちで怪我らしい怪我もしたことのない男が、右腕を失っていた。

 深くは聞いていないが、とある大物と接触して以来市長は変わった。


 より禍々しく、歪に。


「感じるぞ。……これはあの鳴神の小僧が使っていた力と同じだ。やつらめ、こんな面白い世界を見ていたのか」

「市長、それなんか熱くないですか?」

「炎だからな。熱くて当然」

 人が炎を生み出し、それを操る。あってはならないことだ。


 こんな化け物が生まれてきた世界で、目の前の男がもっとも化け物染みている。それでも、彼の傍にいればうまい蜜が吸えるので、ついていく他ない。


「くはははっ。まさか鳴神の土地をつっついた結果、こんなことになろうとはな。一時は全てを失ったと思ったが、逆だな」

「逆?」

「そうだ。今の世界は力こそ全て。そして僕はそれを手にした。権力だけじゃない、僕はこの世界のすべてを掴むことにする」

「おっおこぼれをっ」

 思考が口に出てしまっていた。あまりの嬉しさに。世界を手にし場合、そのおこぼれならいかほどになるか。四国くらいなら貰えるんじゃないか?と思えてくる。


「こんな姿に変えてくれたお礼に、あの老いぼれは叩き潰す」

 例の御大と呼ばれていた人物のことだ。

 市長が散々愚痴っているので、知っている。


「ふむ。その前にもっとこの力を知っておきたい。化け物が出たら僕の報告しろ。この力で葬ってやる」

「いいですね。集まっている市民へのデモンストレーションにもなります」


 既に食料とインフラを抑えて、この街を掌握しつつある。後はその範囲を広めて、この混乱した世界で権力を握ろうと考えていた。


 たしかにデモンストレーションはいい案だった。

 力こそ正義な時代になりつつある。自分のこの強大な力を披露すれば、恐怖がより一層支配を強める。


「全てがうまくいくな。そうだ。どうせならあの鳴神の小僧も叩き潰しておくか。僕がどれほど強くなったのか、あの小僧を指標にしてみたい」

「いいですね。東京じゃ鳴神時政が名を馳せつつありますから、いずれはあっちもやってしまいましょう」

「おもしろい! 実に面白い時代に突入した!」


 ――。


「べっくしょん」

 なんか、真夏だというのにでかいくしゃみが出た。

 夏風邪は長引くと言うから気を付けないとな。


 市長がアホな行動に出てから、この街は日に日に物騒になっていく。

 その思惑通り、人々は食料とインフラを求めて市長の命令に従う。今日は化け物たちによって電柱が破壊された道の整備に人々が駆り出されている。


 一見ボランティア染みた素晴らしい復旧作業のようではあるが、実態はそうではない。

 炎天下の中10時間を超える労働で、貰えるのはわずかばかりの食料。しかし、これに参加しないと水と食料を貰えないだけでなく、電気やガスまで止められる始末。


 俺が家でのんびりスマホをいじっているのは、電気のない生活になれつつあったからだ。あれから頻発して停電が起きているし、スマホの充電は春さんから貰ったモバイルバッテリーで凌いでいる。


 水は井戸水が。食料は田中さんのが。つまりは、市長の言いなりにならずに済んでいる。


 街はずれで良かったと思ったのは、これが初めてだ。

 なんたって、今や街は恐怖の街となっている。夜は市長の許可を貰った人間以外は出歩けないのだ。ただでさえ停電が頻発して心寂しいのに、ディストピアみたいになってきてしまった。


 都市ガスはもともと通っていないので問題なし。うちはプロパンだ。


 これでも街には愛着があったのだが、春さんが一緒に来てくれるなら愛の逃避行でもしたいものだ。

 いくなら東京か? それとも北海道?


 いいや、祖父や父を頼る必要はない。

 島に行ったっていい!


 やれやれ。権力を求める男ってなんでこうもダサいんだろう。

 醜くて、やーね。

 これならうちの父親の方がだいぶましである。


 お金にも女性にもだらしなく、おかげで母さんにも捨てられた男だが、それでもしっかりと自分の脚で歩んでいた。国からの仕事をさぼり始めてからは、支援金に手を出したことはなく、遊ぶ金は全部自分で稼いでいたし。

 男たるもの、こうでなくちゃ。権力を掴んで、人々を支配とかめっちゃださいぞ。


 いろいろ考えていると、チラチラ見ているSNSにまたホットな話題が流れてきたようで、人々が多くの関心を寄せていた。


 トレンド 1位 『鳴神幕府』


「うおおおおおおい!!」

 東京でとんでもない組織が出来ていた。

 たった今、心の中で褒めていた父親が、市長を超える権力の亡者になっとる!!


「幕府って、武士の集団かよ……」

 言ってて、怖くなってきた。

 まさか、武装して権力を握る気?


 出回っている情報を整理していると、先日ギュウギュウを倒した際の呼びかけに、多くの若き才能が歌舞伎町に集まったらしい。

 彼らは指導者時政のもと、力を開花させ、化け物退治をして人心を掌握しているとのこと。

 実際、東京では若い人を中心に、鳴神幕府に今の混乱を収めて欲しいという意見が多く飛び交っている。


「ていうか、力の開花ってなんだ?」

 そりゃこんな世界だから、順応する必要はありそうだが、なんか書いている文章的にそういうことではなさそうな。


 その疑問に答えるように、一本の動画がおすすめに流れて来た。


「うおっ」


 動画には、雷を自由自在に体に纏わせ、まるで銛のような形にして片手に握りしめて化け物を退治する男の姿が映っていた。


「なんだこれ……。てか、後ろに移ってるの父さんかよ」


 ということは、この雷男も鳴神幕府の人か。

 ほんま武装集団だな。それも新時代の武士。異能を持った武士たちの集団、それが鳴神幕府か。


「あの力、封印術と近しいものを感じたけど……」

 どうやって開花させるのだろうか?

 そういえば、俺は生まれ持って力を持っていたが、一族の中には後天的に力を得た人もいたと爺ちゃんが言っていたことがある。


 つまり、爺ちゃんと父さんは、後天的に力をめざめさせる方法を知っている可能性が大きい。


「うわー! 聞いとけばよかったぁ!」


 春さんに力を授けて、ワンチャンス好きになって貰う可能性があったのに!

 なんてことだああああ!!


 それに雷の力ってめっちゃ格好良いんですけど!?

 封印術ってなに?

 地味!

 俺もあんな派手できらきら、中学生がテンション上げそうな力が良い!


 無いものねだりしても仕方ないので、この情報を春さんに共有しに行こうと思う。そういえば、春さん今日遅いな。そろそろ来ててもおかしくないのに。じゃあ、たまには俺から出向いていいだろう。


『私もその力が欲しいです! 形代の力があるとはいえ、化け物が出る世界で私も戦えたら最高です。是非教えてください! 宗一郎さん!』


 春さんの声で、高い最限度脳内再生される。

 ぐふふふっ。こりゃ最高だ。


 形代の豪華な神社に到着し、一応お参りしてから春さんの家のチャイムを押す。

 反応がない。

 兄がストーカー騒ぎで捕まったと言っていたが、まだ解放されていないのも知れない。


「うっ……」

 女性の苦しそうな声がした。

 玄関だ。近い。


 最悪の想像が頭を過る。

 化け物がこの家に現れて、春さんを!?


 扉を開くと、血の気が引いた。

 春さんがうつぶせに倒れていたのだ。


「春さん!」

「……宗一郎さん」

「怪我は! ……出血は無さそうですが」

「……お腹がすきました」

「は?」

「……空腹が限界です」


 ……え?



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