第9話 令和の米騒動
地元で名のある形代家のバックアップがあったせいだろうか。
それとも俺が化け物を退治できる力があることが知られたせいだろうか。
外に出ると、やたらと声をかけられることが増えた。
あの動画が出回って以来、変な噂も独り歩きしている。
俺も東京の空に浮かぶ、異空間、その中から化け物と一緒に出て来たのではないかという噂だ。
16年地元に住んでいるが?
先祖代々この地にいるが?
近くのスーパーで買い物しているし、学校も通っているが?
人の恐怖心というのは恐ろしいもので、とんでもない憶測を生んでしまうものだ。
そうそう。北海道にいる祖父の動画もSNS上で見かけた。父に負けない封印術で、北に出現した『特定外来種赤目保有クマ科獣』、通称クマクマを退治している。
東京のギュウギュウレベルの化け物だったらしく、自衛隊が苦戦している中の討伐だったため、動画は瞬く間に拡散した。
これで化け物を直接人が退治した例は10件目らしい。自衛隊や警察が武器を所持して駆除したものは含まない。
鳴神家以外にも、やはり日本各地に能力者はいるみたいだ。
それでもギュウギュウとクマクマのインパクトは桁違いに大きく、時政は『中央の魔王』、善一は『北の将軍』なんて格好良い通り名がついている。何せギュウギュウとクマクマは自衛隊を返り討ちにし、高層ビルを数棟壊している災害レベルだからな。
同じ苗字だろうか。功績のわりに俺にも通り名がついていた。
『西の小僧』
小僧……。
ネットでは俺のことを小僧と呼んでいる。
ま、まあ……。あんまり手柄を立てていないし、こんなものか。
何はともあれ、俺の知名度は広まりつつある。
これが平和な日々ならなんて喜ばしいことだろうか。
ユーチューバーとして食っていけそうな知名度だ。
「……食料が尽きたか」
そう。名ばかりが売れても、こんな時代ではそもそも食べるものがない。
物流が止まって今日で6日目。
昨日、近所のスーパーが店を開き、全ての商品を割引価格で解放していた。なんとありがたいことかと思ったが、俺が行った時には既に食料などなかった。
保存できそうな食料は真っ先になくなり、わずかに残っていたのは金魚のエサくらいである。うーん、ぎりぎり食えない!
俺は一人暮らしで、幼い子供も老人もいない家庭なので食料確保の優先度は低いが、それでも危機感が薄かった。
まさか、ここまで混乱が長引くとは。
なんだかんだ、化け物が出ても物流は戻るんじゃないかと思ったが、北に出たクマクマの影響が大きかった。
あの対応に政府が追われて、物流が麻痺したままなのだ。
どうしようかと悩んでいる間、俺の家のチャイムを鳴らされた。
玄関にて出迎えると、なんとそこには数十名を超える住民の方たちがいた。
おばば様が何かあれば、鳴神宗一郎を頼れと皆に言っていたみたいだが、本当に押し寄せてくるとは。
「なっ、なにごとでしょうか?」
「折り入ってご相談が」
「ほう。……あっ、春さん」
タイミングよく、群衆の後ろに春さんが姿を現した。今日もお美しい。美紀ちゃんレベルの美女はそうそういないので、一発で気が付いた。
おばば様の命令で彼女は俺の付き人になってくれている。二日前から通ってくれており、来るたびにおにぎりを分けて貰っている。ありがたや。
我が家は無駄に広いので、全員をあげて、話を聞くことにした。
食べ物はもうなく、井戸水なら飲み放題だと気をきかせる。気が利いているかは定かじゃない。
「その件なのです。皆食料がなくなってきて、不安に思っています。役場も機能しておらず、警察も化け物の対処で」
「生活がままならないと」
「はい。ですが、近くに大きな農家があるのをご存知でしょうか?」
「知っています」
田中さんの家だったかな。
地元の大地主である。
人を多く雇って、米やら野菜やら多くを育てている家だ。全国に出荷しているだけでなく、地元でも田中さんの家の作物は品質が良く軽くブランド化されている。
「そこにはお米や保存の効く穀物が多く蓄えられているんです。しかも、出荷できずに腐るような葉野菜たちも多く抱えていて」
「あっ。そうか。あるところにはあるのか」
みんな食料に困っていると思っていたが、それを生産しているところには貯えがあって当然だ。お金と一緒。あるところにはあるんだなぁ。
「葉野菜だけでも街のみんなに分け与えるように交渉したのですが、法外な対価を要求されて……」
なるほど。それで俺のところに。
今や名が知れているし、街の有力者のバックアップもある。
交渉に行ってくれ。あわよくば、汚れ役を引き受けてくれというわけだ。
「まあまあ、皆さん追い付いて。田中さんも不安が沢山あるでしょうし、法外な値段を吹っ掛けるのも仕方ありません。こんな事態ですし、お金よりも食料を優先して購入なさっては以下かですか?」
なんと紳士な対応。
西のジェントルマンに通り名が変わらないか、心配である。
「それが……キャベツ一球が、5万円もするんです」
「キャベツ一球……5万!? ……5万!? 今の円相場なら400ドル!?」
宗一郎こと、俺は激怒した。
「開けんかい!!」
壁ドンならぬ、門ドンである。
やくざの事務所にカチコミに行く強面警察。その姿がまんま今の俺と重なる。
「落ち着いて下さい、とか冷静に言っていた人が何やってんですか」
春さんが冷めた目で俺のことを見ているが、美女を目の前にしてももう冷静ではいられない。
キャベツ一球5万だと聞いた瞬間、頭に血が上り、俺は皆と共に田中さんの家へ押し寄せていた。
「キャベツ一球5万だと!? 舐めとんかいワレ! PS5買えんぞコラ! 今すぐ開けんかい!」
開けろ! 開けろ! と俺の言葉に群衆が続く。
もはや暴動。これは令和の米騒動である。
「殺すぞ! 門を開けろ! PS5舐めんなよ! 120FPSまで出るんだぞ!」
「話がPS5中心になっていませんか?」
春さん。そんな冷静にツッコまなくて、一緒に暴動しませんか?
やってみると意外とスッキリしますよ。不安とか吹き飛びます。
熱に押されてか、野次馬まで集まり、事が大きくなっていく。
そしたら耐えかねたのか、田中さんが門の奥から拡声器を持って返答した。
「お前ら! 普段は農業に感謝もしないくせに! こんな事態になってから都合がいいんだよ! 今更農業の大切さを知ってももう遅いんだよ!」
「でゃまれ! 正論で俺たちの空腹を鎮められると思ってんじゃねーぞ。今すぐ値下げするか、PS5差し出すか決めろ。破城槌の準備はできている!」
「嘘つけ! 今の時代に破城槌なんてあるかボケ!」
普通にバレた。
「平時のときと緊急時で価値観が変わるのは当然。今農業やってる家が食料独占すんのは違うだろ!」
「運も実力のうちよ! ビットコイン長者やプロゲーマーだって時代によっちゃただのニートだわ!」
それもそうや……。論破されちまったよ。
「……みなさん、田中さんの言うことももっともです。まあ今日は一旦帰りましょう……なわけねーだろ! 門ぶち壊すぞおおおお!」
タックルをかまして門にぶつかる。
人がこれだけいれば何とかなるだろ。
「ぎゃー化け物!!」
「腹をすかせた群衆は化け物にもなるぞコラ!」
「ちっ違う。リアルなやつ! リアルなのが家に出たんだって!」
田中さん宅が騒々しい。
なんか危機感を感じられる悲鳴まで聞こえる。
あまりにも声が必死なので、我々群衆の方が少し冷めたくらいである。
どうしようと待っていると、思わぬ打開展開が。
なんと中から門を突き破るように、化け物が飛び出して来た。
超巨大なイノシシ。額に赤い石が埋め込まれているので、異空の祠から誕生した化け物だろう。
その口にはPS5……いや、キャベツが一球咥えられていた。
化け物を見て、群衆が我先にと悲鳴をあげながら散り散りになる。
米やキャベツを求めている場合じゃない。自分の命の方が遥かに大事だ。
残ったのは、俺と春さん。後は家の中に田中さんくらいだ。
「春さん。逃げてください。ここは俺がやります」
ちょっと手ごわそうだ。ミミズの化け物くらい楽にはいかないだろう。
「おばば様にあなたの面倒を看るように言われていますので。私には形代の血が流れています。自分の身くらいは自分で守れます故、お気になさらず」
「……心強い。って、なんかネチョッととしたものが?」
頭の上から垂れて来たひんやりとした粘液は、ビチョの唾液だった。
そういえば、数日餌を与えていない。というより、与えても食べないのだ。
一度美味しいチュールを与えると、安いカリカリでは満足しなくなる猫と一緒だ。ミミズの化け物の肉片を食べて以降、ビチョは人間界のものには興味を示さない。
「あれが食べたいのか?」
「びちょっ」
よし。
あのイノイノを倒して、米とPS5とビチョのエサを勝ち取ろうと思う。
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