第16話 時間は等価じゃない
いつの時代にも格差はあるみたいで、それはこの非常時にも言えることで……。
「すっ涼しいー」
春さんの家にはエアコンがあった。いや、エアコンは俺の家にもあるんだけど、今は電気が不足していて。
でも、なんとこの超儲かっている神社には巨大な発電機があったのだ。
俺が暑さに悶え、スマホの充電切れにびくびくしているとき、春さんは冷房の下で情報を集めていたらしい。
憎い……格差が憎い!!
この世から貧困を無くしたい!
るんるんと鼻歌交じりに朝食を準備してくれている春さんのエプロン姿を拝んで、スマホポチポチタイムに入る。
情報収集の目的もあるが、何よりまだスマホ依存が抜け切れていない。もっと世界が荒廃すれば依存先も変わりそうだが、今はまだこいつの魔力が最強。
「涼しい部屋でスマホポチポチ、SNS探索。さいこー」
この世の天国である。
コーラとポテチがあったら、昇天しているところだ。
SNSは少し様変わりしている。自己商人欲求を満たすコンテンツではなく、今や大事な情報取得ツールだ。
日本各地で起きている魔物騒動の最新情報が共有されている。
まあもちろん、魔物を倒して動画をアップし、いいねを稼ぐ自己承認欲求な使い方の奴らも当然いる。
それとイラスト系と、エッチな画像をアップする系はいつだっていいねが多い。
「いいねポチっと」
俺もとうぜん押しておいた。
さてさて、肝心の情報集めだ。
また父さんが何かやってないかと警戒したが、今回暴れているのは爺ちゃんの方だった。
『ヒーロー』
と題された動画には、祖父を先頭におそらく覚醒者たちが付き従って海に出ていた。
船上にて外国の軍船と戦闘を行っている。
ミサイルや重火器が飛び交う中、爺ちゃんの隣にいた若者が海を凍らせて船を沈めて行っていた。
「まじか……今こんなことになってんの?」
おばば様が言っていたが、やはり魔物は日本だけに出現しているらしい。
世界にはまだ魔物の被害が出ていない。
日本だけが混乱している現状を見て、北の大国が侵略してきたのだ。
……恐ろしい。平和ボケしすぎてて、こんな事態が動画に収められててもまだ実感がわかない。
「爺ちゃん……」
それは流石にかっこいいって。
国内の混乱を見越して、真っ先に北に向かったのはそういうことだったのか。
父は東京で権力を握って新しい時代を作ろうとしている。
祖父は国を憂いて北へ行き、最前線にて国防。
その頃俺は何をしていた?
ヒートテック貰いに行列に並び、田中さん宅を襲撃し、市長をぶっ倒していた。
……まあ悪くない仕事しているかも、俺も。
人々の関心は当然高く、この戦闘動画まだまだあるみたいで、次々にお勧めに表示される。
自衛隊と爺ちゃんが組織した覚醒者たちが外国の軍船を打破していく。
俺は久々に声をあげて応援した。
保育園の頃にテレビに向かって「ぷぃきゅあがんばええええー!!」と叫んで以来のマジ応援だ。
劣勢なら俺もなんとか北海道まで駆けつけて、北海道ソフトを守る戦いに参加していたのだが、どうやら爺ちゃんたちボロ勝ちだ。
すげーよ。まじですげーよ。
サッカーワールドカップで日本が勝った時でさえ、この半分も喜べなかったのに。
朝食が出来て、春さんと一緒に食事をとる。夢のような時間だが、話題は当然殺伐とした北の海の話になる。
「ええ、私も料理しながら見ていました。善一様は流石です」
「俺も驚いたよ。絶対におばば様と一緒で、旅行を楽しんでいる者だと思ってたから」
残り少ない余生を存分に楽しんでるんじゃないか。その疑念が日に日に大きくなってたからな。
「ちなみに、おばば様は本当に旅行です」
「あっはい」
そっちはね。どこだっけ? モナコ言った後にF1見て、オリーブオイルの風呂に入ってオーロラ見るんだっけ?
「それにしても凄まじい力ですね。この海を凍らせている方は」
「格好いいよなぁ。ヒーローって感じがして最高だよ。俺もこんな格好良くありたかった」
「殿方の格好良さは見た目では決まりません。自分の持つものを存分に発揮し、弱気者を守ることにこそ価値があります。市長から街の人たちを守った宗一郎さんも十分格好いいですよ」
「春さん……」
俺の脳内で美紀ちゃんの映像が流れた。
ごめん、美紀ちゃん。
俺は君への永遠の愛を誓ったはずなのに、今では春さんに永遠の愛を誓ってしまいそうです。ごめん! 浮気者で!
「それにしても時政さんのとこの雷使い。善一様の氷使い。そして市長。この三人は覚醒者の中でも桁違いですね」
「桁違い?」
「その通り」
情報を集めているのは何も俺一人ではない。このご時世、情報収集を怠れば命の危機に直結しかねない。なんなら春さんは俺よりも遥かに日本中の出来事に詳しかった。
「覚醒者は日本各地で確認されています。しかし、そのどれも鳴神に及ばないのは当然として、先ほどの三人よりも大きく劣ります」
「はえー」
「補助封印の呪文と似ていませんか?」
「……あっ」
言われて気づいた。
確かに対応しているかも。
4つの元素を集めて結界を作る補助封印に近いかも。
「風が東京の雷。火が市長。水が北の海に。そう考えると、もう一人土の力を持った人もいそうですね」
「たしかに。天才か?」
頭も冴える春さん。素敵です。
「街は安定してきています。東京や北は少し物騒ですが、しばらく私たちでこの土の覚醒者を探してみませんか?」
「いいけど、なぜ?」
「なぜって、力を持っているに越したことはありません。外国から侵略される物騒な時代ですからね」
それもそうかも。
やはり力が正義なのか。力こそ最強。筋肉は正義。ヤー!
そのためにも食べれるうちに食べておかないと。
怖い話ばかりしているが、春さんの料理はシンプルでとてもうまい。
簡単な料理でこそ料理の腕前に差がでるというが、まさにそんな感じだった。
しっかり噛んで、俺は朝食を楽しんでいく。
「……宗一郎さん。食事中に行儀が悪くて申し訳ございません。大事な情報だけ知らせるように頼んでいる形代家の協力者がいるのですが、その方から送られてきた動画を見てください」
「うん」
その動画に映っていたのは、背筋を冷やす動画だった。
「おそらく……第二の特級」
「かもな」
春さんのスマホを見ていた時、数馬からのライン通知があった。『また無実の罪で捕まったから助けて欲しい』だそうだ。
こっちの方がゾッとした。3体目の特級がここにいるじゃないか。
――。
北の海にて、荒れる波に揺られて軍船が苦戦する。
波だけではない。慣れない海域の潮にもてこずっているが、何より日本側の抵抗が思っていた以上に強い。
自衛隊の戦力は把握していたつもりだった。事実として予想通りの戦力。それだけなら制圧できるはずだった。
しかし、今司令船にもその魔の手が伸び始めた。
底を徐々に氷で固められて船の制御を失っている。無理に動こうと思えば、損傷が広がり、余計に悪い事態になる。
「くっ。何なのだ、この力は」
「将軍! また一隻我が軍の船が沈みました。……お言葉ですが、これ以上の進軍は被害を増やすばかりかと」
部下の進言に、北の大国の将軍も理解を示す。
当然だ。未知の戦力。というより、全く未知の力。
日本は化け物騒動で都市機能がマヒしていると聞いていたのだが、余りにも早すぎる迎撃。そしてそれが完璧すぎる。
「退けん。このままでは大統領閣下に会わせる顔がない」
「しかし!」
部下の必死な声の理由はわかっている。打開策が無いのだ。
積んできた船の装備では氷を砕けず、火器も能力者たちに次々に潰されてしまっている。じり貧で、このまま押し切られるのが目に見えている。
「作戦を切り替える。あの氷使い……異能の力を使う者を確保せよ。総指揮官の爺さんでもかまわん。とにかく、我が国にあの能力の情報を持ち帰る」
領土が取れないならば、情報に切り替えるまで。
自国にあの力を持ち換えられるなら、むしろ長期的に見ればプラスになるかもしれない。
今回の遠征費もいい投資だったとなるだろう。
「……変わりました。全艦隊に作戦変更を知らせます」
無線通信により、作戦変更が告げられる。
一方、相対する善一率いる軍船も、相手の作戦を感じ取っていた。
「我々の確保に作戦を切り替えたな」
「善一さんの読み通りですね」
先ほどまで、北の海を氷漬けにしていた元漁師が感心する。まるで全て善一の手のひらの上で踊らされているみたいだった。自分も北の大国も。
しかし、善一も次の事態は想定出来ていなかった。
「海底から何か上がってきます! ……兵器? いや、生物です!」
船内に鳴り響く警鐘。
そして、次の瞬間には善一たちの視界が暗闇に包まれた。
北の将軍もその光景を目にしていた。
銀色の鱗を持つワニのような生物が海から現れ、艦隊を丸ごと飲み込んだ。
あまりにあり得ない光景に、しばらく体が硬直する。
「この国は、こんな化け物まで使ってくるのか」
そうでないことは、善一の乗る船が飲み込まれたことからわかるのだが、理解の限界を超えた光景を前に正常な思考が働くはずもなかった。
「閣下。私の役目はここまでのようです」
次の瞬間、将軍の乗る船も闇に飲み込まれた。
北の海での戦いは予想外な結末を迎えた。
これが02が初めて目撃された瞬間の出来事だった。
封印術師、予算削減でクビになる。……東京に魔物が溢れますが、それは大丈夫でしょうか? スパ郎 @syokumotuseni
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