第8話 契約 魔法少女
「車内にあるものは好きに飲み食いしてって良いからね」
ストーカーは金持ちだった。
形代家は神社の運営を行っている一家だ。その歴史は古く、我が鳴神一族との繋がりも深い。
地元でも有名な神社で、俺が今乗っている高級バンのシートのふかふか具合を鑑みるに、かなり儲かっている。
こんな車、有名人がパパラッチに囲まれながら出てくるシーンでしか見たことがない。
形代神社は、地元の人の参拝はもちろん、旅行客にも人気だったりする。数年前にはアニメのモデルとしても採用され、聖地巡礼として毎年秋がやってくる季節になると、ぞろぞろとデュフデュフ言っている連中がやってくる。
彼らは一年必死に働き、納税と自らへの消費は極限まで抑え、ため込んだ分を全て形代神社にて散在するのだ。
その熱狂ぶりや、まさにカルト集団!
最近ではちいさくてかわいいやつらとコラボしたりして、その勢いは留まることを知らない。
そんなに儲かっているなら、世界を守る手伝いを共にする一家同士、お札を安くしてくれればよかったに……。
それにしても、あんなコラボおみくじやお守りに御利益なんてあるのかね?
本物の力を持っていながら、まがい物を売るのだから、形代家というのは質が悪い。
そう。形代家は、その力だけを見れば、我が鳴神一族と匹敵する程、古くから伝わる神聖な力を持つ家だったりする。
「いやー、すまないね。まさかあやめさんの家で君を捕まえることができるとは。いや、捕まったのは僕か。あっはははは」
「黙れストーカー」
「ごっごめんなさい」
ストーカーに怒っているんじゃない。
やたらと金持ちなので、八つ当たりしているだけだ。
ヒートテックの行列に並ぶやつの気持ちなんて、分からないんだろうな!
久々にやってきた形代神社は、子供の頃に見た姿よりも修繕されており、おまけに増設工事も完了していた。つまりは倍くらい大きくなっていた。
公的な神社かと思うくらい、御立派である。ガムをくちゃくちゃして、後で吐き捨ててやろう。
子供の頃は、お祭りで良く来ていた。
けれど、俺が封印術を任され始めた頃、というより父親がサボり始めた頃である。
この一家から毎月やってくるとんでもないお札の請求額に手がプルプル、血管がピキピキして以来祭りには参加していないので、久々に来る形となった。
「でけー。手入れも行き届いているし」
ここだけ世界の変化の影響がなかったと見間違うくらい、庭が綺麗に整理されている。
若干神聖な空気を感じるのは、形代家が本物だからか、それとも俺がミーハーだからか。
「おばば様。鳴神宗一郎を呼んで参りました」
神社の隣にある民家へと通され、進んだどん詰まりの一室の前にて数馬が正座する。
ストーカーっぽさはなくなり、身内だというのに礼儀正しく声をかけている。
「入れ」
室内から声が聞こえた。
おばば様という存在は知っているが、俺も会うのは初めてだった。
……室内に入ると、めっちゃ年を食った老人がいた。
失礼だが、うちの爺ちゃんより3,40くらい上なんじゃないかと思うくらいご高齢だ。
「……宗一郎か。座れ」
「はっはい」
「ちこう寄れ。目があまりよくなくての」
「あっはい」
じろじろと顔を観察される。
少し臭いまで嗅いでいるのは、なんのためだろう?
「うーむ。善一程の男前ではないの」
おばばてめー!
善一は祖父の名前だ。祖父は確かにザ和風なイケメンであるが、俺を目の前にして比べた結果を言うものではない。
「時政も若い頃は格好良かったのに、宗一郎は微妙じゃ」
「おばば様……程々に」
「それもそうじゃな。美男子を楽しむほど、悠長な状況ではない」
侮辱したいだけして、謝罪もせず話を進め始める。近くに用意していたものを数馬に命じて、積まれた書物を取り出して、俺に渡す。
「これには鳴神家、形代家……まあ異空の祠に関する人物たちのことが詳細に書かれておる。帰ったら読むが良い」
「なぜ今こんなものを」
「どうせ平時に渡しても読まんじゃろう」
……たしかに。
たぶん、今日も帰ったら読まないと思うわ。ごめん。
「時は戦国まで遡る。当時、城攻めに遭った殿様が自室にて突如割れた仏像の中に黒き海を見る……」
ペラペラペラペラ。ぺーラペラペラ。
なんか歴史を語り出したけど、半分くらいぼーっとしてて聞いてなかった。
要約すると、突如現れた異空の祠を当時の有力者で管理していたが、そこからは絶えず化け物が出てきていたらしい。
そんな折、封印術に目覚めた我が鳴神一族が黒き海を祠に封じ込め、以降当時の天下人から祠を守る任をずっと任されているのだと。
たぶんこれであってるはず。
なぜ鳴神家や形代家が特別な力を有しているのか、その秘密はお互いが権力を巡って争っていたので共有されていないらしい。
「形代の力は形代の者に授ける。お主も鳴神の力の秘密を知りたいのなら、善一を捕まえて聞くことじゃな」
「祖父は今どこにいるのかわからなくて……」
「北にいると聞いたぞ」
「北? 北海道ってこと? なんでまた」
「……善一の性格からしてあれじゃろうな。全く、良い男じゃてあれは。では、ワシは行くとしよう」
なんか歴史と家の関係性を述べたら、満足したのかおばば様が立ち上がった。
どこへ行くというのか。
「行くってのは、どこへ? 外は危ないかもしれないですよ」
「アホ。わたしゃもうこんな歳じゃ。異空の祠が解放された今、あぶなっかしくてこんなところにおれんわ。自家用ジェットでマカオへ行き、少し遊んだらバリ。飽きたらハワイ行きじゃ。この国は危なすぎる」
おばば様から信じられない横文字の連呼で、一瞬頭がバグりかけた。
世界地図が浮かぶが、ピンポイントで位置関係は掴めない。自家用ジェット持ってる程儲かってる部分もツッコミたいし、思考が追い付かない。
ていうか、外国は化け物の影響がなかったりするのだろうか。
俺が混乱している間に、形代家の者の手を借りて、おばば様の旅支度が始まる。
「あっそうそう。お主に良い物をくれてやる。それと春、こっちへ。うちの末娘をお前につけてやろう」
「末娘……」
「ではさらば。街は頼んだぞ、鳴神の宗一郎」
しばらくすると、室内に女性が入ってきた。
俺と同じ年齢くらいの美しい女性だ。
……み、美紀ちゃんくらい可愛い。
「形代春です。数馬の妹で、近くの上嬢院高校に通っています」
あの超お嬢様学校の!?
秘密の花園と謡われていたあの学校には、本当に美女が眠っていたらしい。
「年齢は16。形代の秘儀を有しています……。それと彼氏は募集していません」
……そんな自己紹介ある?
俺、そんなに物欲しそうな目をしてたかい?
初めて聞いたよ。自己紹介で彼氏は募集していませんって。
「頭の上のカエルですが、使い魔にするための契約書を持ってきています。おばば様から、正式な使い魔にするようにと」
「使い魔? ビチョのことか?」
「ええ。使い魔は我々を助けて下さいます。きっと契約して損はないですよ」
怪しい契約書には気を付けろ。連帯保証人にはなるな。そう教えられたはずなのに、美女が迫ってくる契約書には抗えない。
魔法少女と契約でもさせられるのだろうか。
たとえこれが怪しい書類であろうとも、俺はサインをする。彼女の魅力には抗えない。
墨汁と和筆でつらつらと漢字が書かれた和紙には、2カ所に円形の空欄がある。
春さんがビチョを持ちあげ、片方に載せる。
もう片方には俺の手が必要みたいで、手を握られた。
美女に手を!
と喜んだのもそこまで。
ナイフを取り出して、俺の指先をスパッと斬ってのけた。彼女は結構猟奇的だった。
「ひゃっ!?」
「騒がない。血を少し貰うだけです」
どっぱどっぱ出てるけど! 傷深くない?
滴った血をもう一つの空欄に載せると、契約は完了らしい。
和紙の文字が吸い寄せられるように消え、ビチョが乗って湿った場所や、俺の血も綺麗に消えた。
そして代わりに新しい文字が浮かび上がる。
主 鳴神 宗一郎
名前: ビチョ
種族: フクロカエル
力: 体内に小さな袋を持ち、人と物を収納する。盗みが得意
びっビチョ……。
お前泥棒カエルだったの?
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