封印術師、予算削減でクビになる。……東京に魔物が溢れますが、それは大丈夫でしょうか?
スパ郎
第1話 祠の仕事
「古の力よ、今ここに集い、傷つきし結界を癒せ。裂け目を繋ぎ、封印を再び」
『再生の法』
呪文を唱え終わると、祠の扉を閉ざすようにぐるぐる巻きにされた太い手綱が綺麗に修復される。
戦国の世にご先祖様が主封印したものを、こうして先祖代々修復、強化して守ってきた。
この祠が開かれるとき、世界に混沌が訪れるらしい。
「そんなこと知ったこっちゃない……」
なんて罰当たりなこと、父や祖父の前では言えない。
俺はまだ高校生だというのに、こんな仕事を任されている。
それというのも、父が怠けものだからだ。
祖父は既に封印術師から引退しており、正式に家督を父に譲っている。その父と来たら、ここ数百年で一番の大バカ者だと祖父に揶揄されるような人物だ。
酒とギャンブルと女に目がなく、仕事はそっちのけ。
一族の大事な仕事を俺に任せっきりで、今日も繫華街をうろついている。
そもそも、この仕事は国に任された大事なお役目である。
当時の天下人、江戸の将軍様、そして激動の時代であってもこのお役目は任され続けて来た。
今時こんな怪しい情報を外部に漏らせばただの笑いものだ。
SNSにのっけでもしたら、大炎上である。
なにせ、この祠の管理には税金が投入されているからだ。
祖父や父、そして俺自身にも封印術なんてものが使えなきゃ、本当にこんな怪しいこと、馬鹿らしくてやってられなかった。
けれど、封印術はちゃんとあるし、なんと税金は市から出ているわけではない。
公にするとまずいという理由で、市からの交付金となっているが、その大元は国から出ている。
昔は結構公にしていたらしいけれど、時代と共に形が変わったわけだ。今は情報が広がりやすいからな。一度知られたら、オカルト好きの連中が、こんな山中にもわらわらと集まってきそうだ。
そんな大事な仕事だというのに、我が父と来たら……。今日もどこにいるのかさえ分からない。
いっそのこと抵抗して仕事をさぼってやろうかと反抗的になったこともある。しかし、父と祖父が受け取っている額を聞いてそれは辞めておいた。
実に月に100万円近くの大金を受け取っているのだ。
もちろんそれは我が家だけが享受するのではなく、いろいろ経費にも回される。
祠の清掃(俺)だったり、祠の封印補助の御札(バカ高い)だったり、祠付近への立ち入りを禁止する柵の設備だったりだ。
まあ日本を守るための役目だと考えると、かなりお安い金額だ。
祖父の祖父。つまり俺のスーパー爺ちゃんの代なんかは、この金額が10倍はあったらしい。これも時代とともに危機感が風化してしまった故らしい。
国の中枢のお偉いさん方も世代が変わり、祠の重要性が分かっていないと祖父は嘆いていた。
まあ俺みたいな考えの世代が政治家になってるんだろうなぁ。俺でも予算を減らすと思う。
けれど、完全には無くさないところが、まだまだこの国も捨てたものじゃないなと思う。
ぐだぐだ考え、父への不満も祠で愚痴り、仕事を終えて俺は家にもどった。
実家は、こちらも代々受け継がれてきた山の麓にある家だ。
天啓的な日本家屋で、めちゃくちゃ広いが、それだけだ。最新の床暖もなければ、おしゃれな見た目もしていない。ただただ古い!
そして虫が沢山出る。
「おう。戻ったか。仕事は?」
「ばっちり。あっ、こんにちは」
珍しくお客様が来ていた。
応接室の扉が開かれていたが、本当に珍しいので気づくのに遅れた。
「す、すみません。……お茶などお持ちしますね」
「いらん」
拒否したのは爺ちゃんだった。なんか、機嫌が悪そう。
「話に戻りましょう。もう一度聞きますが、あの予算は何のために使われているのですか?」
「そなたが知る必要はない」
「そうはいかないのですよ。大事な血税が、訳の分からないものに使われているんだ」
「あれは市から出ている予算ではない。特別に国から交付されているはずだ」
「だが、その使い道は私に任されている。きちんと理由を述べなければ……わかっていますね?」
「そなたにそんな権利はない」
「どうでしょうか?」
ピリピリとした雰囲気が続く。
爺ちゃんは一歩も引かない。相手は、俺の記憶違いじゃなければ市長である。この地の絶大的な権力者だ。
昔はこの地の権力者も我が一族だったらしいのだが、それも100年程前から徐々に人口が増えつつ、街の規模が大きくなってからは様変わりした。
「覚悟しておくことですね」
「勝手なことをすれば禍が起きる。そして、そなたもその小さな市長の座を追われることになるぞ」
「ふん」
最後に鼻で笑い、市長は席を立った。
テレビでは見せない、傲慢で強気な態度だった。
人の本性って、やっぱりメディアの前じゃ見れないものだね。全く印象が変わったので、つくづくそれを実感してしまう。
「爺ちゃん、あれ良かったのか?」
市長が立ち去ったので、本音を聞いてみる。
「かわまんよ」
ただ強気でいたわけじゃないみたい。爺ちゃんは本当に余裕そうだった。
「説明してやればよかったのに」
「信じるものか」
「それもそうか」
封印術を使える俺がギリギリ信じているレベルだからな。一族の末裔がこの始末である。今の時代の外部の人間に、祠の危機感なんて伝わんないよな。
「でも、予算を打ち切られたら……」
「心配せずとも良い」
「ええ……。でも月々のお金が」
あの不労所得が! いや、働いてはいるけど!
その安定的な収入源が俺の代で途切れてしまう!
「まあそうなったらそうなったで良い。お前の父などはさぞ喜ぶことじゃろう」
「はい? 父さんが?」
なぜなのか詳しく聞いてみた。
「お前の年くらいのときは、ワシになんども噛みついてきておった。一族が舐められている。封印術の大事さを世は理解していない。いっそのこと、祠を解放してやれ、などと怒鳴り力しておったよ」
ほっほっと愉快そう爺ちゃんが語る。いつも父を貶している爺ちゃんが、父のことを嬉しそうに語るのは珍しい。
こんなに笑う爺ちゃんは久々に見る。実は爺ちゃんも同じ考えだったり?
「父さんはただのあほだと思っていたけど、そうじゃなかったんだな」
「あほ? それどころか、おそらく一族でもっとも優秀な封印術師じゃぞ、あれは。我が祖父も相当なものだったが、比べ物にもならん」
「え? それ本当に父さん?」
違う人のこと言ってないよね?
酒! ギャンブル! 女!
俺はそんな父の姿しか知らないけど!
「あれほどの才は後にも先にもない。まあその反動でか、とんでもない馬鹿になったが。とにかく、全ては時代の赴くままに。あの市長が何をしようが、別にワシらは困らんという訳じゃ」
「んな無責任な」
「無責任は世間のほうじゃ」
それもそうなのか?
そうかもしれない。
そしてこの一週間後、俺が心配していたことが起きるのであった。
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