第11話 希望と絶望。角刈りの決意
イノイノの処理は、その場にいた人たちで協力して分解しておいた。
人間逞しいもので、あんな化け物でもこんな非常事態では『これって食べれんの? うまいの? 旬?』って発想になるらしい。
旬であることは確かだ。
議論した結果、調理してから考えんべ! ってことになった。
燻製してベーコンにするらしい。臭みがある可能性が高いため、煙で誤魔化してしまおうという訳だ。臭い物に蓋理論は大好きである。大掃除のときとかに役に立つ。
非常に恐れていた飢え問題が、また当分先送りに出来たことは喜ばしい限りだ。田中さん宅には恐ろしい程の貯えがあったからな。出荷前で良かった。
他にも街には農家があり、そちらも多少トラブルがあったが最後には円満に食料の配布が行き届いたらしい。奪った我々が円満と言っているだけで、向こうからしたら全然円満じゃない可能性があるが、深く考えないでおく。
「今夜はポートーフー」
大量に野菜とお米が手に入ったので、具材たっぷりの野菜スープを作ろうと思う。腹持ちもいいし、クズ野菜までしっかり入れられる素晴らしい料理だ。
ビチョも久々に魔物の肉が手に入ったからか、さっきからずっと肉にむしゃぶりついている。骨についた肉が特にうまいと見える。先にビチョの分だけ脚を一本分けて貰っていたのだが、正解だったみたいだ。
そういえば、ビチョが大きくなるにつれて家から物がなくなっている気がする。今朝、家の鍵が見つからずに苦労したし、アクセサリーの類や、小銭も無くなっていた。
こんなご時世にコソ泥か? と疑うが、流石にそんなものを優先して盗るあほもいないだろう。食料とか探すよな? 普通。
俺の家で謎の怪奇現象が起きているが、今夜はそれよりも遥かに恐ろしい出来事が起きた。
「あっ!」
ガシャンと何かが落ちた音がしたかと思えば、家中の照明が消えた。料理中の火だけが光源となって、わずかばかりの視界をくれる。
我が家は山の麓にあって、ご近所さんもいない。
街灯などの設備も近くにはなく、停電が起きると結構絶望的な闇が襲ってくる。
「ちょまっ……。こわー。めちゃこわー!」
唐突な暗闇で、急に一人だということを痛感させられる。
自分がこんなに夜に耐性がなかったことに始めて気づいた瞬間だった。
ビチョがちゅぱちゅぱ言わせている音を頼りに、近くに置いていたスマホを手探りで見つける。
スマホを手に取り、懐中電灯の昨日をオンにして気づいた。
もしかして今後充電が難しくなる?
停電だから一時的なものだと習慣染みた思考が先行していたが、冷静に考えれば電力が戻る保証なんてない。
懐中電灯に使う電気がもったいない気がしてきて、慌てて消した。
蠟燭が家にあった気がしたので、足の小指に5度ほど致命傷を与えながら物置から見つけ出す。
ゆらゆらと揺れる小さな灯が、リビングに光源をくれる。
良い香りを出すポトフと、炊き上がりの米の香りも、こうも周りが暗いと楽しみが半減だ。
「えーと……」
『春さん今何してますか? 俺の家に来ませんか? ポトフあります』
頼む来てくれと願うようにラインを送る。届けライン、君がライフラインってね。……てへっ。
送れた。まだ電波は通っているみたい。
『何もしません。絶対に何もしませんので、来ませんか?』
押しの一文を送る。
送って気づいたが、これはダメな押し方だったのでは? 逆に変な感じにならないか? と不安になる。
不安はぴったり的中した。
『怪しすぎるので絶対に行きません。それに今は立て込んでいますので』
『手伝いましょうか?』
一人で家にいるのが怖いので!
『いいえ、結構です。兄がストーカー騒ぎで自警団に取り押さえられてしまいました。今被害者の方と示談に及んでいます。食料や我が家の家財でどうにかなればいいのですが』
あいつまだやってたのか!
「くっそー。ストーカーのせいで春さんを取られたぁ」
ストーカーはいつの時代も許されない行為である。気をつけられたし。
あのバカ兄にただならぬ怒りを感じていたが、しばらくすると暗闇が平気になってきた。
目も慣れて来たし、心も妙に落ち着く。
なんかスマホをポチポチしてた昨晩よりも、今の方がなんかリラックスできている感じだ。
不思議だ。日々文明が衰えて行っている感じがするのに、不思議と心身ともに以前より調子が良い気がする。現代生活ってやつは……。
折角なので物置に何か他にもないかと探してみると、手動で発電できるラジオを見つけた。
我が家にあった数少ない災害対策の道具である。
全力で漕ぎ手を回して発電し、ラジオをオンにする。どうやらこちらも繋がっているらしい。それどころか、テレビやSNSよりもずっと身近な情報を発信してくれている。
この停電にもタイムリーな情報を与えてくれて、どこどこに行けば現在焚火をしているなどの情報が寄せられていた。
なんか、野鳥を飼ってキャンプファイヤーみたいなことをしている情報もあった。意外と楽しそう。人間まじ逞しい。
ラジオをBGMに、久々に腹いっぱい食べれたことで入眠がスムーズだった。スマホのブルーライトが少なかったのもいい影響だったのかもしれない。
朝起きると、まっさきに電気が戻っているか確かめた。
「戻ってる!」
慌ててスマホを充電する。こいつの充電が無くなると本当に困る。
テレビには久々に明るい話題が流れていた。
どうやら、ギュウギュウとクマクマの騒動がようやく落ち着いてきたため、政府も復興に動き始めたみたいだ。
各地の道路に人員が導入されて、荒れた道を修復し、順次配送のトラックが動けるようにしている映像まで流れている。
うおおおおおおお。政府結構有能だった。高い税金取るだけじゃなかったんや!
明日にも全国に食料が行きわたるし、国民全員が食べられる量の貯えなら1年分くらいもあるらしい。
流石地震大国。違う形ではあったが、備えが半端ないためこういう事態にも対処出来てしまった。
第二次米米騒動 田中さん今度こそ絶体絶命編、がやって来そうになくて良かった。
「って、ビチョでかくね?」
「びちょ」
まーた一回り大きくなっている。それなのに、相変わらず俺の頭の上に乗るのが好きみたいで、飛び乗ってくる。ずっしりと重い。バスケットボールくらいの重さまで成長した気がする。
「最近ものがなくなってる気がするんだけど、お前の袋に入ってたりしないよな?」
「びちょ」
知らないと言わんばかりに視線を逸らす。……かわいい相棒なので詰めるのは辞めておくか。
「食料の貯えもあるし、働くか。明日から物資も来る。今のうちに荒れた道の整備や、小さな魔物を駆除しておきたい」
一応おばば様からこの街を託されている。化け物を退治できるのも俺くらいだし、田中さん宅の食料を奪ったぶんくらいは働こうと思う。
折角こうして俺のような若い世代が前を向き始めていたというのに、事態は次の日になって急激に悪くなった。
朝から街中の様子がおかしかったし、人が役場の前に群がっていたからすぐに物資が来たのだとわかった。
しかし、そこへ行くと強面の男たちが役場を囲み、盾を持って住民を威嚇している。
怖ろしいことにその中には警察や自衛隊までいた。ということは、銃の所持もしているわけだ。
これでは田中さん宅のように暴動に出る訳にもいかない。
事情を聴いていると、今朝方大量の運送トラックがやって来て、街の人たちに向けた支援物資を役場に送り届けたのだ。ニュースでやっていた国からの支援である。
物資を貰えると思っていた住民たちは朝早くから集まるが、一向に入れて貰えないどころか、事情の説明もない。
そして俺が到着する一時間ほど前に、ようやく市長から発表があった。
その内容が恐ろしく、要点をまとめると次の3つになる。
・物資が足らず、住民の選別が必要
・市長に従う者だけが食料とインフラを享受できる
・逆らう者は反逆者として化け物と共に排除する
との恐ろしい通知だ。
市長は地元の有力者で、父親も元市長で、今は国会議員様だ。金丸家の影響力は、地元において形代家を上回る程強大なものだ。
こんな時代になってもボンボンは強いらしい。
金で雇われたのか、それとも食料で雇われたのか、役場を囲うメンツはどれもガタイが良い戦闘民族。
まさかこんな形で権力を握ろうとする愚か者が現れようとは。しかも、なんかめっちゃ効果が出そうなのがまた怖い。
国から支給された物資を自分たちで囲み、権力に従う者にだけ分け与えることで独裁権力を手にするか……。北の方にある独裁国家じゃねーか! 角刈りにすんぞ市長め。
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